甘えたいってやつか

日も暮れてくるころ、外は段々と薄暗くなってきた。
いつも怠らない剣の鍛錬を終え、ひとまず休憩してから帰ろうと剣を収め手頃な岩に腰を下ろした。ふぅと小さくため息をつく。
なぜだか今日は鍛錬がまったく身に入らなかった。

いつもなら決まってこの場所にくるはずなのに。
「とうとう…来なかったな…」
別にいつも誘ってる訳でもないし、たまに来ないぐらい当たり前よね。彼にも彼の都合ってものがあるし。

そう自分に言い聞かせても、気持ちはまた逆戻り。
いつも鍛錬した後に二人で座るこの場所も、いつもなら少し狭い位なのに。

夕焼け空が何気ない寂しさを一層強くする。

視線を下ろしぼーっと虚空を見つめるばかり。
空を飛ぶ鳥の鳴き声にはっと我に返った。
「だめね…私…ちょっと彼がいないからってこんなに落ち込んじゃって…さっさと帰りましょ…」
帰ればきっと彼もいるだろう。
剣を手に取り、走ってこの場を離れた。


*


剣も置かず真っ先に彼の姿を探す。
が、どの部屋を探しても見つからない。
少しづつ、段々と、もどかしさと共に不安にも似た気持ちがこみ上げてくる。
この部屋にも、あの部屋にも、アイクの姿は見当たらなかった。
まさか、旅にでてしまったのではないか。
などとこみ上げてくればくるほど色んなことを考えてしまう自分がいた。

二階へ続く少し短めの階段を上り、最後の部屋の扉の前までやってきた。
「ここが、最後…ね」
扉を開けることにこんなにも緊張するのは初めて祖父に会う時以来だ。
ぐっと息をのみ、ドアノブに掛ける手にはつい力が入る。恐る恐る扉を開けると奥の椅子に座っている求めていた人の後ろ姿があった。

「…アイク…!」
扉を閉め彼に歩みよる足は自然と軽くなる。
沈んでいた気持ちが一気に晴れるのを身で感じた。

しかし名前を呼んでも反応がなかった。
いくらアイクが無口だからといって返事をしない程ではないはず。

「アイク?寝てるの?」
よく見ると小さくいびきをかきながら寝ていた。
「あら、やっぱり寝てる……」

正面の窓が空いている。そよそよと夕焼けが仰ぐ風は少し肌寒いくらいだ。
窓の縁に手を掛け身を乗り出して辺りを一望した。
「気持ちいい…なんだか懐かしいな……」
ふぅとまた一息。しかしこの一息はさっきのため息とはまったく違う。
少し外を眺めた後、寝ている彼に身を向ける。
「まったく…こんなところで寝てると風邪ひくわよ〜…いつから寝てるのかしら」
少し冗談半分な口調で彼に問いかけてもやはり起きない。

「…ちょっと…疲れちゃった…」
鍛錬してから急いで帰ってきた彼女。さすがに疲れがたまっていた。
眠くなってきた彼女の頭にほんの少し、甘えたいという感情が芽生えていた。
「隣座っても…起きないかな…」
ひょいと彼の隣に腰を下ろす。
自分が座る前は少し大きく見えた椅子も彼と座ってみると少し狭いくらい。
そんな何気ないことが嬉しくて。
気づけば彼に寄り添い、落ち着いたのかいつの間にか彼女は眠りの世界へと落ちていった。

*

ふわっとなにかが優しく頭に触れた気がした。

この気持ちはなんだろう
なにかあったかくて、なにか嬉しくて、
ちょっぴり幸せな気持ち。


この気持ちは私が一番知っている。



彼も私と同じ気持ちでいてくれているといいな

*



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