性格が悪い

「ほうら佐助、秋津だ。居るんだろ?」

 指に秋津を乗せ、遠くの茂みに問いかけた。
 すると茂った草はがさがさと揺れ、中から迷彩柄の忍装束に身を包んだ男が現れる。

「あれれ、バレちゃった?」
「バレバレ。全く、何の用だ?」

 あははーとおどけながら頭をかくこの男は、武田軍が忍、猿飛佐助。おおよそ忍とは思えない姿をしているが、忍として非常に優秀な男だ。まあこうやって俺に見つかってしまっているが、それは俺が同属性の婆娑羅を扱えるというのもあってのことなので、息を潜めた彼を見つけるのは普通の人間には難しい。つまり、彼は今、完璧に潜めていた。

「んー、偵察する様に言われちゃってさ、こうやって見つかっちゃったんだけどね」
「それ、笑って言う様な事か?...まあ、別に偵察されてようが変な事は企んでないさ。今のところはね」

 彼が言う偵察、というのは、恐らく俺の主人、松永久秀についての事だ。彼はこの乱世の中でも特に梟雄と呼ばれて恐れられており、ふらっと現れて「宝」を奪っては帰って行き、また姿をくらます。そして残虐...とくれば、誰も警戒せざるを得ないだろう。
 しかし彼の下についている俺でさえも、彼が本当に欲するものを把握し切れないでいる。
 が、今は本当に何も企んでいないと思われる。...勿論欲しいものはあるだろうが。

「うーん、そっかー。でも俺様、自分の目で確かめなきゃ」
「偵察対象と仲良く喋ってる場合じゃないだろう、全く」
「その通りなんだけどさー、まさかこんな早く見つかるなんて思わなかったよ」
「はは、俺だからだよ。あんま気にしないで良いと思うけど」
「でも俺様、忍として許せないかな」
「まあ...そうだわなぁ。勝手にすれば、早く久秀探せば良いじゃん」

 そういうと佐助はフッと音を立てて消えた。
 毎度思うが、これは一体何の術なのだろう?彼の動きを遠くから何度か見たことがあるが、やはり忍のそれは簡単に真似できるものではなかった。
 周りを見渡せば、茂み、茂み、茂み。
 懐かしさを求めて入った森の奥だったが、これといって得たものはない。秋津が止まった指を見れば、もうとっくにどこかへ飛んでいたらしく、開いた人差し指は見当違いの遠くを指差していた。
 そろそろ帰るかと踵を返し、獣道を辿って山道へ戻る。やはり森の中での移動は慣れたものだ。
 ここの空気は落ち着くものの、単に落ち着くだけ。今は帰る場所がある。たまに森へ来るのは、それを実感する為だった。俺は独りじゃないと、そう、強く実感する為。
 屋敷へ帰るともうすっかり日は落ち、久秀が、何故か俺の部屋にいた。

「どうしたんだ、俺の部屋なんか来て」
「久々に城下に出て酒を買い付けてね。どうだ、一緒に嗜まないか」
「茶の方が好きだと思っていたが」
「別物だよ。たまには良いだろう」

 そういうと、久秀は既に用意されていた2人分のお猪口に酒を流し込んだ。縁側に腰掛け、こちらへ来いという意味を込めた視線を送って。
 それに応える様、酒を挟んで隣に腰掛ける。
 秋の夜長に月見酒...も良いもんだと思ったが、やはり、今夜の月は特に綺麗というわけでもない。だがそれがまた、「味」だ。

「...これは、うまいな。飲みやすい」

 口を離せば、漆塗りの器に注がれた酒が揺れる。
 水面に、月が反射して映った。

「たまには外に出るものだな」
「そうだよ、外は楽しいぜ」
「...卿ほど遊び回る元気はないよ」
「俺の遊びだって、お前が何かを欲しがった時と変わらんさ」

 あまりに飲みやすいので思わず酒が進む。
 後ろについた右手に、手が重ねられた。

「久秀?」

 久秀の左手は俺の手を撫ぜ、指の間に指をねじ込んでくる。外気に触れているはずのその手は、久々の酒で酔いがまわったのか暖かかった。

「随分と大胆だな」
「たまには良いだろう」
「ふ、気分屋なこって」

 久秀は酒を口に含み、器を置くと、こちらを熱っぽい瞳で見つめる。その瞳に目を奪われていると、伸びてきた久秀の手が俺の顎をひっつかみ、唇を合わせてきた。薄く開いた唇から、少量の酒が流し込まれる。突然度数の高い酒が沢山入ってきたものだから、舌が痺れた。
 久秀はそんな事お構いなしに、口の中を舐め回す。酒が唾液かわからないものが溢れ、顎を伝い首から胸へ流れた。
 久秀がこんなに大胆なのには、少し酔っている事ともう一つ理由があることを俺は知っている。
 だが、互いに、敢えて言わない。俺らの関係を知らない武田の忍が、部屋の天井裏にいる事を。
 
「続きは部屋の中でやるか?」
「卿もなかなかに性格が悪いな」
「さて、何の事だろうね」

 二人は縁側から立ち上がり、部屋へ戻る。ぴしゃりと閉められた障子は、情事の音を微かに外へ漏らした。
 久秀が眠りに落ちた後で、なまえは天井裏を見て、そこにいる誰かににやりと笑った。

***

「久しぶりだなぁ、佐助。また幸村のお使いか?」
「あっ!狼の、旦那...」

 翌日、団子屋の前に知っている背中を見つけ、呼び掛ければ、わざとらしく肩をびくりと震わせて振り返る、武田の忍。

「どうした、薄給なんだろう、ここは一つ、俺が奢ってやろうか」
「わぁ、た、助かる」

 返答がしどろもどろで、俺と目を合わせたがらない。
 まあ、あんなに見せつけたからなぁ。
ーーー“お前が心底嫌う奴と俺の情事”を。
 金を団子屋の女性に渡し、多すぎるくらいの団子を受け取る。それを佐助に差し出し、わざとらしく言ってみた。

「佐助、どうだ、久秀の動向は掴めたか?」
「っ、はは。そうだね、今のところは...何も企んでないみたいだけど」

 団子を受け取る手が震えている。追い討ちをかけてみるか。

「どうした、佐助。偵察で“何か見た”か?」
「...アンタ...分かってるくせに...ッ!」

ーーー佐助、悪いけど、俺はお前の味方でも何でもねぇよ。

「さあ、何の事だ?」

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