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お泊まり!


午後8時。
いつもなら絵との夕飯を食べ終わって、一服しながら駄弁っている時間。
けれど今夜のお連れは心休まる恋人ではない。


「終わったー!終わった、終わったよーかいちょー!!」
「おぉ…良かったな」


バンザイをして喜びを露にするのは生徒会書記の萩だ。
彼は今夜、俺の部屋に泊まりにきている。


事の発端は文化祭に向けての書記の仕事の遅延だ。といっても萩が悪いわけでなく、ある委員と部が書類の提出に遅刻したためだ。
話によれば「会長のいる生徒会室に立ち入るのが恐れ多い」とのたまう輩がいたとか。
そもそも提出先は書記なのだから生徒会室に来る必要はないはずだが…。

そんなわけで締め切りの近い仕事が終わらず、宿題にしては持ち帰れない量が残ってしまっていた。
徒歩通学に意外と重い紙の束を持って歩かせるのは酷ということで、学校に程近い寮で仕事をしようと部屋を貸す流れになった。
また、いつ終わるか分からないので泊まることも考慮して、俺の部屋に来ることになった。同じ寮生でも絵ではどこでボロが出るかわからない上に、根っこから問題があるからな。

絵も7時頃まで手伝っていたが、女性とバレてはならないので理由つけて早々に帰らせた。大分名残惜しく思ったが…まあ仕方ない。



「いや〜ちゃんと終わったよ。これもかいちょーと副ちゃんが手伝ってくれたお陰だよ。本当にありがとー」
「気にするな…俺なんてほとんど整理していただけだ」
「そんなことないってばー!今度副ちゃんと一緒にお礼するね〜ありがとかいちょー」

プリントをトントンと纏める萩を見つめる。
着ている制服はまるで疲れたようによれてはいるが、片付けをテキパキと進めるている。
つい一時間前の悲壮な表情もどこへやら。喜一色を顔に浮かべた萩は片付けを終えると上機嫌で鼻唄を歌い出した。
前髪を纏めているヘアゴムのオレンジ色が機嫌の良さを更に助長しているように見える。
見えるが…はて、学校で見たときは青色のヘアゴムだった気がする。
まあ、曖昧な記憶なので深く気にはしないが。
それに気分が良さそうならそれに越したことはない。


「…仕事も終わったことだし、シャワー浴びてくるか?」
「あ、うん!お言葉に甘える!服も借りていーい?」
「ああ…置いておく」
「ありがとー!じゃお借りしま〜す」

パタパタと騒がしい足音を立てて萩が別室へと消える。
一気に静かになった自室で、仕事終わりの肩を軽く回しながら筆記用具を片付けた。
それからさっさと客人が眠れる場所作り。折り畳み式のテーブルを畳んで壁に立て掛け、寮官から借りてきた布団を敷く。
脇に萩の荷物を置いておけば作業は終了だ。

次に約束した萩の寝間着を寝室のタンスへ取りに行く。
身長差はあまりないため服に問題はないだろう。下着は…貸し借りするものではない気がするので、本人に伺いを立てることにする。

ここで、自室に誰かを泊めることが初めてであることに気づいた。
途端に至らないところがあるんじゃないかと不安になってくる。
数分ほど色々考えてしまうが、初めてだから至らないのが普通だと結論を出し気にしないことにした。

とりあえず今は着替えを置いてやることが先決だ。

シャワーが備え付けられた部屋の戸を開けるとカーテン越しに鼻唄が聞こえた。上機嫌は継続中らしい。
服を置いて、出る際に制服だけ回収しハンガーにかけた。
萩の置き方が、いかにも脱いだまま放り出したという感じの乱雑なものだったためか、制服には大分シワがよっていた。
もし絵がこれを見たら激怒しそうだ。以前、ハンガーから滑り落ちた制服を見たら慌ててかけ直していたし、シワを直すのがどのくらい大変か教授されたこともある。

ある意味で、萩は俺の部屋に泊まって良かったのかもしれない。そう思った。



「ふはぁ〜さっぱりした〜!」

暫くして体から湯気を上げた萩が部屋に戻ってくる。
今度のヘアゴムは薄い緑色だった。一体いくつ持ち歩いているのだろうか。気になったが口には出さないでおく。
入れ代わるように俺もシャワーを浴びた。
いつもの通りに済ませたら萩が「はやっ!?」と驚きの声を漏らしていた。



「ねーねーかいちょー。オレここに寝ればいいの?」
「…あぁ」
「じゃあさーかいちょーはどこで寝るの?」
「…どこ?どこって…隣の部屋で寝るが」
「えぇ〜っ!!一緒に寝ないの!?」
「……は?」

突然の申し出に言葉を失った。その間にも萩は「ショックー!」だの「嘘でしょ〜!」だのと声をあげている。

「…一緒に…寝るものなのか?」
「お泊まりっていったらそーでしょー!眠くなるまでお話しして、親睦を深めてナンボだよー!」
「親睦な……」
「待って!言わないでかいちょー!絶対オレが傷つきそうな言葉をいいそうだから言わないで!!」
「………」

特に言おうとしたことはないが、萩に頼まれたので閉口する。
世間がどうかは知らないが、確かにお泊まり事態ある程度の信頼があってできることなのだから、更に親睦を深めるのも間違いではないだろう。

しかし、兄以外と一緒に寝たことがない俺には「眠くなるまでお話し」がイマイチ想像できない。
学校旅行でも毎回人から離れて、しかもすぐに寝ていたから周囲の状況も知らない。
よって、萩の言うことが本当に「ナンボ」と言えるかも判断できない。

真っ白な布団の上に横になった萩がゴロゴロと転がっている。
つんと尖った唇が、布団の隣で何をするでもなく座る俺に不満を表しているように見えた。

なんだか子どもを見ているようだ。


「かいちょー一緒にねよーよ?寝よ寝よー?一緒に寝てお喋りしよーかいちょー?」


見てるんじゃない。本当に子どもをがいるようだ。

「…寝ても構わないが…俺は寝付きがいいぞ」
「えぇ!意味ないじゃん!言葉のキャッチボールをしてこそのコミュニケーションなのに!」
「だったら…ここで話して終わりでいいじゃないか」
「えっ…それもそれで寂しい気が……まぁ、無理は言わないし、かいちょーがそうしたいならこのままお話ししよっか〜」

拗ねた表情から一変、枕を抱えて期待の眼差しを向けてくる萩。
こんな時はどんな話をするんだろうか。予想もつかないので、萩の言葉を待つ。
萩は暫く枕に顎をのせたまま思案していたようだが、小さく頷くと口を開いた。


「かいちょーのタイプってどんな子?」



いきなりハードルが高過ぎやしないだろうか。


「タイプって…つまり、アレか?」
「うん。どんな子が好き?」

好きと言われて真っ先に浮かぶ顔は一人。それをどう言えばいいのかが問題だ。
悟られず、けれど的確に伝える言葉。


「……まず、可愛いだろ。それで恥ずかしがり屋で、真面目で、努力家で、素直で、可愛くて…家事は上手くて、年下の面倒見がよくて、しっかりしてて、健気で、可愛くて…あと約束を大事にしてて、意見がハッキリしてて、明るくて、気丈で、可愛くて…たまに甘えてきて、それがまた可愛くて…小さくて、可愛くて…笑うと可愛くて…怒ってても可愛くて…無邪気なとこも可愛くて…あと…」

「かいちょーかいちょー。オレもうかいちょーが可愛いとしか言ってない気がするよ。あとタイプじゃなくて具体的な人物像だよね、それ」
「……そう、か?」
「そうだよ〜…。かいちょー絶対彼女いるでしょ?ノロケ過ぎだよ〜お熱いなぁ」

そう言って二の腕をツンツンつつかれる。
こちらを見る萩の顔は明らかに呆れていた。おかしいな、こういうことじゃないんだろうか。


「結局オレにはかいちょーの彼女が可愛いことしか覚えれなかったけど…かいちょーが将来愛妻家になることは分かった!」
「…愛妻家か……ところで萩の好きなタイプはどうなんだ?」
「オレ?オレはねぇ…一生懸命な子かなぁ。
しっかり者で、見てると応援したくなる子。で、たまに疲れた時とか甘えてくれたらいいな〜みたいな!」
「ほぅ……」

聞いてみると萩の彼女像は曖昧なところが多い。普通はこんな程度なのか。
そう考えると先程は喋りすぎた。個人的には物足りないが…んん…、俺はこんなに喋りたがりだっただろうか。


「何だか今日のかいちょー優しいね」

それとなく疑問を抱いていると、また唐突に萩が言い出した。

「…そうか?」
「うん。だってさこう言うのも失礼かもしれないけど、さっきの質問を答えてくれると思わなかったもん」
「ん…でも結構難しい質問だったけどな」
「あれだけ答えといて…?けどけど!いつもだったらオレが何か言うと叩いたり刺したり殴ったりしてくるじゃん」
「まあ…」

それは萩が絵にセクハラ紛いのちょっかいをかけるからだ。
さらに言えば、生徒会のメンバーが揃った時に一番の注意人物も萩である。
平も絵と仲が良さそうで気にはなるが、萩と違ってボディタッチが皆無なので一応無害だと判断している。

といって、こんな絵に不利益な理由を目の前の注意人物に言えるわけがないので、


「…そりゃあ…そうでもしないとお前がどんどん暴走するからだ」
「うぐっ!?かいちょーまで平みたいなことを…」

半分は嘘だが、そこまで外れていない言葉で誤魔化せば、『胸に言葉が突き刺さった!』と言わんばかりに胸を抑え、苦しそうな演技を始める萩。
ついでに「うぎゃあぁ」と呻きながら布団の上でバタバタ暴れだす。
だが、表情は思い切り緩んでいて見るからに楽しそうだ。

よくもまあ、動くものだ。正直、相手をするのに疲れた。眠い。

「…そろそろ満足したか?」
「あはは。かいちょー眠そう〜。
うん!大満足大満足!そろそろ寝ようかな!」

ばふっと勢いよく布団を被り萩が眠る体制になる。なんだか気を使ってもらったようですまなくなるが、慣れていないのでどうしようもない。
立ち上がって部屋に入ろうとすると背後から「かいちょー」と呼び掛けられた。
首だけで振り返る。
そこにはいつもの拍子抜けに明るいものとは違う、穏やかに笑った顔があった。

「今日は本当に本当にありがとう。かいちょーとたくさん話せてオレ楽しかったよ!
おやすみなさい!」

「…おやすみ」


一日の終わりの挨拶を交わして、俺はゆっくりと扉を閉めた。




++++++
陽と萩の絡みが全くなかったので書いてみました。
実は学校の放課後→お泊まりという流れで書き出したのですが、放課後部分がやたら長くなってしまったのでボツったという裏話。
平が珍しく萩に優しくなってました。

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