壱と未(ss)

*貴方の設定→與市、與未との馴染みある関係。2人にとって大切な人


黒い書物に記された話。48ページ目

「は?生まれた頃の話?」
目の前で肯定するようにぶんぶんと縦に振られる首とその好奇心に満ちた貴方の表情に、書き物をしていたとある烏天狗の一族の次期当主、與市は思わず手を止め幼い頃を思い出すように空を見上げる。その表情には何か面白い話でもあっただろうかと自分の記憶を漁っているのか悩むように整った顔に深い皺が刻まれている。
そんな渋い表情を見て別にそんな深く考えなくてもいいのだとわたわたとしだす貴方と思いの外悩んでしまっている與市を、休憩のために茶菓子を用意しながら見ていた與未は可笑しそうにくすくすと笑いながらとっておきがある、というように人差し指を立てて口を開いた
「では、こんな話は如何ですか?」
ー生まれた頃本来であれば殺されていたという弟の話。


【壱と未】


滅多に雪が積もらないこの山が豪雪に見舞われ、一族の村のすっかり雪化粧された景色も今年になっては何度目かとも言われていたその冬にその双児は生まれた。例年稀に見ない冷え込みと雪の被害によりその年は作物が育つことはなく飢饉も多かった。
もちろん人間界とは関係ないとはいえ烏天狗の一族が住む山も例外ではなく、双児が生まれたその時は一族においても大変な時期であった、とその頃を知る爺婆は語る。

その日の夜も村は豪雪に見舞われていた。そんな中、村に出回った吉報
"跡継ぎの男児が生まれた"
排他的な思考のせいか年々子供の数が減っていってしまっている烏天狗たちからするとその知らせは吉報以外の何物でもなく、まだ確定している続報が回らないのにも関わらず既にお祭り騒ぎとなったという。
しかしその吉報の裏にあった上官たちが隠した情報が、"跡継ぎが双児であった"ということ。
双児が厄をもたらす、という考えは既にこの一族にはなかったものの問題はその力にあった。今までの当主を入れても例を見ない程の凄まじい妖力を持つ男児と共に生まれてきたその片割れにはそちらに妖力を取られてしまったかのように妖力が存在しなかった。
"まるで生まれながらにして死んでるような..."
誰かが無意識に呟いたであろうその言葉に辺りに戸惑いと共にざわめきが広がる。
生まれてから何時間か経ち、落ち着いたのか何事もなくすやすやと寝息を立てている兄と、その横でこのまま放っておけば時期に存在が消滅してしまうのではないかという弟。この程度の妖力では当主家系はおろか、一般の烏天狗の妖力にさえあてられ体調を崩してしまうだろう。そんな状態が続けばこの片割れの弟が歩む道は寝たきりの状態で消滅するまで1人過ごさなくてはいけないということ。
なんて哀れで恵まれない人生なのか

一度そう思ってしまえば後は行き着く考えは簡単で。未だに自分が産み落とした双児に対して感情が整理できていない妻に寄り添う当主の目の前にとある上官は膝をつき仰々しく頭を下げると指示を仰ぐような、しかし有無を言わさない言葉でその場にいた全員が考えていた事実を口にする
「当主。無礼を承知で口にすることをご了承ください
その双児の弟君の方は今後助かる見込みはありますまい。元々少ない妖力が仲間にあてられ減っていき成人した辺りには動けなくなるのを見たいと思う程、我らも鬼ではありませぬ。ここで殺してやるのがせめてもの優しさかと」
「私の...私の子供を殺すというのですか?!」
「その方が子供の為だと言っているのです」
「貴方がたが、望んだのじゃないですか...早く男児を作れと!」
「しかし...!」
「都、君は今正常な判断を下せるわけではない。落ち着きなさい」
「夜風様...」
殺す、という言葉に美しい黒髪を振り乱して当主の妻であり双児の母親、都は敵を見るような信じられないものを見るかのような瞳で上官を見る。出産後ということもありいつも以上に感情の起伏が大きいのか、発狂にも近いその反応に進言した上官は押し黙った。その様子を見てこの状況からは離した方がいいと、現当主、夜風は判断したのか妻を自分の羽根で安心させるように包み込むとそのまま妖術を用て眠らせてしまう。
妻が意識を手放したことで進言をしてきた上官をもう一度視界に入れれば、不敬罪として罰せられると思っているのだろうか、硬い表情と真っ直ぐ引き伸ばされた口元で夜風を見つめていた。周りを見てみれば他の官吏も同じような表情である。
覚悟は決まった。
「命を賭け産んでくれた都には申し訳ないと思う。しかし今彼が進言してくれた通りこの子はこの妖力ではもたない。せめて自我が出来る前に、我々の手で消滅させるのがこの子の為にもなるだろう」
当主の一言でその場にいる者皆全員覚悟は決まったのだろう。
片割れの兄と弟を引き離し、珠玉を取り出たあと妖力をぶつけ消滅させてしまおうと上官が周りを固め夜風が手を翳した時だった。
今まで静かだった兄が半ば叫ぶように泣き出しその体が持つには大きすぎる力を暴走させ始めたのは。
子供の頃、妖はその自分の妖力に振り回されることが多く、少しでも感情が昂ったり心が乱れると妖力をコントロールできなくなり暴走を起こすことがある。それは子供ならではの癇癪に似ていて辺りの物が壊れたりすることも多いが、妖力が強い者だと周りの者の体調にさえにさえ悪影響を及ぼすという。
人一倍の妖力を持って生まれた兄もそれは例外ではなく、暴走する妖力と共にどんどんその場にいる成人済の烏天狗でも妖力不足に陥っている時のように呼吸は荒く目も霞んで立っているのが難しくなってきていた。
これはいけない、とどうにか兄の暴走を止めようと手をかけようとした弟から離れると片割れの命の危機にでも反応していたのか何事もなかったかのように兄の暴走は治まる。
引いた辺りに広がっていた重い妖力から解放され、体の機能が正常へと戻ってくると夜風と官吏たちは互いに顔を見合わせた。これは引き離すべきでははいのでは、そういった沈黙が辺りに満ちる
「当主様...これは一体...」
「……仕方が無い。双子はこのまま育てよう。生まれた時から危機が感知できるほど絆が深いのであれば、恐らく双方が助け合い互いに補える関係になれるはずだ」
「弱い妖力ではどうにもなりませぬぞ」
「この子たちが選んだ未来だ。私はそれに任せよう。君たちは村人たちや他の官吏たちに双児であることを伝えてきてくれ」
夜風は未だに渋い顔をしている官吏たちの言葉を聞く耳をもたないように流すと既に半分お祭り騒ぎとなっている村中に報せるよう取り急ぎ命じる。
当主としての命に蜘蛛の子を蹴散らすように捌けた官吏たちを見送り、弱々しい呼吸をしている弟を案じつつそっと抱き上げるともう一度片割れの兄の隣に横たわらせる。髪と瞳の色はそれぞれ自分たちから受け継いだのかバラバラの色をしているものの、眠りにつく横顔は殆ど違いがないくらいそっくり並んでいる。
兄の妖力が安定しない幼い頃はあまり違いも出ないであろうその見た目に自然と夜風の頬は緩むも、今後の未来を考えるとすぐにその表情は曇った
「もって10か...12くらいか...」
烏天狗の成人は16歳であり、先程の上官は成人した辺り、と言ったがこの程度の妖力で常に隣にいることになるであろう兄の妖力にあてられ続けることを考えれば長くて12歳まで生きられたら上等だろう。片割れの癇癪と都のことを考えたとはいえ、自分の息子の死が確約されているのは胸を傷めるものだった
「...與市、與未。君たちが健やかな成長を遂げるよう私は願っているよ。」

その日、次期当主と次期当主補佐として生まれ落ちた双子の男児は與市、與未と名付けられ盛大に村中で祝われることになった。
それから数年後、妖力が不足し存在が危うくなった與未を助ける為に今まで記述はあったものの現実では事例がなかった妖力の分け与えを與市がやり遂げたのはまた別のページに。


「ー...ということがあったらしいんですけどね」
まるで、"明日の天気は生憎の雨だって"という何気ない天気の話をするようにあっけらんかんと綴られた言葉に、與未が用意してくれた茶菓子と茶を飲んでいた與市は器官にでも入り込んだのが蒸せるようにその場で咳き込む。
あまりにも酷い咳き込みに貴方は労るように與市の背中を摩ると、余程咳き込みが辛いのか與市は貴方の手を握り締める。普段稀に見ないその言動は語られた話が大ダメージだということを示しており、貴方は引き攣った苦笑を與未へと向けた。
「兄様大丈夫ですか?新しいお茶いります??」
あと貴方さんもそんな表情を僕に向けないで下さいよ、と與未は茶器に新しく湯を入れようと立ち上がりながらさぞかし傷ついたと言わんばかりの表情で貴方を見つめる。
そんな與未の手をむんずと掴んだのは咳き込みが治まってきた與市の手だった。貴方の手を掴んでいる方とは逆の手で驚きに固まる與未の体をそのまま引っ張ると自分の腕の中まで引き込み片割れの存在を確かめるように片手で與未の体をしっかりと抱き締め深呼吸するように深く長い息を吐いた。強がっているのか貴方の手を掴んでいる手からは微かな震えと與市の動揺が伝わってくる。
「ちょ、兄様!僕、今陶器持ってるので危ないんですよ?!」
「お前が...」
「兄様?」
「お前が殺されなくて、消えなくて、本当に良かった。俺は今初めて自分の妖力に有り難み感じたぞ」
「初めてって...馬鹿ですね、価値があるものなんですからもっといつも有り難み感じて下さいよ」
「いつ、どこであんな話を知った」
「初めて妖力不足に陥った時に...兄様が助けてくれた時ですね。倒れた時に父様が来て妖力が少ないという事実と本来ならば生まれた時に楽にしてやろうと思ったけど兄様の存在で救われたということと」
「あのくそ隠居爺...今度会ったらぶっ飛ばしてやる」
「過ぎたことです。自分の父親に物騒なこと言わないでください。」
貴方の手を離さず、與未の肩に顔を埋めもごもごとしながら話す與市に地雷でも踏んでしまったかと與未は申し訳なさと仕方が無いといった感情を織り交ぜた苦笑を漏らし最初は與市の腕から抜けようとしていた体をその場に収めるように力を抜く。顔を横に向ければ與市の手をしっかりと握り返しながらも自分たちの接触に何とも言えない表情を浮かべている貴方に、把握したように肩に顔を埋めたままの與市はそのままにしつつ体を横にずらし貴方が入るスペースを空け與未は優しくふっと笑うと小さく手招く。
ちょこんとそのスペースに手は繋いだまま収まる貴方の腰に與未はそっと手を回して暑さも気にせず3人で更に密着するように近づく。與未から近付いてきた珍しさに気づいたのか與市も握り締める手と抱き締める腕の力を強めた。
「兄様と貴方さんは僕を否定しません...だからこそ安心します。」
「どうして否定するんだよ。お前は俺のたった1人の片割れだ。この世界で1人しかいない。」
「その言葉が何よりも嬉しいです。僕の愛しい片割れ、與市。」
久方ぶりに呼ばれた自分の名に驚いたように咄嗟に與未の肩から頭を上げる與市にしてやったりとふふんとするように與未は鼻を鳴らす。その仕草に互いに顔を見合わせ可笑しそうに笑い合った。
そんな2人の中を邪魔しないようにしつつもどこか思うところがあったのか、くい、と袖を引っ張り主張する貴方に気づいたようにこつんと與未は額を合わせ間近で微笑む。
「あぁもちろん貴方さんも大切ですよ。2人がいなければ僕はここまで生に固執はしてませんでした」
「貴方を仲間外れになんてしてないって。逆にお前のことで與未と喧嘩しそうなくらいだ」
「兄様は僕と喧嘩出来るんですか?」
「おう、目に入れても痛く無い程可愛い弟だがこれとこれは全くの別問題だ」
自分を間にテンポ良く交わされる言葉に思わず零れ落ちる貴方の笑みに2人は顔を見合わせもう一度笑い合う。
午後の木漏れ日がそれを静かに照らしていた。3人共繋いだ手はずっと話さなかった。

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