少年と大人

「蘭丸、久しぶり。元気にしてたか?」
「あ、なまえ!お前どこ行ってたんだよ!」

 生意気な口をきくなと一発拳骨を落とす。
 軽く小突かれて頭を抑えるこの少年は、織田軍の武将、森蘭丸だ。こんな小さな少年が戦馬に出るなんてと最初は疑ったものだが、
俺もこのくらいの年で野山を駆け回り狩りをしていたし、実際彼の働きぶりを見ればそんな事は微塵も思わなくなる。
 まさしく、鬼の子と呼ばれるに相応しい活躍ぶりだ。

「そうだ!なまえ!蘭丸、こないだ鴨を捕まえたんだぞ!すげーだろ!」
「おお、流石は弓の使い手だ。凄いなあ」

 子供はあまり好きではないが、蘭丸に対しては特に嫌悪感を抱かない。
バカで愛おしいクソガキだ。
 このくらいの歳であればまだ会話ができるのだが、もう少し小さいと俺が苛立って仕方がない。
蘭丸は、丁度いいのだ。褒めれば喜ぶし、貶せば怒る。
分かりやすくて良い。どこかの誰かと違って。

「あ、俺、そろそろ戻らなきゃ。じゃあな蘭丸。しばらくはこっちにいるから、
暇になったら遊びに来いよ」
「えー、もう行くのかよ!もうちょっといればいいのにー!」
「はは、信長公に遊んで貰えばいいだろ」

 買い物の帰りにふらっと寄っただけなので、本来ならもう帰路についている時間だった。蘭丸に手を振るとそのまま屋敷へ向かう。

「ただいま帰りました...と」

 正面の門をくぐると、奥の方から人影が。いや、この人影は、俺が遠くから観測した時から微動だにしていなかった。
つまり、俺の帰りをずっと待っていたということだ。

「遅かったじゃないか。待ちくたびれてしまったよ」
「堪え性のない事だな、乱世の梟雄」
「卿は、すぐ戻ると言ったよ」
「悪かったね、途中で蘭丸に会ったもので」

 ああこの口は。すぐそうやって、お前を苛立たせようとしてしまう。
 お前が独占欲が強いと知っている癖に。

「...あの餓鬼か、感心しないな。私を待たせて自分は浮気か?卿も随分と偉くなったものだ」
「浮気?まさか。知っているでしょう、俺にはあんたしかいないんだよ、久秀。
蘭丸とは久しぶりに会ったから話しただけさ」

 遊び人の常套句。けれどそれが本心なのだから仕方ない。
 久秀は俺の顎を思い切り掴む。みしりと軋みそうな程、強い力で。

「減らず口はこれか?」

 刹那、唇に柔らかいものが触れる感触。
 乾燥で切れた唇の血を舐め取られ、刺すような痛みを感じる。顔をしかめれば、思わず開いた口の隙間から舌がねじ込まれた。
そのまま舌を絡め取られ、口腔内を犯される。離れようと軽く力を入れたが全く離してくれるそぶりはなく、
左手は俺の腰に回され更に拘束を強められてしまった。何度か角度を変えくちづけを交わすうちに、舌が抜かれ、切れている下唇を軽く噛まれたのち、
ようやく唇と俺を拘束していた手が離された。

「痛いなあ、何の為に唇を舐めてなかったかわかりゃしない」
「私を待たせた罰だよ。享受したまえ」

 そう言って俺の血が滲んだ唇を吊り上がらせる。
 それがとても愛おしくてもう一度自分から唇を押し付けた。
 俺の唇から移った血はまるで口紅のように、松永の薄い唇に映える。その姿に、独占欲が満たされた。
 刹那、背後から砂利を踏む音が聞こえた。

「誰だ?」

 振り返ると、そこにはこっちに背を向けた少年...いや、矢筒を背負った...蘭丸がいた。

「蘭丸、いつから居たんだ」

 そう問えば、蘭丸はびくりと肩を震わせる。
 まるで触れて欲しくなかった事のように。あいにく俺は、そこでちょっかいをださないほどのお人好しではない。

「...なまえに、とった鴨を見せようと思って...追いかけたんだ」
「じゃあ全部見てたんだ?」

 歩み寄れば、振り返った蘭丸はさらに体を硬らせた。
今まで大人同士の接吻もおそらく見たことがなかろうに、
最初に見たそれがまさか俺らのものだとは、こいつもまったくかわいそうなやつだ。

「蘭丸、悪いけど、黙っててもらっちゃくれねぇかな」

 近くまで寄って膝を曲げ、頭に手を乗せれば微かに動いた頭。それは同意を意味した。

「いい子だ」

 そう言って頬に唇を軽く押しつければ、蘭丸は驚いたように固まってしまった。
そろそろ背中に刺さる視線が痛い。俺の方を向いている蘭丸は、
後ろの久秀がどんな顔をしているか見ているんだろう。

「何を驚くことがある。好きな人にはするもんだろ、こういう事。
まあ、知りたくなかったと思うけど」
「ほんとだよ!なまえは意地悪だ!」

 少し嫌味ったらしく笑えば、蘭丸は堰を切ったように叫びだす。
うぶな反応に、思わず笑ってしまう。
 蘭丸はそう叫んだ後、踵を返すと振り返らず走っていってしまった。

「さ、久秀、続きでもやるか?」

 曲げた膝を伸ばして振り返れば、これまた機嫌の悪そうな顔をしている久秀。
当たり前だ。「浮気じゃない」なんて言ったのに目の前で頬に唇を押し付けるなど、正気の沙汰じゃない。

「...少し、仕置きが必要な様だな」
「望むところだよ」

 久秀は踵を返すと屋敷の中へ入っていった。俺も買い物の荷物を持って後を追う。
 ...仕置き、なんて言っちゃって、いつも先にへばるのは久秀の癖に。

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