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冷厳たる者


『長くもない十数年の人生の半分は、退屈としか言えない日々だった』



魔力を持った人間を魔法使いとして養成する学園があった。
全校生徒500人をゆうに超すその学園だが、将来有望と呼ばれる生徒はほんの一握り。それだけ魔力を操る能力の習得は難しく、同時に強い魔力を持つ者は限られる。故に、将来有望な者の知名度と尊敬の念を込めた支持は凄まじい。
そんな有名人とも言える優秀者の中に一人、異色とも言える生徒がいた。

廊下を歩けば、ざわざわとした騒がしさと共に人々が道を譲る。
実技の授業となれば、彼の周囲だけポッカリ穴が開いたように人が逃げた。
彼が人混みに紛れるのは座学の授業のみである。

ディミルダ・トゥリス

別称『冷厳な帝』は入学一年で学園の頂点に君臨。全生徒にとって恐怖の対象にまで登り詰めた異端児だった。

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ざり、と校庭の乾いた砂を踏みしめたディミルダは足元に転がる生徒を感情のこもらぬ瞳で見ていた。
倒れた生徒の体はボロボロで、黒を基調に細やかな装飾の施された上品な制服がすっかり土埃で汚れている。
片やディミルダは制服はおろか、髪すら乱していない。
10メートルほど離れた位置で野次馬が壁を作って一連の出来事を見ていたが、その誰もが同じ表情で固まっている。


「…つまらんな」


冷ややかな声で呟き、ディミルダは生徒に背を向け、校舎へと歩き出す。
すぐさま人の群れががさがさと道を譲ることに興味を示すことなく、彼は悠然とその場を後にした。



生徒数に比例するように、学園内部はどこも広く作られている。
何の変鉄もない廊下でさえ道幅が5メートルはあり、生徒が一人で歩くには有り余る。けれどディミルダは何の感慨もなく、つかつかと廊下を歩んでいた。
黒にも見える濃紫色の髪を揺らし、校舎の東へ淡々と進んでいく。

廊下を直線上に2分は歩き、突き当たりを左へ曲がった。

「あら♪ミルミルじゃない」

長く動かしていた足が高く響いた声に止まる。
ディミルダが曲がった先とは真逆、右の分岐から姿を表したのは可憐な容姿の女生徒だった。

学園内で唯一、恐怖の魔王たるディミルダをあだ名で呼ぶ強者。
ミナ・クィールル・セディ。別称『甘美の荊』。
指定制服を改造し、ふんわりとしたスカートを踊らせ、十代にしては豊満な胸元と蕩けるような笑みを標準装備する有名人の一人だ。

今日とて異性にはたまらない色香を振り撒いているが、一年以上の付き合いになるディミルダは特に感慨なく彼女を見返した。
ミナもそれを気にするでもなく口を開く。

「聞いたわよ。また喧嘩を買ったんですって?」
「随分情報が早いな。まだ一時間と経っていないぞ?」
「あら、私がこんなホットなニュースを聞き付けるまで一時間もかかると思っていらっしゃるの?」
「まさか…いつもながらの情報収集力を褒めてるんだよ」
「まあ♪天下の“冷厳な帝”様からそんなお言葉を承るなんて、誉れ高いわ」
「嘘をつけ」
「半分だけよ」

クスクスと互いに、端から見れば蠱惑的な笑みを浮かべて笑い合う。
すると、ミナの傍らの中空に前触れなくふわりと光が生まれた。
光は数回明滅するとぶわっと半径20pほどに広がる。そして、中心からゆっくりと小さな腕のようなものが現れ、次いで頭、胴体がずるずると光から出てきた。
人の体と同じ造り身体、肩甲骨から伸びた網状の模様が走る羽、最後に尻から生えた魚類を思わせる尾が抜け出すと、光は収縮して消えた。
幼児ほどの体格をした出現者は重力を無視してふわふわと宙に浮かんでいる。


「お帰りなさい、ムエツ」

ミナの呼び掛けに、出現者はパチリと目を開く。
くりくりの黒い瞳を輝かせ、出現者ことムエツは嬉しそうに宙を跳び跳ねた。

『ただいまルルン!ねぇ聞いて聞いて!月永草が明日売り出されるんだって!早い者勝ちだってさ!』
「あらホント?それは買いにいかなくちゃね。お手柄よムエツ」
『ヘヘヘ♪ごほーびに頭なでなでして!頭なでなで!』
「相変わらず甘えたな使い魔を使役してることで」
「可愛いでしょう♪」

フフンと自慢気に微笑むミナにディミルダはへいへいと適当に首肯する。
その間にムエツはぴっとりとミナの柔らかな体にくっつき、首もとにすりすりと甘えていた。それに合わせて、羽に走る模様が淡く輝いている。

「幻灯竜精霊がよくもまあここまで懐いて…セディ様の未来は明るいな」
『そんなの当たり前だよ!だってぼくはルルンのさいっこうの使い魔だもん!ぼくがついてる限りルルンは安泰さ!』

甘えから一変、ふんぞり返る幻灯竜精霊にもう一度適当な返事をしてディミルダは踵を返す。

「自室に戻るのかしら?」
「まあな。今日はこれ以上人前にはいれそうにない」
「仕方ないわ。だって“貴方は強すぎるから”」

にっこりと笑みを深めるミナ。それにつられてディミルダも意地が悪そうに笑う。
ぷるりとムエツが体を震わせたが、どちらもそれに興味は示さなかった。

「今さらだけど、貴方の使い魔はいないのね?」
「ああ、今は俺の部屋で調教中だからな。仕方ないさ」
「調教?なぜ?」
「どうにも生意気でね。それに、理解もできない馬鹿のようだから学ばせてやってるところさ」
「あらあら気の毒に」

悩ましげにミナは顎に指を当て、眉をハの字に下げる。
それを鼻で笑い、ディミルダは再び足を動かし始めた。



「外見は小さな子供だというのに…容赦ないのねぇ」
『ぼく、アイツのこと苦手だけどこればっかりは同情しちゃうよ』

帝様が去った後に、一人と一体が憐れむように呟いたことは、誰も知り得なかった。



++++++
続きます。


溢れ話で、ムエツの名前は「ブレス」をいじってつけたものだったりします。お陰で名前覚えてません(おい
ミナさんは適当につけました(おいおい

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