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違和感を知る人



西沢木高校は、おかしな校則を持った学校だ。
そのおかしさが関係しているのか知らないが、小さい割にセキュリティは優秀。
そこまで周知ではないが、この学校には金持ちの子どもが多く通っていたりする。

ありふれた名字でも実は…なんて生徒が何人もいる。

柳疾人も、そんな意外な生徒の一人だった。


初めて話したきっかけはなんでもない、ただ同じクラスだから挨拶した。その程度だ。


「俺は城ヶ根竜、よろしく」
「僕は柳疾人、よろしくね城ヶ根君」

控えめに笑った顔はどこか大人っぽさを感じた。

きっちりと制服を着こなした姿は、彼の真面目さを表す。透けるような黒髪と白い肌は女性的で、体の細さも相まって中性的な少年。
ニコニコと人当たりの良さそうな笑顔は柔らかな印象を受けた。


その日は挨拶の言葉を交わしただけだ。
特に興味を抱く人間でもなかったし、クラスメイトとしての交流ぐらいでいいと考えていた。

だから、彼が自分のように裕福な家庭の出身だと知っても驚かなかった。


我が家は情報機器を取り扱う会社運営している。
幼少期に情報の取り扱い方を徹底的に教え込まれたため、情報収集はお手のもの。
クラスメイト全員の情報は通い始め一週間で揃えた。もちろん、彼も。

“柳”なんてありふれた名前だけれど、調べてみたら彼の実家が出てきた。

疾人は一世一代で名声と財を手にいれた細工師の子らしい。

細工師の男性は、当時無名だったにも関わらず百万を超える価値を持つ作品を作り出した。
その後も腕を上げ、今や作品を産み出せば必ず億という値段がつけられるという。
その割に世間の知名度は低く、まさに知る人ぞ知る職人である。
そのため、細工師の人となりに関しての情報はほぼ皆無。家族構成だけでも掴めたのが奇跡なほどだ。


それでも、俺にとって柳疾人という人間は少し特殊な家の奴という感想しかなかった。
関わりを持とうなど、それこそ考えられないと思っていた。


あることに気づくまで。


一週間と数日が過ぎれば、学校の校則により一年生がやたら騒がしくなる。
『告白ラッシュ』と言う時期に入ったらしく、誰が誰のパートナーになったという情報が飛び交う。
それらも勿論回収する。
八割は恋人関係のペア作りだが、残り二割はパートナー同士でまた違う関係を持つ。
その一割は、友好的関係。
もう一割は、利害関係の一致。

後者は金持ちの家の人間が結ぶことが多い。
なぜなら、彼らは家というものに強く繋がれているからだ。
不祥事など起こせば、すぐ家名に傷がつく。恋愛など、問題を発生させるよいきっかけだ。
だから彼らはパートナーとの関係に『条件』を作る。
大方の場合『付かず離れずの関係』を保つことを条件にすることが多い。

現に何人かはその条件の下、パートナーを作っているようだ。


俺は家名とか気にする前に、自分の性癖が変わっていることを知っているからパートナーに条件をつけるつもりはない。
パートナーを組んでくれたらいい。関係が発展したって構わない。
それでも一応、家の許可も得ているから問題はない。

だけど、グイグイ来る奴とか嫌いだから、この『告白ラッシュ』を過ぎた辺りに動くつもりでいる。

その分、しばらくは周りの動向観察に徹した。

そこで気がついた。



柳疾人が、全くパートナーを作ろうとしていないことに。

最初は勘違いだと思った。
クラスメイトから話を持ち出されればにこやかに「可愛い子がいい」とか「大人しい人がいい」とか希望を言っていた。
誰かが「あの子は?」と言って指差せば、考えた自分の評価を話していた。
傍目から見ても、姿勢は積極的に見える。

しかしどうだろう。

異性に話しかけられても、他愛のない会話しかしない。
異性に、いや、同性であってもあまり自分から話しかけることはしない。
それどころか、学校が終われば消えるように素早く帰寮する。

言葉と行動が一致しない。
では、言葉は出任せなのか?
だが、その割にはクラスメイトにからかわれると満更でもなさそうな顔をする。

異性に関心を持っていることは間違いない。
けれど、関わりを作ろうとしない。
他人に人見知りをしていたり、怖じけついている様子もない。
常に一定の距離を置いて人と接している。


少しだけ興味が湧いた。
話がしたくて近づくようになった。
疾人は嫌がる風もなく、自然に対応してくれた。でも、やっぱり一定の距離がそこにあった。

知りたい。




「それで話がしたいって言ったの?」

日が傾いて、橙色の夕日が窓から注ぐ教室。
いつもの賑やかさが嘘みたいに静まり返った教室に二人はいた。

俺から一つ席を挟んで正面に立つ疾人は穏やかな笑みを浮かべている。
透けるような黒髪も、日焼けのない肌も、深緑色の制服も、全てに朱色が混じり儚げに見えた。

真正面に対峙しているからわかる。


笑みをたたえたその瞳の奥が冷たいくらい凪いでいることが。


「パートナー候補は見つかった?」

俺もにっこりと笑いを返し、疾人を見る。
間に挟まれた席が夕日に染まって、いつもより暗く硬いものに思えた。

「まだだよ」
「もうすぐ一ヶ月じゃないか。それで大丈夫かい?」
「それを言うなら城ヶ根君だってそうでしょう?」
「俺はわざと遅いんだよ」
「だったら僕も同じだよ」

にこにこと笑ったままの応酬に不気味さを覚える。
疾人の本心がどこにもみえない。
隠すように気を張ってはいないはずだ。なのに、全く欠片が見つけられない。


「僕もね、わざと遅くしてるんだよ」
「…それは何のために?」
「城ヶ根君はどうして?」
「質問に答えたら答えてやるよ」

挑発するよう、不敵に笑いかけると疾人は笑んだまま目を細めた。
二人の間には距離があるはずなのに、まるで心臓を鷲掴みにされたような緊張を覚える。


「じゃあ、秘密ってことにしようかな」


にこりと、笑みを深めて疾人は言った。
どうやら意地でも素顔の片鱗を見せる気はないらしい。
ふぅと大袈裟に肩を落として形だけでも残念がる。
本日の収穫はないようなので、これ以上の問答は無駄だろう。

「…付き合わせて悪かったな。お詫びに飲み物の一本でも奢るよ」
「別にいいよ」
「遠慮するなって、お茶?コーヒー?炭酸?好きなの買ってくるよ?」
「…本当に、いいよ」

ただの詫びだった。けれど、そこで初めて疾人の笑みが揺らいだ。
困ったような苦笑を見て、俺は始め何にしようか悩んでいるのかと思った。

疾人は、逸らすことなく真っ直ぐに俺と目を合わせている。
始めから変わらずに凪いでいる瞳の奥。あまりにも静かすぎる、真っ直ぐな瞳。

本当にいらないんだろう。
人は少しでも自分の考えに没頭すれば、周りに気がいかなくなる。
すると、自然に目が下を向いたり宙を泳ぐ。

だから疾人はいらないんだと判断した。



こんなことを言ったのは、何かしら勘が働いたのかもしれない。



「なぁ、今欲しいものはあるかい?」



「なぜ?」首を傾げる疾人に答えを促す。


「ないよ」
「なんでもいいぞ?食べたいものでも、服でも、日用品でも、何か欲しいものはないのか?」
「ないね」
「じゃあ、
パートナーは?」



「そ、れとこれとは…関係ないんじゃない?」


俺は見た。
俺の質問に疾人が眉を潜めたのを。
逸らされることのない視線の先、その薄暗い瞳が微動だにせず落ち着いているのを。


「それもそうだな」

俺が努めて穏やかに答えると、疾人はまた微笑を浮かべる。

始まりと変わらない姿。

しかし俺はこの数分で、そんな疾人に底知れぬ興味と欲を孕んだ衝動を胸に抱いていた。




++++

無欲。

現実には有り得ないだろう言葉を、彼は体現していた。

与えられたものは無理のない範囲で享受する。
しかし、求めることはしない。それがどんなに些細なものであってもだ。


それから本性を彼に明かし、清々しくフラれた俺はちょっとした気紛れで高嶺の花に彼を紹介した。
程無くして、柳疾人と奥家静留がパートナー関係を結んだ。
変な虫を寄せ付けないためのカモフラージュを、二人は毎日続けている。

相変わらず、疾人は何も求めない。

隣に、この学校一とも言える魅力を持つ女性がいるようになっても変わらない。
疾人は静留に何も求めない。


静留は早くも疾人の違和感にもう気づいているようだ。
案外彼女は激情家のようだし、数日中に何らかのアクションはありそうだと予想する。


本心は、今でも疾人に気がある。いや、むしろ日に日に想いは膨らんでいるかもしれない。

俺のできる限りを、むしろそれ以上の気持ちを込めて、全て疾人に与えたい。
そして、求めない故にポッカリと空いた空白を埋めてしまいたい。
そうすれば、疾人はどんな表情を見せてくれるだろうか。
そうして、どう変化するだろうか。


だけど同時に、この想いがただの“押し付け”であり、完全な“間違い”であることも知っている。

俺は彼を手に入れたいと焦るあまり失敗した。

静留はどうだろう。
彼をただの利害の一致しただけの都合のよい相手で終わらせるだろうか。
それとも、俺のようにミスを犯してしまうだろうか。
もしかしたら…。


何にせよ、疾人の心境が変化するきっかけは静留が握っている。
できれば、その変化が無欲な彼にとって良い方向に進むものであるように。
柄にもなく、そんなことを今日も願う。




++++++
疾人と竜くんのお話。
竜くんの告白は書こうか悩みですが、書かないと疾人が警戒する部分が明かせないし、なにより竜くんが可哀想だな…とか。

それでも仲は良いよ疾人と竜。

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