ライン

恩返し作戦



曙斗が怪我をした。

嗣季という、試練の妨害者らしくて、ムチをべっちんべっちん振り回す怖い女の子に足を折られてしまったのだ。

医者によると三日は絶対安静。
運良く程ほどに空いた宿をとれてそこに居るけど、曙斗はイライラしてるみたいだ。
ベッドの上で起きたら先ず眉間に皺を寄せる。
そのまま唇を尖らせたり、意味もなく腕をブンブン振り回したりで、ちょっと怖い。
きっと、試練を進めれないからだろう。
早く進めなくては、試練放棄にされてしまう可能性が高くなる。
だけど動けば悪化しかねない。
それこそ本末転倒だから大人しくするしかなくて、結果ストレスを貯めてしまっているのだ。

そんな曙斗の気を紛らわしたくて、何か食べたいものがないか聞いてみた。
そしたら「コロッケ」って言われたからじゃあ買ってくるねって部屋を出ようとしたら呼び止められた。
そして曙斗は至極真面目な顔で言った。

「譜悠、お前は絶対この宿屋から出ちゃなんねぇ…なぜなら、お前は確実に帰ってこれなくなる。俺ともお別れになる。きっと二度と会えなくなる。だから、無謀な真似はよすんだ…な?飢え死にしたくないだろ?無茶なことして人生を無駄にしちゃ勿体ない。だから絶対お前はここから出るなよ。な?」


哀れみの目で説得された僕は今、宿の玄関に座り込んでいる。
曙斗は僕の迷子癖を心配して止めてくれたんだ。
だけど、僕は今曙斗の役に立ちたい。

そもそもこの迷子癖で曙斗に会って、曙斗のお陰で順調に町を行き来できるのだ。
口は悪いけど、曙斗はとても優しい。
普通だったら見ず知らずの迷子なんて、相手にすらしないところを旅のツレにしてくれてるんだから。

だからこそ、その恩を少しでも返したい。

「でもなぁ…」

かれこれ一時間「迷子になる」と「恩返し」を行ったり来たり。
行動しなきゃ現状は何も変わらない、だけど、行動したら全てが終わる。

ぐるぐるぐるぐる考えた。

「スミマセン!」

ふと、向かいのお店から大きな声が聞こえた。
なんだろうと耳を済ましてみると「この商品を売ってる場所知りませんか?」という声が聞こえた。

頭にビビッと閃きが駆け抜けた。


これだっ!!

題して「道を尋ねて作戦!」

「そうだ…そうだよ…僕は自分の行きたいとおりに歩くと迷うんだもん…だったら言われた通りに歩けばいい…なんで思い付かなかったんだろう!」

思い付いたからには早く行動しなくては!
いそいそと足を踏み出して…ハッと我に帰る。
この宿屋の名前を知らないままだった。

「危ない危ない…帰る場所が分からなかったら教えてもらえないもんね…え〜と」

くるりと宿を振り返り看板を見る。
木の板に「喜ノ宿」と書かれていた。
うん、これで大丈夫。
名前とか覚えるのは得意なんだ。

道は覚えられないけど。

これで帰りの心配もなくなった。
改めて始めの一歩を踏み出し、道行く人に声をかける。

「スミマセン!」

こちらを見てきた通行人に、僕は意気揚々と近づいた。

+++

数十分後、三人くらいの人に道を尋ねてなんとか肉屋に辿り着くことができた。
早速コロッケを二つ買って、手渡された香ばしい香りに頬を緩める。

「うわぁ、美味しそう…」

キレイなきつね色の衣を見てるだけでサクサクの食感を想像してしまう。
思わずくぅとお腹が鳴って、慌てて自分に言い聞かせるように首を振った。

「ダメダメ…これは曙斗のなんだから、ちゃんと持って帰らないと」

急いで帰るために、再び道行く人に道を尋ねる。
「喜ノ宿(きのやど)」の名前を伝え、言われた道順通りに歩いていく。
四人くらいに聞いて、次は目に入った店の人に道を聞いた。

「スミマセン!“喜ノ宿”っていう宿屋に行きたいんですけど…」
「あぁ、それならすぐお向かいですよ…」
「え!?」

気の良さそうなおばあさんにそう言われて少し首を傾げた。
なんだか、周りの景色に見覚えがないんだけど…気のせい?

だけど、確かに宿屋は何かのお店と向かいにあったことは覚えてる。
むしろ、頼りにならないのは自身の記憶なのだ。
だったら言われたままを信じた方が正しい。

おばあさんにお礼を言って店を出た。
そして、お向かいを見てみると言われた通りに宿屋があった。
曙斗に一秒でも早く喜んでもらいたくて自然と気が急いた。
早く、早く。

ふと、特に深い意味もなく視界を上げた。
宿屋の正面に木の板が吊られていて、宿の名前が彫られている。

“樹ノ宿”と。

ピシリ、そんな音が聞こえそうな勢いで足が固まった。
名前が違う。
宿が違う。


「うっそぉっ!!」


何てことだろう!
多分、僕の読み方が間違えていたのかもしれない。
その結果、この宿屋に導かれてしまった。

どうしよう、どうしよう。

頭が真っ白になって、固まった足が慌ただしく動き出す。
帰らなきゃという気持ちでいっぱいいっぱいで、ただただ気持ちばかりが焦った。


結果。



「ココ…ドコ?」

今まで見てきた風景と全く一致しない、見覚えのない場所に立っていた。
確か宿は立ち並ぶ建物の間にあったのに、今いるのはレンガや木材が高く積まれた資材置き場のようなところ。
どうしようもなくなって、その場にしゃがみこんだ。
胸元に抱え込んだ包みがクシャリと歪む。
さっきまで熱かったコロッケはすっかり冷たい。

どんどん切なさが込み上げてきて、グズッと鼻をすすった。



「お兄ちゃん、どうしたの?」

不意に聞こえた鈴のような声に驚いて振り返る。
僕の真後ろで、不思議なものを見るような表情をした女の子が立っていた。
くりくりした目とリボンを結んだ姿が可愛い、小さな女の子だった。

キョロキョロと辺りを見てみるが、僕と女の子以外に人影は見当たらない。
どうやら僕に話しかけているようなので、体をしゃがんだまま女の子の方へ向けた。

「う〜んとね…ちょっと困ってるんだよ」
「泣いちゃうくらい?」
「な、泣いてはないよ!?……まだ」
「よしよし、いいこいいこ」

弱った僕の様子を気遣ってか、小さな手がポンポンと頭を撫でて(叩いて?)くれた。
この子優しいなぁ…。
そっちのことで目が潤みかけるのを頑張って堪える。
気が楽になって、大丈夫だよって笑ってみたら女の子も笑ってくれた。

「お兄ちゃん!お手伝いしてあげるっ!」
「えっ!?でもそろそろお家に帰る時間じゃない?」

だんだん傾きだした太陽を見上げながら心配すると「まだへーき!」って返された。

「でも…お兄ちゃん、行きたい場所に行けなくて困ってるから…お手伝いは無理かも…」
「迷子?じゃあ道案内してあげるっ!」
「うーん!」

ストレートに言われると結構ぐっさりくる。
さらに女の子が道案内と声に出しながらぐいぐい腕を引いてくるからちょっとよろめいた。

「待って待って!お兄ちゃんがどこに行きたいかキミ知ってる?」
「え?分かんない。教えて!」
「ん、いいけど分かるかな?」
「分かる!絶対分かるもん!」
「そう?じゃあ…」

自信満々と言いたげに目をキラキラさせる姿を微笑ましく思いながら、土の上に字を書いた。
読み方が分からない以上、こうするしかないんだけれど、果たして読めるかと心配になった。
じぃっと女の子が土に書いた文字を凝視する。
そして、

「知ってる!」

女の子が嬉々として叫んだ。
そして僕が本当!?って言葉を吐き出すより先にまたぐいぐい手を引っ張ってくれる。
女の子との身長差分、どうしてもこちらが前屈みになってしまい非常に歩きづらい。
何度も何度も躓き、転びかけながら、なんとか女の子に連れられて行く。

周りの風景が資材置き場から民家へと変わっていく。
そして、民家の立ち並びが段々見たことのあるような景色になった。


「ついたよ!」

10分かかったかどうか、そのくらいで目的の場所に着いた。見上げた看板にはちゃんと『喜ノ宿』と書かれている。
嬉しさが込み上げてきて、にこにことこちらを見上げる小さな道案内人を見た。

「あ、ありがとう!わざわざごめんね?」
「どういたしまして!それにここ、私のお家だから謝らなくていいよ!」
「えっ!そうだったの!?」
「うん!」

ふふふってイタズラが成功したように女の子は無邪気に笑った。
宿の中まで案内してくれる気か、再び手を引かれたがそれは丁重にお断りした。流石に恥ずかしい。

「そうだ、道案内のお礼をしなくちゃ」
「お礼?」
「うん。えっと…これしかないし、冷えてるんだけど…お母さんにお願いして温めてもらえば美味しいよ」
「ありがとう!!」

包みに挟んで渡せば女の子は目をキラキラ輝かせて宿の中へ走っていった。
僕も続いて、彼が待つ部屋へ慌ただしく戻る。


「曙斗、ただい…」
「譜悠?!お前どこいってたんだよ!!三時間も戻ってこねぇから心配したんだぞ!?まさか外を歩いてたのか!人様に迷惑かけてないだろうな?つか、怪我してないか?大丈夫か?」
「う、うん…平気だよ」

緊迫した表情でマシンガントークをぶつける曙斗に気圧されながら部屋に入る。ベッドに近づく間じぃっと睨まれたけど、怒っているように見えなかったから何も触れない。
ふぅと軽い深呼吸をして、胸に抱えた包みを曙斗に渡す。

「なんだ?」
「コロッケ買ってきたよ」
「っ!?おま…やっぱり外に出て…つか、買ったって、えっ!?本当に?迷わなかったのか?」
「ぼ…僕にだって知恵はあるもん!……ちょっと失敗して冷めちゃったけど…」

本当は熱々の内に帰ってきたかった。出来立て、絶対美味しそうだったから。
少しの申し訳なさを感じながら、曙斗に食べるよう促す。

カサリと音を立てて現れたきつね色のコロッケは冷めてるはずだけど美味しそうだった。大きな口で、曙斗がはむとかじりつく。サクッという音が部屋に響いた。

「ウマイなこれ」
「本当っ!よかったぁ…」
ぎゅるるるるる…。

安堵と共に気の抜けた音が鳴り響く。怪訝な顔で曙斗がこちらを見た。

「そういえばお前、二つ買ってくるっていう知恵はなかったのか?」
「は、はは…はははは…は、は」

思わず目をそらす。素直に「道案内してくれた女の子にあげたんだ」なんて言えるほど僕は正直じゃなかった。だって少しカッコ悪い。
曙斗がはぁと溜め息を吐くのが聞こえる。次いでサクッて音がして、頬にざりざりとした何かが押し当てられた。小さな痛みに視線を戻すと、曙斗がきつね色のそれを差し出している。

「譜悠が買ってきたんだ。だから半分だけ、もらうから…こっち返すわ」
「あ、曙斗?」
「なんだよ…いらないなら貰うけど?」
「っ!いる!いるよ!曙斗…うわあぁぁん!ありがとおぉぉぉ!!」
「バッ…!!」

感極って思わず抱きついたら思い切り頭を平手打ちされた。かなり痛い。
曙斗はツンとして顔を逸らしたままコロッケを食べている。
ベッドの縁に座って、僕も冷めたコロッケを口に入れた。

冷たくて、ちょっと水っぽくなってしまっていたけど、心がポカポカしてたからあまり気にならない。美味しいコロッケだ。

買いに行って良かった。
今度は二人で一緒に行きたいなってこっそり考えて、曙斗なら付き合ってくれると思った。




翌日、再会した女の子によって僕の醜態は曙斗に知られてしまった。


++++++
書いてる間ずっと譜悠の純粋さに癒されてました。

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