知らない臆病
「私ってね、すごく臆病なんだよロウグ」
双子が眠ったある宵。
野宿の焚き火にあたりながら、クミカは寂しげに笑ってそう切り出した。
「傍にいて欲しい人達が何処かに行っちゃえば寂しさが怖いし、大好きな弟たちが離れていくとこを見るのも怖い。暗いところだって怖いし、一人ぼっちも怖いし・・・色んなものが怖い・・・ずっと何か何かに怯えてるの」
ぎゅう、と膝を抱えて目を細める姿は、昼間弟たちに見せるものとまるで正反対で弱々しい。
『ヒトはなんと弱いのだろうな』
彼の声が頭に蘇る。
ヒトは、弱い。
牙から身を守る皮膚の固さもなく、反撃するための牙も爪もない。
ヒトにあるのは知識だけだ。
それすらなければ、ヒトは無力以外の何者でもない。
されど、それがクミカが臆病であることを肯定する理由には成り得ない。
「孤独を恐れることも、闇に怯えることもヒトには当たり前の感情だ、何もクミカだけが臆病なわけじゃない」
「ふふ・・・でも、ロウグはその当たり前の怖いなんて怖くないんでしょう?」
「俺は・・・」
確かにロウグは世間のヒトとは異なった育ち方をしているし、感情の動きも違う。
けれど恐怖がないわけではない。
唯、孤独であれば周囲に耳を傾けて気を紛らわせているだけなのだ。
唯、暗闇の中ならば神経を尖らせて用心しているだけなのだ。
恐怖に受け身を取らないから強く怖いと思わないだけであって、全く感じないわけではない。
だが、それを伝えることは憚れた。
クミカの瞳がやけに悲しくて、微笑みに力がなくて。
口が開けなかった。
クミカから何故か視線を外せない。
分からないけど、外してはいけない気がした。
「別に私、ロウグが何も感じないだなんて思ってないよ?ロウグだって生きてる人だもん、怖くないなんてことないよね」
ね?と首を傾げるクミカに肯定も否定も示せない。
戸惑っているのだ、自分が自分でないことに、名前すら分からない違和感に。
黙っていることを是ととったのだろう。クミカは顔を伏せて火を見つめる。
夜も更けたからそろそろ火を消さなければと、頭は場違いな考えをして現実から逃げている。
クミカから、何故か逃げようとしている。訳が分からない。
「私はね、本当に臆病なの。“人に迷惑をかけたくないから”泣くことにすら怯えるの。
ねぇ、ロウグは思いっきり泣いたこと、ある?」
「・・・ない」
「そっか、じゃあ私と一緒だね。でも、泣かない理由はきっと私とは正反対何だろうな」
笑いかけてくる姿がやけに痛々しくて、内側から胸が痛くなる。
泣かない、とクミカは言った。
そうじゃない、と俺は思った。
クミカは泣いている。話している間も、今こうして微笑んでいても、クミカの心が泣いている。
何故こんなにもクミカが悲しがっているのかが分からない。
確かに村から離れたことは寂しいだろう、けれど傍らで彼女の家族であるハキもナキもいるのだ。
何が彼女を悲しませているんだ。
何が彼女の涙を塞き止めているんだ。
知らない。
こんな感情は知らない。
「・・・・・・泣くな」
自分にしては珍しく力ない声に驚いたのだろう、クミカが顔を上げる。
「・・・?私泣いてないよ、ロウグ」
微笑むな。痛々しい姿を見せるな。
胸が痛い。クミカには悲しんでほしくないと思った。
初めて、そんなことを思ったんだ。
特に何も考えずにクミカの手をとって握った。
やはり驚いたクミカがこちらを凝視する。けれどそれを咎めはしなかった。
離すことなくクミカの手を握り続ける。何故か手を握った瞬間、泣いているクミカの悲鳴が止まった気がしたから。
そのまま止まってしまえばいいのに。
自分より小さな手を握りながらそう願った。
++++++
人の気持ちが分からなくてもどかしいロウグ君が書きたかった。
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