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薄幸少年と傍にいる少年



水商売で生計を立てていた女がいた。
女にはいつも不特定数の客がいたが、その中の一人と女は恋に落ちていた。
そして、女と男は結ばれた。

女は子を身籠っていて、その子が男との子だと信じていた。

だけど男は知っていた。
そのお腹の子が、誰と知らない輩の子だと。
それでも男は女と契った。
まさか、その子を生んですぐ女が死んでしまうとは夢にも思わず。

血の繋がらぬ子を抱えた男は傷を癒すかのように別の女と契った。
けれど男の傷は癒えない。
新しい女との間に子が生まれても、昔の女を忘れられない。
男は現実を打ち消すように仕事に没頭した。
そうして男は自分の家庭を省みなくなった。


血の繋がっていない子は、孤独だった。
新しい女からは憎まれ、父である男に見向きもされず。
いつからか子は感情を表に出さなくなった。

新しい女はそんな子を気味悪がり、余計ひどい仕打ちをした。
いつからか子は悲しみ、泣くことをしなくなった。

そうやって子は少しずつあるべきものを無くしていった。
そんな子には、たった一人だけ大事な存在がいた。
それは父と新しい女との間に生まれた、血の繋がっていない妹。
妹は物心つくと母の目を盗んでは子に近づいてきた。
妹だけは、いつだって子の味方で、家族だった。
だから子は妹を大事に思っていた。
この世界の誰よりも妹を大事に思っていた。

だから子は妹を守るために、妹との縁が切れても我慢した。

誰かといることをやめた子は、どこにいても独りだった。
独りぼっちの子は、少しずつ感情も無くした。



+++

物心ついた頃に、晴哉は自身の性癖を良く理解していた。

客観的に見ても晴哉の顔は整っており、誰からも愛され、特に女性は引力でもはたらいているかの如く惹き付けられた。
愛の告白も両の指では数えきれないほどされた。
だけど晴哉は誰に対してもお断りの返事しかしてこなかった。

早瀬晴哉は物心ついた頃から自分がいわゆる同性愛者と呼ばれる思考の人間だと知っていたからだ。




ヴヴヴヴヴ…。

鈍いバイブ音が晴哉を眠りから呼び起こす。
眠気により怠い体をのそのそと動かし、携帯のアラーム機能を止めた。
室内はまだ薄暗いが、緑色のカーテンから遮られた日光がぼんやりと部屋に射し込んでいる。
くあ、と欠伸をひとつして晴哉は簡素なベッドから降りた。


晴哉が寝起きしている寮は、特待の生徒を除けば全て二人部屋となっている。
中央に共同スペースのリビングがあり、左右に個人の小さな部屋という形になっていて、晴哉は東の部屋を使っていた。
リビングに続く薄い扉を開けてまずきょろりと視線を巡らせる。
共同キッチンに明かりが灯っており、仄かに匂いが漂ってきていた。
今日の料理当番である同居人は早くも目覚めているらしい。
顔を洗おうかと思ったが、先に顔を見ようとキッチンへ足を向ける。
同居人は鍋でも探しているのか、しゃがんで収納スペースを覗き込んでいた。当然顔は見えない。
こっそり背後に立って、イタズラをする心境の中同居人に声をかけた。

「おはよう、ユウ」
「……!…おは、よう」

驚いたように少し肩を震わせ同居人はゆっくりと振り返る。
夜空のような暗くも艶やかな瞳を見て、晴哉は笑みを浮かべた。

同居人―三郷優市は高校生の割に小柄だ。
160そこそこの身長で、手足はほっそりとして肉付きは薄い。
まとまりがよく一本一本が細い艶のある黒髪は少し長くてうなじにかかる。
白めの肌はどこか病的で、細い体と相まって力を込めれば折れてしまいそうな儚さを醸し出す。
そして、何より特筆すべきは彼の瞳だ。
髪と同じく黒い眼は、風景を映している筈なのに何も見ていない。そう錯覚してしまうほどに暗く深い色。
無という言葉が似合う瞳。

他人はそれが恐ろしいのか見向きもしないが、晴哉にとって彼の目は見れば見るほど綺麗な宝石のようなものだった。
何より話す時の優市は人の目を真っ直ぐ見つめてくる。
夜空のような瞳が向けられる瞬間が、彼への愛しさが増すその時が晴哉は大好きだった。


朝食の準備をする優市から一旦離れて顔を洗う。
それから机に朝食を運び、二人で手を合わせた。

「今日の体育なにやるっけ?」

卵焼きを頬張りながら尋ねる。

「…確かバスケットボールじゃないっけ?」

すかさず返事がくる。

「バスケか…腹減るなぁ」
「…ハルはよく動くもんね。袋に飴入れとく」
「サンキュー。なぁ、今日も仕事あるの?」
「うん…」
「分かった。じゃあいつもの時間に迎えに行くわ」
「…用がないようなら先に帰ってくれてもいいけど…」
「あんなユウに悪影響しかない人間の巣窟から一人で帰れると思ってるのか?一緒に帰る」
「…悪影響、かな?」

それから各々食べ物をつつきながら会話を続けた。
こちらに遠慮を持つ優市をいつものように説得して帰る約束を取り付ける。
本当は約束をしなくても迎えに行けるが、あるとないでは優市の心情が変わるため事前に話すことにしている。
一日の終わりくらいは気兼ねなく部屋に帰ってきたい。

「ん、ごちそうさま」

手を合わせて食器を片付ける。
まだ優市が食べているので彼の食事風景を眺めながら待ちたい気持ちがあるが、以前それで軽く拗ねられたので自重している。
だからさっさと登校準備を済ませ、優市を心置きなく観察できる体制を作ることにする。
もっとも、既に見抜かれているのか、最近は準備を済ませた頃に部屋に引っ込まれてしまうが。
めげたりは、しない。


準備を済ませたら一緒に登校して、教室に着いてからも優市と共にいる。
彼とは中学からの付き合いだが、高校でも変わらず優市は周囲から遠ざけられていた。
口数が少なく、表情も変わらず、自分から人に関わらない優市に話しかける人間は少ない。

役職で関係のある人間とは多少話しているようだが、少なくともクラスで優市に話しかけるのは自分だけだ。
それをよいことに休み時間はいつも優市にべったりはりつく。
優市はそれを拒絶しないし、どこか安らいだ様子すら見せてくれる。

しかしそれは当事者にしか分からないのが現状だ。
端からは人気者の晴哉が話しかけているのに、優市はにこりともしない無愛想な人間だと思われている。
中には嫌がらせの類いを仕掛ける輩もいて腸が煮えくり返る思いだが、当の本人が気にしていない。

いや、気にしてないのではなく、気付こうとしていない。

彼の感情が乏しいのは辛い環境から自分を守るためだと思う。
悲しいと感じれば傷つく。
苦しいと思えば傷つく。
そうやって傷つかないために、感じなくする。気付かなくする。
そうして今の三郷優市が出来上がっているんだろう。

だけど、そんな彼でもけして変化がないわけではない。


「ハル、ちょっと…」
「ん?」

昼食の弁当をつついているところで服の袖をクイと引かれた。
それにのるように優市の方へ若干体を傾けて顔を見る。
じっと見つめ返してくる真黒の瞳。
何秒、何分と見つめ合い続けていると、黒に吸い込まれそうな錯覚すら起こしそうだ。
ずっとこのままでも構わないが、流石に昼食を食べないわけにはいかなくて、どうしたと声をかけようとした。

「ごめん…ありがとう」

その前にサッと視線を外された。
行動の真意が掴めない。
じっと見つめていると黒い目が再びそろそろと持ち上げられる。

「どうしたの?」
「…大したこと、じゃないけど………」

言うべきか思案でもするように薄い唇が一の字を形作る。

「なに?言ってよ」
「あの……、
ハルが、近くにいると……落ち着く気がする、から」
「……!」
「だ、から……?ぇ、どうしたのハル?」
「ぁ、あぁ、ちょっとね…不意討ち、くらったなぁなんて」
「……変なの」

じわじわと熱くなる頬を誤魔化すように笑えば、優市が目をぱちくりさせる。
そして、少しだけ口の端を持ち上げた。

微かだけど、確かに嬉しさを表している微笑み。

それを見た途端ぶわりと上半身の表皮に鳥肌が立つ。
心臓がバクバクとうるさい。
じわじわと頭を侵食していくのは、激しくて柔らかくて甘ったるい好きという感情。

「…ご飯、食べちゃお」
「あぁ、うん。そ、だな」

逸らされた瞳が残念だが、それ以上に今は気持ちが落ち着かない。
優市が見せてくれた表情が、感情が嬉しい。嬉しくてたまらない。
たったこれだけのことだけど幸せを感じる。



―ねぇ、ユウ。君も誰かに贈り物はできるんだよ?

焦らなくていいから、少しずつ君の持っていた大事なものを取り戻してほしい。願わくば、自分の存在が感情を揺さぶる手助けになっていますように。

数分ぶりに手をつけた昼食は、先程よりももっと美味しく感じられた。




++++++
設定詰めすぎて個人的にまとめられてない感じ…。
晴哉君が優市にひたすらアピールアピールなもの書きたい。そしてそれを受け止めながらするっと流す優市君書きたい。

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