風邪ひくわよ
涼しげな風が顔を優しく仰いで目が覚めた。
「んっ…?」
開いた窓からは夕暮れを思わせる紫と橙が空を染めている。
吹き抜ける風がほんの少し冷たい。
きっと日も落ちてきたので、山風が吹いているのだろう。
部屋から景色を眺めると近辺には山があり木や草が生い茂る。近くには小さな泉もあるらしい。
「寝てしまってたのか」
部屋にある横長の大きないかにも頑丈そうな木造椅子。三人程の人数が座るにはちょうどいいぐらいだろう。その椅子にもたれながら外の景色を眺めているといつの間にか寝てしまっていたらしい。
もたれた身体を起こそうと右腕を動かす、
「?」
しかし、右腕は動かなかった。正しくは、動かさなかったと言うべきか。
眠ってしまう前まではいなかったはずのリンが隣で小さく寝息をたてながら眠っていた。
右腕は彼女の肩に置かれていたにもかかわらず、腕を動かそうとするまで余りに自然で全く気がつかなかった。
「動けん…。」
さて、どうするか。
こんなにも安らかに眠っている彼女を起こすか。
……怒るだろうか。はたまた飛び起きるだろうか。珍しく俺が考え迷っている。
「ん…うぅん…」
考えてるうちに少し身体が動いてしまったらしく、彼女の寝息がほんの少し途切れた。
「んん―……」
「起こしたか……?」
良かったのか悪かったのかは分からないが、再び彼女は眠り始めた。
いっそこのまま起きてしまった方が良かったのだろうか。
色々迷うが寝てしまっていては仕方がない。
「しょうがないな。」
そっと腕を動かしリンの頭に手をのせると彼女の香りが風に乗って通り抜ける。
彼女の顔が少し嬉しそうな表情に変わったようにも見える。
*
ぐぎゅるるるー
アイクの腹の虫が急に空腹を知らせる。
「…腹、減ったな」
そういえば今日はまだ昼食も昼の鍛錬もまだだった。
いつも必ず鍛錬は怠らないアイクには珍しいことだった。
「飯を食べた後にいつもの数倍鍛錬するか…」
それにしても、ぐっすり寝てるリン。
そろそろ起こした方がいいかと思った時、ちょうど彼女のまぶたがゆっくり開いた。
「う…ん…」
「起きたか」
「あ…。アイク…」
寝ぼけているようにも見えるリンの顔はどこか珍しい光景だ。
「寝ぼけてるのか?珍しいな」
次の瞬間なかなか当たらない俺の考えが的中し、彼女は状況を理解するとバッと飛び起きた。
「ど、どうして起こしてくれないのよっ…!!」
…怒られた。
「すまん。あまりに気持ちよさそうに寝てたから起こすと悪いかと、思ってな」
「もうっ…そんなの、気にしなくて良いのに…」
リンは恥ずかしがるようにもじもじしている。
「いつの間に俺の隣で寝てたんだ。」
「えっ?!それは…えっと…その…」
少し怒り気味だったような彼女の顔が途端に目線をそらし始めた。
俺は前にも似たようなことがあったことを思い出した。
妹のミストだ。
よく俺にくっついては寝ていたっけ。
親父が死んですぐだったか。
……。
「あれか、甘えたいってやつか」
『女の子にはそんな時期が時々あるの!お兄ちゃんにだって大切な人できるかもしれないんだから覚えときなさい!』とかなんとか。
女にはそんな時期ってのがあるのだろうか。
「ちっ違うわよ!そんな!あ、甘えたいだなんて………ばか!!」
「おっおい…」
そう言って彼女はなにかごまかすように扉に向かって駆け出した。
「…あなたがどこにもいないから、心配してたんだからっ!」
と、思ったらまだ開いていない扉にぶつかった。
「だ、大丈夫か?」
いつもの彼女からは考えられないようなことかもしれない。顔を真っ赤にしながら急いで扉を開き直し部屋を駆け出して行った。扉は開けっ放しだ。
ずいぶんと顔が真っ赤だったな。
そんなに強くぶつかったのか…
俺のことだ、またいつの間にか嫌な思いをさせてしまったのかもな。
後で様子を見るついでに、傷薬でも持って行って、謝るか…。
さすがの俺ももう寝るつもりはなかった。
*
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