平凡な彼と薄幸少年
「お前ら、そろそろ帰れ」
現会長であり、唯一の先輩である御蔵さんがシッシッと手を払う仕草をする。
それが暗に「疲れを溜める前に休め」という優しさであると理解しているため、僕は御蔵さんに返事をして帰る準備を始める。
そこでふと、いつもより賑やかさが欠けるていることに気がついた。
「そういえば、今日はお迎えが来てないね」
「あぁ?あんなの来なくていいんだよ。うるさいったらありゃしねぇ」
「そんな風に言わなくても…ねぇ?優市君」
「…まあ、賑やかなのは…否定しない」
御蔵さんからのじと目をものともせず、黒髪を揺らしながら向かいの席に座っていた彼が立ち上がる。
その手に鞄がすでに握られているのを見て、僕は首を傾げた。
「待たないの?」
「…先に終わったら、帰っててって、言われてる」
「そうなんだ」
細かい決まりがあるんだなって思いながら、手元に視線を戻す。
帰る準備ができ、よしと立ち上がろうとして顔を上げたらじって見つめられてるのに気がついた。
美人に真っ直ぐ見られ、息苦しさを感じる。
「え〜…と…どうしたの?」
「…柊人君が、嫌なら…別にいいんだけど…」
君づけで呼ばれることにむず痒さを覚えながら、「なに?」と彼の言葉を促す。
「……一緒に、帰ろ」
そのポソと言われた控えめなお誘いに、僕はちょっと驚きながらも二つ返事で頷いて席を立った。
+++
うちの生徒会の役員は常に三学年が揃っている。
というのも、一年生から役員の仕事をすることで引き継ぎをスムーズにするためらしい。
一学年に二つあるクラスから一人ずつの選出。選ぶ基準は成績と担任の評価、そして本人の意思。
僕はB組の代表として選出されて、五月から書記(見習い)になった。
僕なんかが出来ることはほとんど無いかもしれないけど、その時の生徒会長への憧れもあって志願した。
そこで僕は、もう一人の一年生役員である三郷優市と知り合った。
知り合ったといっても、話すことは全然なくて、顔見知りと言うのも憚れるくらいしばらく僕らは他人だった。
お互いに話すことはなかったし、何より彼の傍にいる存在が、こちらから近寄りがたい雰囲気を作り出していた。
初めて話したのは、一緒に資料のコピーをしに行った時。
コピー機に苦戦してたところをそっと助けてくれた。
それから度々、彼はドジをやらかす僕を然り気無く助けてくれた。
お礼を言うついでにちょくちょく話しかけてみると、実は意外と話しやすくて、僕はすぐ彼への印象を変えた。
優市君は優しい。
生徒会がガタガタに崩れて多忙なときも、僕が一人で傷ついてるときも、
僕の話を聞いて、僕のために考えてくれた。
一時期は本当に毎日一緒で、お互いに色んな話をした。
「友達になりたい」と言ったら、小さな声で「うん」って頷いてくれた優市君。
その時、小さく小さく笑ってくれた顔は今でも鮮明に覚えてる。
間近で見た優市君はすごく綺麗だった。
「そういえば、優市君はしないの?」
「……何を?」
「引っ越し。ホラ、前御蔵先輩が言ってたじゃない。生徒会役員はできるだけ指定の部屋に移動するっていう決まりの話」
寮に続く数分ほどの道をゆったりと並んで歩く。
あんまり沢山の話ができる訳じゃないけど、それはそれで「続きはまた」って持ち越す楽しみがあったりする。
今日は先日説明された制度を話題に選んだ。
寮の最上階に特別なスペースがあって、生徒会や風紀の役員に部屋が割り当てられるとか。
表向きには連絡を取りやすくするため、でも本当は役員生徒の身を守るためらしい。
役員ってだけでやっかみを買う場合もあるし、やり方によっては過激な反感を行う輩が現れることもある。
それと行き過ぎたあれやこれやなんかも過去何回かあったとかで、決められたことだそうだ。
一応辞退は可能だが、役員は全員強く勧められるらしいから僕はすぐに今までの相部屋から移動した。
役員部屋は全て一人部屋で…少しだけ寂しいのは内緒だ。
しかし、僕と違い優市君は最上階に来ていないようだ。移動を辞退したのだろうか。
「…引っ越す理由は、ないし……困ることも、なさそうだから、しなかった」
「そう、か…まあ、昔あった行き過ぎたっていうのは…なさそうだね」
「お陰様で…」
「んー…ねぇ、優市君」
なに、と言って暗い目が真っ直ぐこちらを見る。
何も写ってないように見えるけど、本当はとても沢山のものを見ている瞳。
その瞳が一番見ているものを、僕は知ってる。
もしかしたら、見られている人よりも、優市君よりも知っているかもしれない。
「早瀬君がいるから?」
黒い目が、ほんの少しだけ大きくなったような気がした。
優市君は驚いているのか、パチパチと瞬きを繰り返している。
「…何が?」
「んー…引っ越ししないのもだけど、色々。全部」
「……そんなつもりは、ないけど…何で、そう…」
「えっ!?違うの!!?」
「え……」
僕の質問に戸惑ってしまったのか、優市君の足がピタリと止まる。
僕も思っていたことと違う答えが帰ってきたから、驚いて歩くのを止めた。
「…どうして、そうなった?」
「だっ、だって二人は…その…付き合ってるんでしょう?」
「…ううん」
「でもっ早瀬君はこ、恋人って言ってないっけ?」
「…そんな事実は、ない」
「ええぇ…そうなの…。いつも一緒だし、早瀬君は凄いし、優市君もいつも早瀬君を見てるからてっきり…」
「え?」
いつもより大きな声だった。
さっきよりも更に大きく目を見開いて優市君が固まっている。
ここまで如実に感情が露になっているのも珍しくて、僕の方まで動揺が移った気分だ。
優市君は何か喋ろうとしているのか、口を小さく開けたり閉じたりしている。
それを数回繰り返して、やっとといった様子で「どうして?」とだけ聞かれた。
「うんと…優市君って早瀬君と一緒にいるといつもそっち見てるから…抱きつかれてる時とか、話してる時も、早瀬君と違って、優市君は絶対顔を動かさずにじっと見てるみたいだしさ。一日の半分は早瀬君を見てそうだなぁとか思ってたんだけど…」
「……そんなに?」
呆然とでもしてるんだろうか。
まだまだ付き合いの短い僕では彼の表情を読みきれない。
でも、もしも僕の読みが当たっているのなら…。
「もしかして、無自覚?」
その瞬間、僕は思わず目を見張った。
黒い目が今にも泣き出しそうなのに、頬が赤くて、口元が僅かに緩んでいる。
そんな風に見えた。
パチパチと瞬きしたら、あまり表情を見せない、いつもの優市君に戻っていた。
「………」
無言で優市君が歩き出す。僕もそれに続く。
地雷を踏んでしまったんだろうかと心配になった。
「優市君」って声をかけようと口を開きかけて、やめた。
とても小さいけど、噛み締めるような言葉が聞こえてしまったから。
「そんなに…見てたんだ……」
僕の予想は当たってた。
だから、多分この考えも当たってる。
早瀬君がいつも言葉を投げ掛けるように、きっと優市君は視線を投げてるんだろう。
でもまだその投げ合いは噛み合ってないようだ。
少なくとも、優市君の方はまだ自覚がなかった。
さっきまでは。
これから、予想は確信に変わるかもしれない。
「羨ましいなぁ」
「……?」
独り言に反応した優市君がこちらを見てくる。
いつもと何一つ変わらない、だけど優しい黒い目で。
僕はにこりと笑い返した。
「頑張ってね!優市君!」
「え…??…う、ん…?」
唐突な応援に、でも頷いてくれる優市君の姿になんだかあったかい気分になった。
++++++
「薄幸少年と学校問題」より後の問題解決後な柊人と優市の帰寮風景。
書いたのは学校問題より前なので、ちょっと話にずれがあったかもしれません。ごめんなさい…。
晴哉とはまた違う意味で柊人は優市にとって心安らぐ存在になってます。
御蔵先輩もそうなんですが、生徒会メンツ話もまたいつか書きたい、です。
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