まだ知らない感情
つかつかと音を立てて歩く。
イライラ。
甲板へ出る扉の前で確かルカという少年が何かをしてる。
イライライラ。
「ちょっとそこの愚図。さっさと道を開けなさい」
「へ!?あ・・・ごめんなさい」
びくりと体を震わせてさっと身を避けた彼に目もくれず、さっさと外へ出る。潮風が髪の毛をなぶるのを、気持ち悪く感じてまたイライラした。
「気分悪い」
そう呟いて、ティスは甲板の床をガツンと蹴った。
外へ出たタイミングが悪い。
ちょうどロキが外出してて、ディセンダー二人が信頼をよせるカノンノという少女もいない。底抜けに明るい奴もいないし、爽やかな騎士もいない。なのにうるさいような奴らは船に残ってて。
「・・・ホント、最悪だわ」
「何をしているの?」
透き通るような声が問いかけてきて、ゆっくり顔をあげる。
「・・・氷の精霊があたしに何の用?」
低い声でセルシウスを威嚇するように睨み付ける。精霊はどうも好きじゃない。
「別に。ただ貴女随分気が立っているようだから気になっただけよ」
「あんたには関係ない」
「そう」
小さな応酬をして、彼女は何事もなかったように踵を返し、潮風に当たりに行った。
意味わかんない。
もう一回床を蹴った。
母さん。どうしてこんなにモヤモヤするの?
この世界を、やっぱりあたしは嫌いなんだろうか。嫌いだからイライラするんだろうか。
船の下に見える景色が海から山々に変わる。誰か帰ってくる。気分は最低なままだった。
「あれ?フィスじゃないか。どうしたのこんなところで?」
真っ先に乗り込んできたのはあの明るい奴だった。後ろには名前も覚えてない銀髪の男や、紅い髪の女が見える。
明るい奴がずんずん近づいてきたのに顔をしかめる。何でコイツはこういつも馴れ馴れしいんだろう。
「ん?どうかした?」
しかも鈍いのだ。ああ、嫌になる。
「・・・どうもしないけど」
「んん?ああ!ティスだったんだ。ごめん俺気づかなかったや。今日は髪型変えてないんだね?」
「ロキいないし」
「??何でロキがいないと変えないんだ?」
「それすら察せれないわけ?ホント信じられない馬鹿なのね」
「???」
どうしてそこできょとんとするのかしら。普通馬鹿なんて言われたら怒鳴るでしょ?ほら、あの赤髪ロン毛みたいに。なのにコイツは首まで傾げたした。ああイライラする。
「・・・あのね。あたしの髪はロキにしか綺麗にできないのよ」
「ん〜よ、く分かんないけど・・・自分だと上手くいかないってこと?」
「ムカつく奴ね」
「だったらさ、俺がやってあげるよ!」
「ハァ!?」
何を言い出すんだろうコイツは。馬鹿だとは分かっていたけどどうしたらその結論に行き着くのか意味不明。
すっと手が延びてきて、束ねられた髪に触れる。びくっと体が跳ねた。
「・・・でもあれ?あの髪型ってどうやればいいんだ?」
「っ!?信じられない!信じられない!!知らないでやろうとしてたわけっ!?と、いうか気安く触らないで!」
バシッと手を払い落とすと「いった!」なんて悲鳴をあげる。
「う〜!何で叩くのさ!」
「自業自得でしょ!」
「おい、何の騒ぎだ?」
ガッと言い返すと、また新たに帰ってきた組が姿を表す。声をかけてきたのはあの爽やか騎士だ。その背後にツインテールの少女と帽子の青年、そして見慣れた姿を見つけてあたしは声をあげた。
「ロキ!」
名前を呼べばひょっこりと顔を出した少年の背中に全速力で避難する。ロキはよく分からないという顔で首を傾げた。
「・・・どう、したの、ティス?」
「信じられないわよ!アイツがあたしの髪の毛に勝手に触ったの!」
「・・・シングが?」
「えぇっ!?俺はただティスの手伝いをしようとしただけだよ!」
「うるさいっ!このセクハラ馬鹿!」
怒鳴るあたしに、尚も言い返そうとする奴を騎士がまあまあと宥める。
「ティスがちょっとしたことで気を損ねることがあるのは、シングも知ってるじゃないか」
「むー・・・」
説得の仕方は気に入らないが、セクハラ馬鹿が黙ったので良しとする。片付いたところであたしはロキの手を取り船内に戻ろうとした。が、その背中に爽やか騎士が言う。
「ティス!後でクレア達がおやつを作ってくれるそうだ。嫌がらずに来いよ?」
余計なお世話と肩を竦めた。ロキが不思議そうな顔でこちらを見ていたけど、それにあたしは気づかなかった。
「ほらロキ!いつものやって」
「・・・うん」
すっかり普段通りになったあたしの心に、さっきまでの不快なイラつきはどこにもなかった。それにあたしは気づいていないのだけれど。
寂しかったんです。ホントは。
だけどそんな感情をまだ知らないから、怒ることしかできないのよ。
++++++
ツンデレティス嬢。
HR発売前にシングが恋しくて書きました。
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