ゆきどけうさぎ(ss)

黒い書物に記された話、22頁目。

「次期当主様、補佐様、お誕生日おめでとうございます。」
「こんな寒い中、僕達の為に御足労頂いてありがとうございます。」
「…………どうも。」
「與市様、與未様!お誕生日おめでとうございます!これ、お祝いのお花です。」
「ありがとうございます、綺麗なお花ですね。大切に屋敷に飾らせてもらいます。」
「………………す。」

一体本日何度目のおめでとうなのか。段々祝いの言葉が呪い言葉に聞こえてきた。
ちらりと隣の弟を見れば、既に飽きている自分とは反対にまだ会釈付きでしっかりと返答している姿に本当に丁寧な奴だと與市は肩を竦めて見せた。
次期当主が飽きていることに気付いたのか、一度休憩を入れようと比較的歳若い役人が、時間を追うごとに減るどころか寧ろ増えてくる一方の住民の流れを一度切った。
御所の大部屋に二人きりになれば、ずるずると崩れていく與市の姿勢に、逆に人がいなくても姿勢を崩すことがない與未がじとりと何か言いたげに兄を見やった。
「兄様。」
「……んだよ。」
「せめて礼くらいは仰って頂けませんか、皆さん僕よりは兄様からのお言葉が欲しいでしょうに。」
「俺は與未からのおめでとうだけで十分だ。」
「きちんと僕の言葉に正確な返答をして欲しいのですけれど。」
やれやれといったように深い溜め息を吐きながら、座っているだけでも温度が奪われていってしまう手を與未は擦り合わせる。元々力が少ない故に代謝が悪く、なかなか体温も人並みに上がることがない体には、積雪し冷える一方であり体温を奪っていくこの山の寒気は毒に近いのだろう。
本当にこの山には弟にとって毒ばかりだ、と與市が息を漏らしたと同時に次期当主が完全にダレてしまっているということが周りの官吏たちに伝わったのか長めの昼休憩だという旨を聞かされた。
酷く冷え切ったこの部屋にいる理由はなく、乱れた着物を軽く整えれば一時帰宅の片付けをしている與未へと声を掛け屋敷へと続く道へと足を向けたのだった。

「うえ、まだ雪降んのかよ。もう十分過ぎる程積もってんじゃねぇか。」
「毎年毎年、同じこと言わないで下さいよ。」
「来年も再来年も同じこと言ってやるからな。覚えとけ。」
子供っぽい、というように與未は目を細め、傘も差さずにすたすたと目の前を歩き出す與市の背を見つめる。何も学ばず屋敷に戻った後に自分にくっつきながら寒いと毎年言い出すのだからどうしようもない。それなら最初から傘を差せばいいのに、という言葉は既に五年前に交わされた。
結局何処か自分勝手な兄には何を言っても無駄なのだと気付いたのは一昨年のことだ。自分でも無駄な努力をしてしまったと與未は背後で嘆息する。
その時。一瞬、ほんの一瞬、視界の端に映ったある物に気を取られてしまったのだろう。ずるりと踏み込んだ與未の片足が滑り、そのまま雪に埋まって突然動かなくなった。
「………………あ、兄様待って下さい。」
一言漏れた声は雪に吸い込まれたのか、前を行く與市には全く聞こえなかったようで姿は見えなくなってしまう。
「……ううん……足の感覚なくならないといいけど。」
どうやら階段の前にある溝が雪で見えなくなっていたらしい。自分で抜ける程浅くもなく與未は困ったように眉を下げていたが、元々自分の生を達観視しているせいもあるのだろうか。直ぐに埋まった足から興味は失せたように傘を背後に置けば、足はそのままにしたまま與未は近くの雪へと手を伸ばした。


違和感に気付いたのは御所を出てから階段を昇りきり、多少進んだ道だった。
「?、與未?」
やけに静かだと立ち止まり與市が振り向いてみれば、傘を差して自分の後ろを着いてきていたはずの弟の姿はなかった。
「おい與未?!何処だ。」
慌てて視界を邪魔する雪の中目を凝らしつつ、今来た道を戻ってみれば昇りの階段の前にある道の窪みに傘を地面に置いてしゃがんでいる姿。最悪の想像にはならなかったことに安堵しながら階段を駆け下りてみれば、與未は何故か熱心に雪を捏ねていた手を止めきょとんとした表情で與市のことを見上げてくる。
「與未、お前…!何やってんだ。早く帰るぞ。」
「……戻って来たのですか。」
「当たり前だろ。後ろ向いたらいねぇし、心配した。」
「ここの雪、結構深くて。足取られちゃいました。」
與未が今まで差していた傘を拾い上げてから與市がぐい、と腕を引っ張り上げれば易々と與未の足は雪から抜けた。
一度自分の足で立ったことから麻痺したりしていることは無さそうであり、與市は安堵で胸を撫で下ろす。しかし再度與未は與市に背を向けてしまえばそのまましゃがみこんでまた熱心に手を動かし始めた。
そんな與未に何かあったのかと與市は再びその腕を掴む。
「おい、足痛むのか?」
「いえ、足は特に。ただちょっとやりたいことがあって。」
「やりたいこと?」
自分の腕を振り払うこともなければ、問いかけにも答えず立ち上がりもしない。この妙に頑固な所は一体誰に似てしまったのか。こうなってしまっては弟が全く動こうともしないことは與市にはよく分かっていた。
仕方なくその腕を離し弟の後ろに立っていれば視線はこちらにも向けようとせずに、まるで與市が戻ってくることを待っていたように與未は口を開いた。何やらずっと動かしている手元はちょうどその背と翼に隠されており與市から見えることはない。が、その背は何処か言葉を探しているようにも見えた。
「……あと何回こうして誕生日を迎えられると思います?」
「何?」
「気付かれていました?去年よりも更に僕と兄様の外見の差がどんどん開いていることに。」
思わず口篭ってしまった。幼い頃含めて今はまだ多少の違いはあれど顔の部分的なところは似ている。しかし体を成長させるまでの力が足りない與未の姿が、歳に伴った成長をする與市に対してどんどん遅れてきていることには気づいていた。それは成長にすら力が回らず、どんどん妖力が枯渇している状態ということだ。
父親のように自分で自然と外見の老いを止めるのではなく、ただの妖力の不足から外見と本来の年齢が乖離してしまうことにどのような副作用があるのかはまだ分かっていない。ただ與未の心労を思えば何とも言えない話であった。
相変わらず與未はこちらを見ようともしない。
「……あと何回とか言うなよ。與未はずっと隣で俺と一緒に、」
「違う。」
「與未。」
「違う、そうじゃない。……そうじゃないよ、與市…。」
「違うって言っても言葉にして貰わないと分からねぇよ。俺はお前じゃない。」
声が震えていた。自分達は同じ方向を向いているようで向いていない、どれだけ仲が良いと言われても実際はてんでチグハグだ。
吐き出すように返した言葉に與未はやっと何かをしていた手を止めてこちらを振り向いた。久方ぶりに出会えた“弟”は記憶の中よりも少し成長していて、それでいていつの間にか自分よりも遥かに小さく感じるようになっていた。
もしかすれば泣いてしまうかもしれない、と思う程弟の蜂蜜色の瞳は揺らいでいたが終ぞその瞳から水が零れ落ちることはなかった。
「與市には前を向いていて欲しいんだよ。僕のことなんて気にせず、ただ前を、」
「與未。」
「でも與市は優しいから外見の成長も待とうとしてくれる。だからね、もう待たなくていいよ。」
ふわり、とその顔が穏やかに笑う。その言葉は思い詰めたというよりも後ろ向きになったというよりも、もちろん自暴自棄になったわけでもない。ただ心の底からの與未の言葉だということだけは分かった。
「……待ってるつもりはねぇよ。」
「嘘吐き。少しでも僕と見た目年齢を一緒にしようと支障がない範囲で少し遅らせているのバレてるよ。」
「うぐ、」
誤魔化し続けていたつもりだが、與市が周りにも自分にもバレない範囲で本当にゆっくりと術を使って成長を遅らせようとしていたのは與未には分かっていた。
頭を使うことが苦手だと言っている癖に何故こういうことだけは余力を惜しまずに知恵を働かせようとするのだろうかと、與未は言葉に詰まり一気に慌て出す兄に仕方がないなぁと嘆息した。
「じゃあ、変な所に悪知恵を働かせる與市に僕から贈り物。」
「お前まだ話終わってないからな?!」
「僕の中では終わったから。與市と外見が離れるのは辛いし寂しい。いつ消えてしまうかも僕には分からない。外見が似たままでいれるのは片割れとして嬉しいけれど、與市にどういった副作用が出るか分からない状態で変に力を使って無理をして欲しくない。分かる?」
「分かるけど分かりたくねぇ。というかさっきから何やってんだよ。」
再び前を向いてごそごそし始めた與未に対して駄々を捏ねるように自分の上にうっすら積もった雪を払い落としながら與市はむすりと口を尖らせる。
そんな兄に暫くの沈黙を貫いたあと、くるりと振り返ればその手の上には何やらくびれがある雪の塊。元々寒さは弟の体にとって悪影響である筈なのに素手で雪を触るなどと。この後帰宅すれば霜焼けにならぬよう薬を塗らなければ、と與市が考えている中、目の前の弟からずい、とそれが差し出される。
「はい、あげる。」
「……なぁ、與未。俺はお前から貰える物は何でも嬉しいし、お前が何をしようとも可愛いって思えるんだが、」
「だって今年何も贈り物とか用意していないんだもの。そこにね、雪だるまが作られていて、前に父様に教えて貰ったのを思い出したんだ。」
どうやら雪だるまは知っていたらしい。弟から指で示された場所にはここを通った使用人か誰かが作ったのだろうか、他の場所よりも雪が積もっている場所に小さな雪だるまが存在していた。
これを見て自分も作ろうと思ったのだろうか。しかしながら自分の手に置かれた物は、
「…………與未、雪だるまなら縦に立たせてやれよ。これじゃ横転した雪だるまだ。」
真ん中に少しのくびれが出来た雪の塊は與市の手の中で横向きに倒されたまま置かれた。足元が平ではないのだろうかと思ったが手の中で平坦かどうかなど考えることは無意味だ。
しかし雪だるまらしき物を立たせようと片手でそれを摘みあげようとした時、雪のせいで微かに赤くなってしまっている與未の指にそれを遮られてしまった。
「ゆ、雪うさぎ……。」
「は?」
「それ、雪だるまじゃない…雪うさぎ……。」
「……………………うさぎ。」
自分に雪うさぎだと通じなかったことが恥ずかしかったのか、ぼそぼそと呟かれた與未の言葉に再度まじまじと掌の上にある塊を見てしまう。枝も葉も実もない場所では目や耳が作れなかったのかもしれない。それならばこのくびれは?と様々な疑問が浮かぶ中の與市の辛うじて出された言葉に今度こそ與未が塊を奪おうとしてきた。
「…………っもう!下手くそでごめんね、それ返して。」
「おっと、やなこった。一度貰った物を返品する気はねぇよ。……あ、俺から與未にもやらないとな。ちょっと待ってろよ。」
與未にしては結構怒っているようなのだが、ちっとも怖くはない故に先程のように泣きそうな表情よりも、何よりいつものように取り繕ったような笑顔よりも素面のそれは與市にとって嬉しいものであった。
ぽこぽこと怒っているような與未に傘を一度返せば、雪うさぎと仮定するものを取り返されないように自分の足元の内側にそれを置き積もっている雪を掻き集める。
ぎゅ、ぎゅ、と雪を手の中で固めていけば後ろから與未が覗き込んでくる気配がする。
それなりに形が整えられれば自分の羽根を翼から一枚抜き取ってその塊に耳と目を作ってやれば、自分の知っている雪うさぎの完成だ。
「ほら、やるよ。」
「………………雪うさぎ?」
「雪うさぎ。」
「…父様が教えてくれたのと違う。」
「父上がそれだけド下手だったんじゃねぇの?でもこれは俺のな。これにも耳と目付けてやるよ。」
「横転した雪だるまに?」
「根に持つなって。」
もう遅いかもしれないが與未の手がそれ以上に冷えぬように、もう一枚羽根を使用して盆を作れば自分が作った横に與未が作った物を置いてみる。
よく分からないくびれさえなくなればまだ雪だるまには見えないのでは、と思うがそれを言えばまた拗ねてしまうかもしれない為に口には出さなかった。
綺麗な雪うさぎと少し不格好な雪うさぎ。弟の目にはもしかすれば自分たちに見えているのかもしれない、それも不格好な方を與未自身に当て嵌めて。だが、與市から見れば自分も綺麗で完璧な烏天狗なわけではない。例え與未の言うように前を向いたとしてもお互いがお互い綺麗なんていうものとは程遠いのだ。
「與未、俺はもう成長は自然に任せる。」
「……うん。」
「でも、お前が俺と双子であることは変わらない。変えられない。」
「うん。」
「置いていったりしない。誰が何と言おうともお前は俺の片割れだし、俺がいる限りお前は生きる。…生きてくれ、頼む。」
「…………うん。」
「なぁ、泣くなよ。素のお前は本当に泣き虫だなぁ。」
ついにぽろりと一雫、零れてしまった弟の涙にくしゃりと與市は笑えば片手には盆を持ち、片手で傘を持っていない方の與未の手を引く。お互いの手は冷え切っていて感覚さえ朧気である。これは気を付けないと二人揃って霜焼け一直線だ。
「與市、」
「うん?」
「十八回目の誕生日おめでとう。」
「與未こそ、誕生日おめでとう。」
後ろから呼ばれた名前に振り向けばぐしぐしと傘を持っている手の方の袖で涙を拭いて、與未が紡いだのは祝いの言葉。
先程まで散々聞かされた言葉であるが、片割れからの言葉は何よりも嬉しいものであった。
「さて、帰ろうぜ。まだあの長い時間が続くんだからな。昼飯を食いっぱぐれると辛い。で、この雪うさぎたちは縁側に置こう。」
「……兄様、お昼終わったらちゃんと村人さんたちの言葉にお礼言わないと駄目ですからね。」
どうやら魔法の時は終わったらしい。いつも通りの笑みを口元に浮かべている與未は本当にいつも通りにしか見えなかった。
これから自分達はどんどん外見の歳も離れ、同じということから掛け離れていくのだろう。
それこそきっと、外部の人間からは兄弟かと言われる可能性の方が高くなる。しかしこれもまた、自分達で選んだ道であった。
自分達さえ覚えていればそれでいいのだ。あと何度、誕生日を迎えられるかなど本当はどうでもいい。
不格好な雪うさぎでも一度溶ければ後に残るのは水だけであるし、壊れてしまえば雪に戻るだけだ。
水か雪か、自分達がどうなるかは分からない。
それでも今はただ繋いでいる手だけが信じられる本物だった。


ゆきどけうさぎ



(烏天狗の双子の誕生日……2/26
誕生花:スノードロップ/希望,慰め,死の象徴、福寿草/永久の幸福,悲しき思い出)

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