04 トリップガール


「あ、やっぱあの時の女の子だ。」
「っ!!」
「俺はヒート。頭に船案内しろって言われたからなぁ。とりあえずよろしく。」
「名字、名前、です…。よ、よろしくお願いしま、す。」


口が裂けた大男、この人がヒートさん、というらしい。
もう見た目が恐怖なのだが、頑張るしかない、と自分に言い聞かせる。
礼儀正しくバッと頭を下げれば…何処かむず痒そうに笑った表情が目に入った。










04 トリップガール










「じゃあ、まず甲板から行こうかー。」
「は、はい…。」


そう言ったヒートさんの後をひたすら必死に追いかける。
…正直、お腹が痛むけど、そんなこと言ってられない。

廊下を少し歩いて、ヒートさんがキィと扉を開く。
その向こうには…真っ青な海と晴れ渡った空が広がっていた。

それも…
とっても厳つい男の人たちのオプション付きで。


「はい、ここが甲板。作業したり、宴会したりすんのもここだよ。」
「そ、そう、です、か。」


ヒートさんと私が甲板へ出た瞬間。
その甲板で掃除をしていたであろう男の人たちの視線が一斉にこちらへと向いたのだ。
ひっ、と喉まで出かかった悲鳴を無理やり呑み込む。

み、見られてる!今すっごく見られてるぅうう!!
怖い!こわいこわいこわいぃいい!!(泣)


「こういう大きいとこは良いけど、船内は意外と迷いやすいから頑張って覚えてくれよ〜。」
「……っは、い。」


今、私の顔は倒れそうなくらい真っ青だと断言できる。

私は男の人が苦手だ。
特に、「男の中の男」と言う人が特に苦手だ。
クラスの男子とも碌に話したことが無いし……。
父はどちらかというと大人しい人だったから。

私にとってこういう「男の人」は未知の存在と言っても過言ではない。

そんな男の人から注目を集めている…っ!!

いやぁあああ!!
泣きたい!消えたい!もう嫌だ!!

なんていう思考がぐるぐるとまわるけれど、実際消えることもできないし、嫌だと言ってストライキできる身分でもない。
必死で今、この時が終わるのを待つだけだ。


それから、何処へ行っても注目を浴びた。


そりゃそうだ。
航海中にいきなり現れた女。
その女が船内を歩き回っているんだから。
甲板、シャワールーム、洗濯室、食堂、等々いろんなところを案内していただいたんだけど…。
正直、半分も覚えている自信がない。

ギュッと握り締めた手が痛い。
カタカタと震えが止まってくれない。

「怖い」と、そればかりがぐるぐると頭を駆け巡る。

そんな時だった。


「―――…あー、名前、だっけ?」
「は、はい…!」


突然、ヒートさんからかけられた声に、ビクッと肩が跳ねる。
それを見て、ヒートさんはまた、苦笑した。


「そんなに固くならなくて良いって。見てるこっちがつかれる。」
「す、すすすみません…!」
「ほら、固い固い。…そんなに俺等のこと怖い?」
「こっ……。」


怖いです。…なんて言えるはずもない。
しかし、固まってしまった私は答えを言っているようなもので。
ヒートさんはまた苦笑する。


「そりゃ、俺等は海賊だし、怖がられるのは当たり前だけどなぁ…。」
「…あ、う…。」
「これから一緒に航海するんだし、もうちょっと慣れてくれた方がありがたいんだけど。」


無理そう?なんて小首をかしげるヒートさん。
そんなヒートさんに…ぶんぶんと首を振って見せた。

怖い。海賊は怖い。男の人も、ここの人たちもみんな怖い。
でも。


「わ、たし…っ!」
「ん?」
「…私、もともと…男の、人……苦手、なんです。」
「え、そうなの?」
「は、はい…。……お話しする機会、も、ほとんど、なくて……。」


免疫がなくて…、と声を小さくしてしまう。


「ご、ごめん、なさい…。で、でも!…でも、頑張って、慣れ、ますから…!」
「……。」
「それまで、は…み、皆さんには不愉快な思いを、させてしまうかも、しれませんが……。」


頑張ります、から。
そう伝えれば…ふわり、と頭に乗せられたのはヒートさんの手だった。


「そっかぁ…。無理はしなくていいよ。」
「…っで、でも…!」
「ちょっとずつでいいって。ちょっとずつ俺等に慣れていけばいいし。」
「……ヒートさん…。」
「そりゃ、俺も含め顔は怖いし乱暴者ってのも否定できねーし。男臭いどうしようもない奴らばっかりだけど…。」


根はまぁまぁ良い奴らだから。
と、ヒートさんは笑う。


「頭がこの船に残れって言ったんだって?」
「え、と…残れというか、残るか?と聞かれたというか…。」
「それでも頭がそう言ったんだろ?なら、名前はこの船にのる許可を得てる。」
「は、はぁ…。」


そういう、モノなのだろうか、と内心首を傾げれば、ヒートさんは更に笑う。


「仲間同士で本気の喧嘩もするし、殴り合いなんて日常茶飯事だけど…。」
「……(真っ青)」
「それでも、仲間には気の良い奴らだし、頭がわざわざ船に残した奴に、手はださないよ。」


なんだかとんでもないことを聞いてしまったような気もするが。
ヒートさんは言う。
仲間である限り、良い奴らばかりだよ、と。

その言葉に、少し震えが収まる。
しかし、それと同時に考えた。

―――…仲間じゃない人に対しては…どうなのだろう、と。

そして、私はそのギリギリのラインにいる。

仲間でもなければ、客分でもなく…。
味方でもなければ、敵でもない。

とっても中途半端な存在。
突然現れた厄介者…。
…そう、私はこの船にとって「厄介者」だ。
私の行動一つで、この船から叩き落とされることは一目瞭然で…。

ゾクリと悪寒が走る。
ギュッと握り締めた手が、また悲鳴を上げる。


「あぁ、だから、大丈夫だって!」
「え……。」
「頭は一度言ったことはちゃんと守る人だから!な!」


サヤを船に残すと言ったのなら、余程の事がない限り、降ろしたりしないよ。
だから、そんなに怖がらなくても大丈夫だから。

そう、ヒートさんは語る。

……信じて、良いのだろうか?
海賊の言い分を?
…いや、海賊だからって決めつけるのは良くない。

…なら、信じてみても…良いかもしれない。

少なくとも、この不器用ながらも優しく笑う、ヒートさんは。


「……わか、り、ました…。」
「え?」
「正直、まだ…怖い、です。…けど……。」


ヒートさんは、だんだん怖くなくなってきた気がします。

正直にそう告げれば…。
ヒートさんはキョトンと目を丸くさせた後…。
少し、照れくさそうに笑ってくれた。


「じゃあ、もう一回船内案内するから、今度はちゃんと覚えてくれよ?」
「は、はい…!」


どうやら、半分も覚えていないことはバレバレだったらしく。
再び歩き出したその背を、慌てて追いかけた。















(うーん、なんか不思議な奴だな。)
(俺等に対する敵意も嫌悪も何にも感じない。)
(そりゃ怖がられたり、怯えられてはいるけど…)
(それでも)
(俺たちを見下すような目は全然していなかった)

(なんか、それが少し)
(嬉しかった)





04 END


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