ライン

髪いじり




「ねぇルカ、髪の毛いじらせてよ」


コンパクトサイズの櫛を片手に、イリアはルカに詰め寄った。
ルカの方はいきなりのお願いにきょとんとして、イリアの顔と手に握られた櫛を交互に見つめる。そしてそのまま首を傾げた。



「うんと・・・どうしたの急に?」
「なんとなく」
「なんと・・・なく・・・?」


彼女の突発的行動がよくわからないルカは、とにかく視線を行ったり来たりさせる。

なかなか「許可」も「拒否」も下さないルカに痺れを切らしたのか、イリアは「とにかく動かないの!」と足音を立てながら彼の後ろに回る。ついでにちょっとイライラしたから椅子の背もたれをぐいと押して、ルカの体を机に押し付けた。
ぐぅ゙という小さな悲鳴がルカの口から溢れる。


「痛いよイリア・・・」
「うごくなって言ってんでしょ!このおたんこルカ!」
「・・・・・・理不尽だなぁ」

お願いが命令に変わっていることにルカははぁと溜め息を吐く。
けれど少女の指が頭を抑え髪の毛に櫛が通されるともう抗う気もなく、いつも通り大人しくされるがままになった。


スッスッと櫛が髪を根元から毛先まで撫でていく。


「うっわ!あんた髪サラサラねぇ〜・・・何か特別に手入れしてる?」
「特になにもしてないけど・・・」


ルカの銀糸のように滑らかな髪を一房つまむ。
サラリと流れる、男子にしては少し長めの髪の毛は見事な光沢を放ち輝き、毛先を凝視しても枝毛のような傷みも見当たらない。綺麗な髪。
それでいて手入れはしてないときた。イリアは口をひん曲げながら、一本くらい枝毛が無いものかと、ルカの髪を針に糸を通すときのような真剣さで睨む。

ルカといえば背後からの異様な気配を感じたのかぶるっと体を震わせる。
いきなり髪をいじられたかと思えばそれを睨み付けられているのだ。戸惑うのは当然である。


おそるおそる顔を小さく右回りに動かして(でもイリアはルカの真後ろにいるので見えたのは手だけだった)、怯えながらも口を開く。


「あの・・・イリア?どうしていきなり僕の髪なんていじろうと思ったの?」
「あ゙?」


枝毛探しに真剣だったイリアからのドスの効いた声にルカは「ごめんなさいっ!」と悲鳴をあげる。

何かあるとスグに謝ってしまう自分の悪い癖にルカは俯く。
自分がどうしようもなく情けくて溜め息をまた吐いた。



「・・・だって羨ましいもの」


ボソリと呟かれた言葉にルカはえ、と声をあげて振り返った。
こちらを見下ろしているイリアの細められた瞳と視線があった。


「あたしの髪なんて・・・ストレートにしようとしてもすぐクセが戻るしさ・・・あんたなんでこんなにキレイなのよ。絶対ふざけてるわ」


抑揚のない声で文句を言いながら、イリアの指はルカの髪を撫でるように滑っていく。

暫く無言でそうしていると、不意にルカが腕を伸ばした。
男子にしては細く、白い指がイリアの顔の横―真っ赤な髪の毛を摘まむ。


くるんっと跳ね上がった癖っ毛は確かにちょっとやそっとでは真っ直ぐにならないだろう。

けれど、ルカはイリアの紅い髪を指で撫でながら小さく笑った。


「それでも、僕はイリアの髪の毛はスゴく綺麗だと思うよ」


赤い、紅い、深紅の髪。
銀よりも確固として力強い少女の髪の色。
しかも癖っ毛がふわふわと彼の指をつついてくるのが面白くて、何回も何回も撫でた。

だからルカは気づいていなかった。
イリアが体を固まらせているのに。



少女は目を見開いたまま微動だにできなかった。
「何恥ずかしいこと言ってんのよ!」とか「そんなに触らなくてもいいじゃない!」とか悪態が浮かぶも喉から先に出すことが出来ない。


そもそもコイツの不意打ちはいつだって突然なのだ。
普段はなよっとしてて、泣き虫で卑屈なくせに。
たまに男らしい一面を覗かせたり、こうやって恥ずかしいことを何の迷いもなく言ってきたりする。

所謂無自覚と言う、この世で厄介な部類に入るもの。

しかも今日は満面の笑みというおまけ付き。
普段から頼り無さげな笑みしか見慣れてない分その威力は凄まじい。



「イリア?」

やっと異変に気づいたルカが少女の名を呼ぶ。
けれどイリアからの返事はない。


「どうしたの・・・?ねぇイリアってば」


ああ、どうしてコイツはいらない所で狼狽えるくせに、毎日人の顔を窺うくせに。
何でこういう時には鈍感なんだろう。己に向けられる気持ちに疎いんだろう。



「・・・っの、おたんこルカ」

「へ?」


大きな瞳を瞬かせる少年に少女は小さな張り手を食らわせた。




嬉しいけれど、照れ隠し。



(いきなり痛いよイリアぁ・・・)
(なによ!男のくせにメソメソすんなっての!このおたんこルカ!)




++++++
ルカの髪の毛は絶対気持ちいいと思うんだ。ついでに枝毛とか絶対ないと思うんだ。

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