着替え*

 元来自分は、愛に飢えていた。
 両親からしっかりと愛情を注がれたとて、満たされることのない感情。そして時に同性の友人に抱く劣情は消費されることなく、ただひたすら、何かの代わりとして女を抱いていた。何故俺がこんなに男に固執しているのか分からない。
 おそらくは...きっと、「神の言う通りに生きたくない」だけ。
 欲望には喜んで従うが、欲望を向ける先を選ぶのはオレの自由だろう。

***

「なまえ」

 呼ばれて振り返れば閉め切った障子の向こうに人影が見える。こんなところまでわざわざ、こんな時間に来るのは便宜上俺の主人である松永久秀だけだ。

「いるよ。今日はどうした」

 こいつの下にいれば欲しいものは大抵何でも手に入る。南蛮の布が欲しいと言えばわざわざ南蛮から取り寄せ、あいつが持ってるあれが欲しいと言えば力の限りを尽くして奪い取る。そして、俺がそれをしてもらう上で彼もまた俺に見返りを求め、その度に俺は戦地へ駆り出されている。つまり、彼が俺を訪ねる、ということは、戦又は略奪の依頼以外あり得ないのだ。
 しかし、今日はどうやら違うらしい。

「着替えたいのだが...卿以外屋敷に人が居なくてね。悪いが、頼まれてくれないか」

 成る程。俺の位置づけは雑用係と言ったところなのか。

「構わない。入ってくれ」

 するりと障子の開いた後に、ぎしりと畳の軋む音が響く。松永は後ろ手に障子を閉じると、高そうな着物を片手に部屋へ入ってくる。髪もほどき、着流しを着ている彼は、丁度部屋の中心まで来ると立ち止まる。俺は着物を受け取ると着流しを脱がし始めた。松永の肌はハリこそないが、年相応のものと言ったわけでもない。普段あまり外に出ないからなのか、肌は白く手触りも悪いものではない。
 女でもないのに、何故こいつは俺に着付けをやらせているのだろう。しかも『俺が同性愛者だと知っている』癖に。ああ本当に意地が悪い。最近ご無沙汰だったので見境がないのか、松永の肢体から目が離せなくなってしまって、肌の上を触れる手が、思わず熱を持つ。

「...卿には見境が無いのかね」
「...そうだな、その通りだ。貴方が許しさえすれば、俺は今すぐ貴方を貪ると思う」
「許しを貰う...だと?はは、煩わしくは思わないのかね」
「...それは一体、どういう意味かな」

 着流しを脱がせようと肩に置いた手はそのままに松永の方を見れば、「言わせるな」と言わんばかりの顔をしている。そのまま肩にかかる布を落とすはずの右手は、方向を切り替え松永の喉元まで肌の上を滑る。

「誘ってるつもりかよ?悪戯なら今がやめ時だ」

 そう警告するが早いか、松永は俺の着物の襟をひっつかんで俺の唇に唇を押し付けた。普段の態度からはおおよそ想像がつかないその行動に驚けば、油断しきった俺の体は最も容易く押し倒された。打ち付けられた体が痛む。これは一体どういう事なんだ?布団が敷いてあったからといっても強く打ち付けられた頭は痛んだ。しかしそんな痛みよりも、俺を組み敷いている男が彼だという事実が今の俺には信じられない。これが例えいつもの出来心だったとしても、好色家で同性愛者の俺にこうやって手を出してしまったら、冗談じゃ済まないなんてことを深く理解しているはずなのに。
 まさか、彼は本気で...?

「いつまで黙っているつもりかね」

 先に口を開いたのは松永の方だった。

「...どういう、つもりで」
「私は卿が心配だよ。こんなに容易く組み敷かれてしまうとは」
「まさか貴方がこんなことするなど、微塵も思わなかったからな」
「...卿は、モノを奪う力が秀でていたからね。私はそれをかって卿を支えさせたのだよ。私は卿の権利も何も全て手に入れたと思っていたが...どうやらそれは私の思い違いだった様だ」
「俺なんか手に入れて、どうするつもりだ」
「決まっているだろう」

 松永はそういうと、再び俺のはだけた着流しの襟を引っ掴み、俺の上半身を少しもたげさせると俺の耳元で囁いた。

「私は欲しいモノは骨の髄まで手に入れる人間なのだ」

 あぁ...成る程。俺の劣情が、気に入った方向に向かないのが気にくわないと。そして劣情に生きる俺を手に入れるには、それしかないと思い立ったわけだ。

「手加減はしないからな」

 許し...というか、同意は取れた。これからする行為を俺も松永も同じモノを想像している。それだけで十分だ。
 起き上がり、今度は俺から松永の唇に自分のものを押し付ける。何度も角度を変えて繰り返せば、体制は変わり、俺の上に松永が座る様な形になった。普段松永を見上げることはあまりないので新鮮だ。松永を抱きかかえたまま押し倒せば、股を割って入れた俺の膝に、何か固いものが触れる。それに気づかぬフリをして何度かわざと触れれば、そのたびに松永は少し身をよじらせた。
 こいつは男に興味はないと思っていたが、まさか口吸いだけでこんなになるとは。予想違いだ。
 もうほとんど引っかかっていただけの着流しをようやく脱がせ、鎖骨に唇を落とす。少し強く吸えば、紫色の痣が残った。

「...卿も存外独占欲が強いのだな」
「貴方程じゃないけど」

 首筋には残すまいと微かな気を遣わせて、胸にいくつか跡を残した。乳首に舌を這わせ、何度か舌で弄ぶ。松永は少しくすぐったそうにするものの、“慣れている”男とする時ほどの反応は見せなかった。そうだとはわかっているものの、やはり癖なので舐めてしまう。
 松永を少し起き上がらさせ、左手で支え右手で下半身を覆う布を解く。その間にまた口吸いをした。どちらのものかわからない唾液が、松永の口端からこぼれる。最後に残った布を解くとようやく下半身があらわになり、外気に触れた松永のそれはびくびくと震えた。
 俺はあえてそれには触らず、足の付け根を人差し指でなぞる。低い喘ぎ声が漏れた。

「...触れたまえ」
「ふ、欲しがりだな」

 それに手を這わせると、待ち望んだその刺激に耐えきれなかった腰が少し跳ねる。もうすでにぐちゃぐちゃなそれを右手でしごきながら、唇を重ねた。

「ん...ふ、あっ、ァ...」

 普段の冷酷さからは感じられないほどの色を含んだ声だった。思わず腰が震える。未だ脱がない俺の着流しを、松永の右手が解き始めた。
 女とのまぐわいに慣れているからか、合せの違う着流しに少し手間取っている様だったが、慣れたもので難なくはだけさせられてしまう。そして手はそのまま、下半身のそれまで届く。

「随分と...奉仕的だな、松永」

 刹那、尿道に爪を立てられた。刺さる様な痛みに思わず顔をしかめる。が、松永のものを扱う手は止めない。

「...卿、は、今までだって、私の名を、呼んだことがないな」
「...なんだ、そんなことか、可愛らしい理由だ、な、久秀」

 余韻をたっぷり持たせる様に言えば、久秀は満足そうに軽く微笑み、思わず胸が高鳴る。右手を激しく動かせば、笑んだ顔は一転、余裕のなさそうな被虐的な顔に変わった。手を動かすほど松永のそれは更に水気を増し、滑りを良くさせた。俺のものに与えられる刺激が、だんだん弱くなる。

「ふ、ん...なまえ、そ、そろそろ」

 俺のものを触っていた右手をそのまま俺の背中に回し、抱きつかれる。左胸に荒く熱い吐息がかかった。この余裕のなさからして、恐らく達しそうなのだろう。

「良いよ、そのまま出して」
「んッ.......!」

 背中に回った手が思い切り着流しを握りしめた。
 勢いを変えず右手を動かしたままにしておけば、久秀は最も簡単に欲を吐き出す。それを逃すまいと絶頂の直前に尿道へ手のひらをやれば、俺の右手はたちまち精液まみれになる。

「...は、ぁ」

 久秀は未だ荒い息を吐いている。硬く握りしめられた久秀の右手は、ようやくしわくちゃになった着流しを離した。

「久秀、触って」

 未だ快楽の余韻に浸っている久秀の手に手を重ね、自身の下半身まで誘導する。覗き込んだ顔は恍惚としていたが、まだ足りないといった雰囲気も孕んでいる。久秀程の男なら、こんな刺激慣れっこだろう。
...だから、だからそんな物欲しそうな顔をしないでくれ。出来心の癖に、俺を弄ぶな。
 下腹部に再び刺激が与えられる。しつこいくらい久秀の唇に俺の唇を合わせる。これは...これから行う行為の、気を逸らす為。
 精液まみれの右手を、久秀の後ろに当てがう。精液で濡れた中指で穴の近くに刺激を与える。少し柔くなった頃に指先を穴にめり込ませた。

「ンッ...ぐ、あ」
「力抜いて。痛いよ」

 予想通り。排泄する為の穴に何かが入っている異物感は、慣れていないとかなり不快に感じるものだ。初めは誰だって痛みを感じる。その違和感は毎回、性行するに見合わない身体であることを、俺にも相手にも強く実感させる。男の穴は濡れない。そう作られていないからだ。
 余計なことを考えながら、めり込ませた指先に力を込める。円を描くように動かして、穴が広がるよう促す。少し緩くなったら、薬指も隙間から少しずつねじ込んだ。

「が...ッ、ぁ」
「痛いだろ?やめるか?無理してする事じゃないぜ」
「ふ...ん、これくらいの刺激、どうという事ないよ」
「はは、強がり」

 久秀のソレは萎えきっていて、今彼に与えられている刺激が快感ではないことを目に見えて明らかにさせている。誰だってそう、最初はそうなんだ。強がった口を叩く癖に、顔はしかめっ面で余裕がない。そのくせ俺のものは休まずしごいているのだから、健気なものだ。
 ...何故彼はここまでしてこの行為を続けたいのだろう。そんなに...欲の深い人間なのか。よもやこれ程までとは、思わなんだ。
 二本の指を第二関節まで入れて再び円を描く。緩やかに、中を傷つけないように。この行為には慣れたものだが、相手が何の開発もしていないとやはり難しい。
 潤滑剤の代わりをしている精液がぐちぐちと音を立てるが、以前本人はしかめっ面のままだったので気を逸らさせねばと萎えきった久秀のそれを咥え込んだ。久秀はそれに驚いて、今まで柔く俺の下腹部を刺激していた手を離す。
 何度かわざとらしく口淫すればそれは熱と硬さを持ち始め、再び自身をもたげさせた。苦痛の混じった苦々しい声ではなく、また色を孕んだ甘い声が混じるようになる。
 再び開いた隙間に人差し指をねじ込むと同時に、頭の動きを激しくさせた。この刺激と肛門の刺激を結びつけて、ようやく快感を感じることができるようになる。勿論、素質があればもうちょっと早いけど。デリケートな器官だから、相手を気遣う気持ちが大切なのだ。...俺の場合は、相手が主人なのだが。
 
「なまえ...」

 泣き縋るような声で呼ばれる。
 また達しそうなのかと口を離せば、離した途端顔面に白濁が飛んできた。これはいつ味わってもそこまで気分の良いものではない。

「んっ...堪え性がないな、本当に」

 口の端に垂れたそれを舐めとって見せると、口の端が吊り上がるのが見えた。確信犯か。酔狂な野郎だ。あぁ、なんて、愛おしい。
 今すぐに覆いかぶさってしまいたい。犯し尽くしてしまいたい。貴方の全てを貪りたい。...が、そういう訳にも、いかないのだ。

「久秀、今日はもうやめよう」
「...何を今更」
「このまま先に行っても痛いだけだ。こういうのはさぁ、時間をかけてやるもんなんだよ」

 今まで久秀の後ろに入っていた指を引き抜く。このまま刺激を与え続けても、体を傷つけるだけだ。
 最初は痛がろうが構わずやってしまおうかと思っていたが、久秀は仮にも主人な訳だし、歳も考えなくてはいけないし...何より、あんな声で懇願されては、もう少し優しくせねばなるまいと思ってしまう。普段は全くそんな事思わないのだが...これは、俺の性的嗜好から来るもの、か?

「そうか...そうだな。なら一つ条件を与えよう」
「何なりと。で、何?」
「手を出すなら最後まで...だ。途中で止めるような事は許さないよ」

 久秀はそういうと、すっかりはだけた俺の着流しをまたひっつかんでむちゃくちゃな力で引っ張ると、覆いかぶさるように倒れた俺の首筋に噛み付いた。

「いっ...は、はは、可愛らしいな」

 ピリッと首筋に感じた痛み。
 首筋にはつけまいと気を使った俺のそれとは違う、明らかな見せつけるための痣。“貴様は我が物だ”と言わんばかりの独占欲の具現化。まさに、彼の欲、そのもの。

「まさか貴方がこれ程までに、俺を欲しているとは知らなかったよ」
「卿は鈍いな...それに、愛を語らうなど煩瑣な事だと思わないかね?私と卿が繋がるのに甘言が必要なかった様に...私は、その気になればいつだって卿を手に入れる事ができる」

 手に入れられないものなどない...と、思いたいだけだろう?なんて、愚かで、それでいて、愛しい。

「確かに...ああ、盗られてしまったな」

 ちょっと前までの自分を嘲笑う様にそう吐き捨てた。
 久秀は体を起こし、俺の両足に手を置く。
 するとそのまま股の間に顔を突っ込んで、俺のものを加え込んだ。突然与えられた刺激に身震いする。まさか貴方がこんな、奉仕的な事をするなんて。本当に、本当に、ああ、信じられない。
 溜まった唾液とそれに浸かった舌に包み込まれる。若干不慣れなその動きにまた愛しさがこみ上げてくる。いつも俺を見定めるような金色の目に見上げられ、思わず両頬に手を添えた。

「あぁ...そう、それで良い。歯が当た、らないように...」

 深くまで咥え込むものだからその端正な...いや、精悍な顔の頬に俺の陰毛がついている。それを見て、またどうしようもない征服感に襲われる。下腹部の快感に耐えながら、頬、目の縁、耳を撫ぜた。降ろされた髪が、内腿をかすめてくすぐったい。
 不慣れな舌が思いもよらないところを刺激するので、もう我慢の限界だった。久秀の顔をのけようと押してみるが、びくりともしない。

「ひ、さひで!出る、出るからどけろ...ッ」

 懇願するが、顔が退く気配はない。むしろ、舌の動きは激しさを増すばかり。熱を孕んだ金色の瞳に見上げられて、より一層、限界が近くなる。が、もう我慢の限界だった。久秀の頭を少し乱暴にひっつかんで、快感に耐える。

「ん...ッ!」

 全身を駆け巡る快感。と、尿道を駆け上り外に出たそれは、久秀の口内で受け止められた。何てこった、口に出してしまった。すーっと性欲が去っていけば、久秀の口から俺のものがずるり、引き抜かれる。久秀は舌の上に乗ったそれを見せびらかし、にやりと笑ってからそれを音を立てて飲み込んだ。

「バッ...!何やって」
「ふむ、これはあまり味の良いものではないな」
「当たり前、だろ...」

 呆れたような口ぶりで言ってみるが、心底驚いた。ごくりとそれを飲み込む音が、まだ耳の奥と胸に焼け付いて離れない。その行為は、俺が貴方のものであり、貴方が俺のものである証拠。その行為を貴方に働かせた感情こそが、支配欲の現れ。そしてその感情を、余す事なく飲み込みたい俺がいる。長らく孤独だった俺に、少しの間でも熱視線を向ける貴方。ああそんな、簡単に依存してしまいそうだ。もう既に、心は奪われているのだから。

「...私の体には少し堪えたようだ。悪いが、ここで眠らせてもらうよ」

 そう言って、さっさと体を拭いたら勝手に俺の布団に寝る貴方。俺はその横の畳の上に寝転がり、イグサの匂いを嗅ぎながら、横になる久秀を見て重いまぶたを閉じた。

***

「なまえ」

 また、聞き慣れた声が障子の向こうから呼びかける。

「何だ、何用だ?」
「着付けを、頼みたいのだが」

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