03 トリップガール



「ん…?」
「お?起きたか?」
「んんん?」


うっすらと目を開けば、眩しい光が飛び込んできて、思わずもう一度目を閉じてしまう。

あぁ…なんだか眠い。
もう少し寝ていたいけど…、そうだ、ご飯作らなきゃ…。
はやく作らないとあの子がうるさいから…。

と、体を起こそうとすれば、腹部に走る激痛。


「―――…っう!!」
「あぁ、ダメダメ!まだ完治してねーんだから。いきなり起きちゃダメだって。」
「え…?」


布団に蹲り、痛みに耐えていれば…突然聞こえた知らない声。
顔を上げれば、知らない厳ついお兄さんがこっちを心配そうに覗き込んでいた。

だれ ?


「吐き気は?腹部の痛み以外に痛いところは?あ、そういや頭も痛くないか?」
「だ…い、じょうぶ…です。」
「ならよかった。けど後で症状がでることもあるからなぁ…。何かあったらすぐに言ってくれよ?」
「は、い…。」


厳つい格好をしていながらも、白衣を着ていることからお医者様であろうことが伺える。
…いや、今はそれよりも…。

どうしてこんなにお腹が痛いんだろう。
一体ここはどこなんだろう?
どうして私はベッドに寝かされていたんだろう?

湧き上がる疑問に考えが纏まらない。

お医者様らしき人が「起きてよかったよ。」とか「―――を呼んでくるな。」とか言ってるけど…。
駄目。
あまり耳に入らない。
まだ寝ぼけているのかな?

ボーっとあたりを見廻す。
病院…かと思ったけれど、何やら雰囲気が可笑しい。
病室にしては妙に狭いし…機材がそこらじゅうに並べられている。

そもそも、どうして私はベッドの上にいるのか…。
それはお腹が痛かったからで…。
腹痛…というよりも、この鈍痛の原因は…?

ジワリ、と汗が噴き出る。

脳が答えを導き出す前に、体が思い出す。

そして…


「よぉ、目が覚めたらしいな。」
「ひっ…!!」


目の前に現れた赤い大男に、
全てを思い出した。










03 トリップガール










思い、出した…。
思い出した思い出した思い出した!!

ザッと血の気が引く。
この赤い大男に蹴り飛ばされたことを。
いや、「異世界」にきてしまったことを。

私が気を失うまでの出来事を全部思い出してしまって、思わずカタカタと体が震える。


「ちょっ、頭ぁ。もうちょっと穏やかに入ってきてくださいよ。」
「あ?俺がどう入ってこようがどうでも良いだろ。」
「いや、頭の顔怖ぇから、この子びびっちゃってるんすよ。」
「ぁあ゛!?」


機嫌が悪そうな声に、ビクリと肩を跳ねさせる。
出来る限りベッドの端までよって、体を小さくさせて、その男の人から距離を取った。

嫌だ。
誰だって、私だって、痛いのは嫌だから。

そんな私に気付いたのか、赤い男の人はチラリとこちらへ視線を向ける。
バチリ、と音がした気がした。

し、視線が逸らせない。

私の意思とは関係なく、目に涙が溜まっていく。
それでも視線を外すことは出来なくて、その赤い目をただただ見返した。
ほんの少し見開かれた後、スッと細められた目と同時に、その口の端がニヤッと吊り上る。

こ、怖いっ!!


「よーやく起きたようだな。侵入者の分際で良い身分だ。」
「ひ…っ!!」
「まぁ良い。それより俺の質問に答えろ。」


カツリ、と赤い男の人が一歩私に近づけば、また体がビクリと跳ねた。


「テメェ、何者だ?」
「なに、もの…って……?」
「能力者か?賞金稼ぎか?政府の狗か?それとも…同業者か?」
「ち、違い、ます…。賞金稼ぎ、なんて…政府の犬?…でもありませ、ん…。」
「……ふん。」
「あの…のうりょくしゃ、って何でしょう、か?」


いまいち、男の人の質問の意味が解らない。
賞金稼ぎとか政府の狗っていうのは…まぁ、ギリギリわかる。
言い方は違えど、世界にはそういう職種の方もいらっしゃるそうだし…
政府の狗っていうのは警察…ってことだと思う。

わからないのはその「能力者」だ。

私、超能力なんて使えませんけど。
…なんか、そういう意味ではなさそうな気がして…。
おずおずと尋ねれば、ポカンとした表情をされてしまった。


「……しらねぇのか、「能力者」を。」
「は、はい…。ちょ、超能力…では、無い、ですよね…?」
「……本当に知らないらしいぞ、キッド。」


仮面の人が諭すと同時に、深い溜息を吐いた赤い男の人。
ガリガリと頭をかいて、再び私を見据えた。
その眼光の鋭さに、またビクリと体が跳ねる。


「なら最後だ。テメェは同業者か?」
「どうぎょう…?」
「…海賊か?って聞いてんだよ。」
「かっ海賊!?」


な、何を言ってるんだろうこの人は…っ!!
かか海賊なんて!!
外国には多少なりともそう呼ばれる人たちが極少数いることは知っているけれど…。
私が海賊なわけがない…っていうか…!!

こ、この人海賊!?


「ち、ちちち違います!!海賊じゃありません!!そもそも、か、海賊なんて…っ!昔の話で…!!」
「あ?」
「い、今はもうお伽噺、じゃ、ないですか…!」


そう勇気を振り絞って言い切った瞬間。
その場にいた人全員から「何言ってんだコイツ」という視線を向けられた。


「お伽噺?お嬢ちゃん何言ってんだ?」


白衣を着た…お医者様、らしき人が呆れたように笑う。


「昔の話も何も……。今、この時こそ、「大海賊時代」じゃねぇか。」
「……っ!!」


息をのむ。
笑ったその人の言葉は、平常であれば「まさか」と笑い飛ばせるだろう。
しかし、家の門での異常の一件。
「過去」というよりかは「異世界」と言うほうがしっくりくるこの状況に…。
私はただ、ヒクリと喉を引きつらせることしかできない。

大海賊時代?
そんな危ない世界なのだろうか、ここは。

だとしたら…


「当然、俺等も海賊なわけだが…。やっぱ同業者なわけねぇか。」


この人たちは、やっぱり本物の「海賊」なのか。
更に、血の気の引く音がする。


「わ、たしは…一般人、です…。」
「だろうな。…名前は?」
「名字…名前、です。」
「船に乗った経験は?」
「あ、りません…。その、旅行とかでは、あります、けど…。」
「なら、テメェ何ができる?」
「え…え?」
「…何が得意だっつってんだよ!!」
「ひっ!!かっ家事とかお料理なら…っ!!」
「チッ。」


若干苛立ったような赤い男の人に、怯えてしまう。
そのとき、

ガシッ、と頭を強く掴まれた。
無理矢理顔をあげられる。

目の前に、赤い男の人の顔があった。

心臓が変に脈打つ、息が止まる。
恐怖で、鼓動が止まってしまいそうだ。


「テメェに選択肢をくれてやる。」
「…っ。」
「一つ。戻れるかどうかもわからねぇがあのドアが再び現れると信じてこの船に残る。」
「……。」
「その場合、この船の下っ端として雑用をやってもらうことになるがな。」
「…この、船に…。」
「もう一つ。……今すぐこの船から叩き落とされるか、だ。」


ゾワッ、と得体のしれない冷たい何かが、背中を駆けあがる。

ここは、船の中で、海の真ん中なのだろう。
そんな所に叩き落される?
死ね、と言ってるような物じゃないか。

つまりは、生きるか死ぬか、二つに一つ。
…いや、こんな選択肢じゃ選べもしない。

私には「生きる」選択肢しか、選べない。


「ふ、船に…。」
「あ?」
「船、に…残らせて、ください…。」


船に残っても、その船が海賊船なんじゃ、待っているのは地獄かもしれない。
それでも…。
きっと、元の世界に帰れるとしたら、私が出てきてしまったあのドアしかない、とも思う。
なら…。


「わ、私にできること、でしたら…何でもします…。」
「……。」
「お…お願い、します…!!」


溜まっていた涙があふれ、零れ落ちる。
でも、そんなことに構っていられない程に、必死だった。

死にたくない。
帰りたい。
家族に会いたい。
元の世界に帰るためなら、何だってしてやる。

それが今の私の生きる希望だ。


「……。」
「……っ。」


ニッと、あくどい笑みを浮かべる赤い男の人。
私の頭を掴んでいた手をスッと外し、バサリと踵を返す。

茫然と見上げる私の視界に見えるのは、その大きな背中と燃えるように赤い髪。


「怪しい動きを見せたら殺す。反抗したら殺す。よく覚えとけ。」
「は…は、い…っ。」
「…キラー。ヒートを呼んで、船内を案内させとけ。」
「……わかった。」


そう言って、赤い男の人は足音を響かせながら部屋を出て行った。
フッと肩の力が抜ける。
…私は、結局…この船に、残って良いのだろうか…?


「おい。」
「ひっ…は、はい!」
「体は?もう大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫、です!これくら……っ!!」
「あー、ほら、急に動いちゃダメだって言ったろ。」


仮面の人に話しかけられて答えれば、腹部に走る激痛。
あまりの痛さに再び蹲ってしまったのだが…
そんな私を見て、お医者様は慌てて、仮面の人は呆れたようにため息を吐いた。


「まだ治らないのか?」
「か弱い女の子っすからねー。歩けはすると思いますけど、仕事させるならまだ先っすね。」
「…わかった。今日は船内を案内するだけにしよう。…あとからヒートと言う男が来る。ソイツに案内してもらえ。」
「は…はい…。」


仮面の人も、同じように踵を返して部屋を出て行こうとしたんだけど…。
フッと、何かを思い出したように足を止めた。


「嗚呼、そういえば言い忘れていたな。」
「え…?」
「俺はキラーだ。で、さっきの赤い髪の男はキッド。…この船のキャプテンだ。」


じゃあな、とそれだけ言い残して部屋を出た…キラーさん。
…やはり、あの赤い髪の人が船長さんだったんだ…。

ただただ…その“ヒート”さんが来るまで、私は茫然とシーツを握り締めていた。















(これから、どうなるんだろう。)
(私は、帰れるのかな?)
(わからない)
(わからない、けど。)
(死にたくない)
(殺されたくない。)
(また、家族に会いたい。)
(それだけを胸に)
(今日から、がむしゃらに生きよう)

(ひたすらに、そう思った)





03 END


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