知りたくなかったこと
旅に出た時、故郷を思って泣いた時、記憶の痛みに耐える時。
どんなに辛い現実を目の前に突き付けられても。
君は強くて。
君は君らしく信じるままに、真っ直ぐ進んでいく。
僕はただ、そんな君に惹かれて、引かれるままに歩くだけだった。
君が前を歩いて、僕は半歩後ろからついていくだけ。
情けないな。
何度も何度も自分の不甲斐なさにため息を吐いた。
だけど、僕は君の傍に居られることに喜びを感じていた。
僕という存在を必要としてくれたことがとても嬉しかった。
ねぇイリア。
僕も君みたいに強くなれるだろうか?
「・・・出立を延ばすしかないね」
小さな苦笑を滲ませながら、アンジュはそう言った。
「馬鹿は風邪ひかねぇって言うのにな」
「スパーダ兄ちゃんが言っても説得力ないで?」
「ほぉぉ〜?それは俺も同類だって言いたいのかエル?」
「ヘンな帽子バカだたか!」
「ちげぇよ!」
「えっと・・・そんなにひどい熱なの?」
わいわい騒ぐ三人を横目に見ながらルカが尋ねると、アンジュは「ちょっと辛そうなくらい」と答えた。
「・・・まぁ原因は十中八九昨日の夕立だろうな」
「皆でずぶ濡れになったものね。でも、ボクはルカ君が体調を崩すんじゃないかと思ったよ」
「あ・・・それでコンウェイ、あんなにたくさん布団を被せてくれたんだね・・・」
『イリアが熱を出した』
開口一番に告げれたアンジュの言葉に全員が驚いた。普段から元気の塊のように、強引にパーティーを引っ張ってきたイリアが風邪。
スパーダはあんな冗談を言っていたが、それが心配と驚きからきてるのがルカでも分かった。
「とにかく、今日出発は無理だから皆もゆっくり体を休めよう?
そうだ、ルカ君」
「なに?」
「私これから薬を買いに行ってくるから、それまでの間イリアの看病をしててくれない?」
アンジュからのお願いを、彼が二つ返事で引き受けた。
「・・・イリア?」
控えめにノックをしてから部屋に入る。
部屋のベッドが盛り上がっているのを見つけ、腕に抱えた水桶を溢さぬよう気を付けながらそちらに近づいた。
『・・・寝てる』
布団にうずくまるようにしてイリアは眠っていた。その頬は髪の色同様に赤く染まり、呼吸も僅かに荒い。
アンジュの言っていた通り辛そうだ。おそるおそる額に触れてみると、熱すぎる体温が掌から伝わる。
「冷やさないと・・・」
持ってきた水桶で布を湿らせ、水気を絞ったものを彼女の額に乗せる。
冷気に驚いたのかイリアは僅かに身動ぎしたが、反応はそれだけだった。
相当体温が上がっていたから、すぐにまた取り替える必要があるだろう。
ルカは部屋にあった椅子をベッドの脇に置き、そこに腰かけることにした。
じっとイリアを観察する。
寝顔を見るのが初めてな訳ではない。けれど、普段より顔が赤いだけで、呼吸が荒いだけで、こんなにも受ける印象違う。
弱々しく眠る少女。その姿は自分の知るイリア・アニーミとはかけ離れすぎていて、気が滅入ってくる。
いつもなら、力強く外を駆けている。
いつもなら、我が儘に自分を引っ張っていく。
いつもなら、僕の数歩先で楽しそうに笑っているのに。
でも・・・いつもならこの距離が叶うことはない。
「あれ・・・・・・?」
何か靄がかったような思考が頭を占めている。それに気づいて頭を振ると、今度は別の違和感に気がついた。
指先が何かに触れている。
その先に視線をやって、ルカは慌てて手を引っ込めた。
熱い。
イリアの頬に触れていた掌が熱い。
「何で・・・・・・」
返事のない自問自答。
ギュッと自らの胸元を握り締める。ドクドクと騒がしい鼓動。
嗚呼。
最低だ。
コンコン。小さなノック音が部屋に響いて、買い物から帰ってきたアンジュが部屋に入ってくる。
「ルカ君。イリアの様子はどう?」
「・・・少し冷やしてみたけど、まだ辛いみたい。目も覚ましてないし・・・・・・アンジュも来たし、一度水代えてくるよ」
「え・・・えぇ、わかったわ」
一瞬目が合ったアンジュは驚いたような瞳をしていた。急ぎ足で部屋を出て、人気のないところまで歩いた。
壁に背を預け、ずるずると座り込む。
抱えていた水桶の水面に、小さな波紋が広った。
彼女のように強くありたいと思った。
強くなれたら、きっとそこで隣に並ぶことが許される気がしていたから。
だからまだこの距離でいいと思っていたはずだった。
思っていたと信じていた。
だけど、現実は違って。
自分は無意識の内にイリアに手を出していたのだ。
弱り、苦しみながら眠る彼女に。
「最低だよ・・・僕なんて・・・」
揺れる水面に映る、ぐしゃぐしゃな自分の顔が許せないほど憎たらしく思えた。
知りたくなかった臆病な自分。
また僕は、君から遠ざかっていく。
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