ライン

薄幸少年の何気ない日曜日



「ユーウ♪」
「………」
「へへへぇ、ユウ♪ユウ♪」
「……ハル」
「なに?なになに!」
「………何でもないよ…」

晴哉のご機嫌で眩しい笑顔が目に痛いと思ってしまった。
そんな午前中。


日曜日はいつも時間が空いている。
授業はないし、生活の糧でもあるバイトは疲れを引き摺らないよう土曜日に入れている。
バイト終わりは晴哉が迎えに来るので、ついでに食料品といった生活用品の買い出しもしてしまう。

なので、必然的に日曜日はすることがなく部屋で過ごすことが多い。
中学時代には本を読んだり、窓の外を見てみたり、日記をつけたりということをしていたが、高校になってからはそれが変わった。
というのも、

「ユウ!今日は念願の日曜日だな!俺、一週間前からこの日を楽しみにしてたんだ!
さあ!イチャイチャしよう!」

同室者で、数少ない心を許せる人で、こんな自分を好いてくれている晴哉が日がな一日離れてくれないからだ。

朝食を食べてすぐに先程の文句を言われ、二人の距離を作らぬように抱き締められる。
温かい手のひらに頭を撫でられたり、顔やら胸やらに頬擦りされたり…まるで人形にでもなった気分だ。

髪をすかれながら「今日も綺麗な髪だね。肌も滑らかですごく触り心地がいいよ」といつものように囁かれる。
そのまま親指で唇をなぞられ、空いている手で手足や腹や背を撫でられる。
多分、自分の体で晴哉が触っていない箇所はないのではなかろうか。
そのくらい入念に触られる。

別に、嫌だとか鬱陶しいとかはない。
ただ、触られている間は身動きがとれないのが少し不便だ。
ちょっとでも身動ぎすれば、駄目だと言わんばかりに抱え直される。
あんまりやった日には抱え直すのも手間になって、俗に言う“お姫様抱き”をされそのまま首に頬擦りされた。
体重が少ないことは自覚しているけれど、あんな晴哉に負担しかない体勢はもう御免なので、極力動かないようにしている。


「ユウ、ユウ…ユウ好きだよ。はあ…幸せ…」

とろとろに甘い声が二人だけの空間に響く。
首筋に彼の呼気を感じながら、横目で顔を覗き見た。

そこには何も取り繕わない、外面を捨て去ったありのままの表情が浮かんでいた。
周囲に気を張ることなく、一点を見つめる視線。
切れ長な目の端が弛緩して柔らかい瞳。
一目で分かるほどに赤く染まった耳と頬。
普段より増して喜びを表す弾力のありそうな唇。


「優市…」


はぁと温かい吐息を耳に吹きかけられる。
それが合図のように強い力で抱き締められ、圧迫感が増す。
ぐいぐい肋骨や肩が当たって少し痛い。

「ハル…苦し…」
「あ、ごめんごめん。つい…大丈夫?」

晴哉が慌てて腕の力を抜く。
すっと入ってきた空気を大きく吸ってから思い切り吐き出した。
腰辺りにあった大きな手が背中をトントンとリズムよく叩いてくれる。
なんだか眠気を感じながら、視線を晴哉の顔に戻した。
相変わらずじっとこちらを見つめている。
先程と違って眉が不安そうに寄せられていた。
それでいて目元や頬の赤みは増している。
熱を出した人間でもここまでなるだろうかと感じてしまうくらい赤い。

どのくらい熱くなっているのか気になって、目尻を人差し指で触ってみた。
しかし、平熱よりは高いかくらいで思っていたほどは熱を持っていなかった。
頬や耳にも触れるが、感想は同じ。

「なぁにユウ?くすぐったいよ」

指が肌を滑った感触がむず痒かったんだろう、晴哉がクスクスと笑みをこぼす。
もう眉は寄ってなくて、リラックスした表情を見せている。
そして自分が今しているように人差し指で目元や頬をなぞってくる。
つつつ…と指が動くのに合わせて正面の顔が笑みを深くしていった。

なぜだろうと思う。

お互いにしていることは同じなのに、晴哉はどんどん喜びを大きくしているように見える。
だけど、自分は何かを揺さぶられるわけでもなく、ただ温かい人肌に触れているという感想しか抱けない。
さっきの晴哉みたいに彼の体に触れてみても、心は何も感じない。
ただ、温かいと思うだけ。

「…ねぇ、ハル」
「ん?なぁに?」
「今……嬉しい?」
「…嬉しいよ。大好きなユウと一緒にいて、話せて、触れて、めちゃくちゃ嬉しいよ」

大きな両の手で優しく顔を包まれる。
その温かさにほぅとため息が出た。晴哉がまた笑みを深くする。

「ねぇユウ、俺の手って温かい?」
「…うん…?」

突然の問いかけに首を捻る。
質問の意図が掴めない。
どうしたのだろうか。


「焦らなくていいんだよ」


晴哉が優しく、温かく笑う。

「俺がこうしてて嬉しいときに、ユウが温かさを感じているみたいに思うことは違うんだから。むしろ、違ってて当たり前だ。俺と君は別の人間なんだから。
だから俺が喜ぶことをユウが喜べなくてもいいんだよ。
だからそんなに悲しそうにしないで」

こつんと、額に額がぶつかる。
至近距離の晴哉の顔はピントが合わなくてぼやけた。
だけど、優しい目が真っ直ぐにこちらを見つめているのは分かった。

「…オレ、悲しそうに見える?」
「うん。俺がユウの真似したら困ったみたいな、そんな顔した」
「…分からない……」
「いいよ。自分のことなんて分かってるようで案外分かってないんだから、それより今何を感じてるかの方が大事」
「………」

クスッと晴哉が笑う気配がして、一気に視界のぶれが大きくなる。
ちょん、と唇の端に何かが触れた。
途端に胸の中心からざわざわと得体の知れない感覚が生まれて、ビクッと体が震えた。

ふっと息を吐く間に感覚は消えてしまう。
それが何だったのか考えようという思考は優しそうにこちらを見る晴哉の目を前に霧散した。

「どうしたの?」
「………」

首を振って、急に早くなった呼吸を静めるために晴哉の方へ体を倒す。
全身を預けると、少しだけ晴哉が身を固くしたように感じた。
どうしたのかと問いかけようとしたが、その前に勢いよく抱き締められる。

「も…何でそんな、急に可愛いこと…ヤダ、バカ、たまらん…」
「…ハ、ル…?」
「ユウ、もうユウったら、好き!好き、好き、好き、大好き、好き!可愛い!」

思い切り体に押されながらぎゅうぎゅうと抱き締められ、頬擦りをされる。
ぶるぶると震え出す体に少し心配になるけれど、とてつもなく嬉しそうだから口を開くのをやめた。
頭を晴哉の肩にのせてみる。
零距離の体温は眠くなるほど温かかった。



いつもと変わらない日曜日。
今日も晴哉とずっと一緒にいた。






++++++
デッレデレ晴哉くん。
下手したら危ない触り方をしていらっしゃるが、当人が気にしてないので問題なし←

優市がどれくらいで心を揺さぶられるかというのを手探り手探り…。

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