02 トリップガール


厄介なことになった。

赤髪の大男、キッドは素直にそう思い、深い溜息を吐いた。










02 トリップガール










キッドの船の中で、一番清潔な場所…と言われれば皆がそろって言うのは船医室だろう。
その、清潔に管理された部屋の中で、一人の女がぐったりと横たわっていた。


事の次第はこうだ。


次の島を目指している途中、前方から喧嘩を吹っかけてきた同業者。
遠慮はいらねぇとばかりにやりあって、モノの数分で勝利。
多少、不完全燃焼気味ではあるが勝利は勝利。
敵船から奪った食料や金品片手に宴を始めていた最中だった。


突然「…え?」と聞こえた女の声。


この船に女は存在しない。
何故なら俺が船に乗せねぇから。
女なんて性欲処理にはなっても、何の役にもたたねぇし、やかましいだけだ。
だからこそ、この船から女の声がする筈なんてない。
その矛盾にバッと、声の聞こえた方へと振り向けば…。


そこに、呆然と立ち尽くす女が居た。


黒髪の、小柄な女。
その女の後ろには見たことも無ぇ知らないドア。
その向こうの「世界」には立ち尽くす女によく似た餓鬼と…見慣れない街並みが広がっていた。
ハッと我に返った女が慌てて向こう側へ行こうとするが…。

何かに阻まれて、戻れなくなったらしい。

警戒心を最大限まで引き上げる。
いくらここがグランドラインで、何が起こっても不思議ではないと言っても…。
流石に、コレは異常すぎる。

餓鬼と話をし始めた女へと近づく。
そして怯えた女に向って問いかけた。


「テメェは何者だ」と。


なかなか答えない女にイラついて蹴り飛ばしちまったが…。
すると今度は向こう側の餓鬼がキャンキキャン喚き始めて煩い事この上ない。

苛立ちを隠さずそちらへと視線を向ければ…。
更に、ありえない光景が目に入ってきた。

そのドアの……向こう側の景色。
まず、俺たちが見たことのない景色だった。

同じような建物(おそらく家だろう)が、隙間なく建っていて。
灰色の舗装された道路を鉄の箱がありえねぇスピードでビュンビュン通ってやがる。
空にはデケェ音を立てながら飛んでる…鳥じゃねぇ、鉄の塊らしきもの。

ありえねぇ

思わず、キラーと一緒に目を疑ってしまった。
その間もギャーギャーと騒ぐ餓鬼に、ついにキレてしまう。


「……るせぇっていってんだろうが!!!」


と蹴りつけようとすれば…。

俺の蹴りは、餓鬼に届く前に何かに遮られてしまった。
チッ、と思わず舌を打ちそうになった時。

キィ、と小さく音を立てたドア。
視線を少しずらせば……ドアが閉まり始めていた。

餓鬼が慌てて抑えたが……そんな餓鬼を嘲笑うかのように、ドアは閉まり続けた。
そして…


「おねえちゃあん…っ!!」


悲痛な餓鬼の声。
そんな餓鬼の声を聴いて…女は笑った。

困ったように苦笑して。
それでも、妹…であろう餓鬼に向って笑いかけて…。


ドアが閉まり、消えると同時に、気絶した。


「…な、何だったんすかね、今の。」
「……俺が知るかよ。」





そして、それから数時間後。

船医に指示され、蹴り飛ばしてしまったその気絶した女を抱き起す。
(船医はこの船で一番のフェミニストだ。)
船医室に運び、治療を施した後も…女は眠り続けていた。

そんなに強く蹴り飛ばしたつもりはなかったんだがな…。
まぁ、女の華奢な体から考えれば、俺の軽い蹴りが女にとっては物凄い衝撃だったというわけだ。
…なんつー弱ぇ身体だよ。

しかも、しばらくは蹴った痕が残るだろう、と船医に睨まれた。
……俺の知ったこっちゃねぇ。

はぁ、と深くため息を吐く。
せっかく良い気分で宴会してたってのに…。
船員共は女の話でもちきりだし、今さら酒を飲む気分でもない。
チッ、と小さく舌を打って部屋へ帰ろうとしたときだった。


「キッド。」
「あん?」


俺を呼びとめたのは、副船長でもあるキラーで。
何だかんだで昔からつるんでる腐れ縁。

唯一、俺が背中を預けることができる仲間だ。


「なんだ?」
「女の持ち物を調べてみた。…こっちだ。」
「…。」


女の持ち物。
そういえば、あの女は白い袋一杯に入った「何か」を持っていた。
(しかも3袋も)
ありゃ一体何だったんだ?

食堂で調べていたんだろう。
キラーに案内され、食堂へとたどり着けば…。

テーブルの上いっぱいに広げられた食材の数々。


「……なんだこれは。」
「女の持ち物だ。」
「はぁ?」


テーブルいっぱいに広げられた食材…これがあの袋の中身?
と、俺の怪訝そうな表情を見てキラーが話し始めた。


「この荷物と女が現れたときの状況と言動から察するに…。女は向こう側にいたあの子供と一緒に買い物にでもでかけていたんだろう。」
「ほう?」
「『なんでうちのドアが…』などと言っていたからな。この食材を買って帰宅するはずだった。」
「…で?」
「なぜか、俺たちの船とコイツの家の空間が繋がっていて、その境界を通ってしまった…としか考えられない。」
「……。」


深く、深く眉間に皺が寄るのを自覚する。

まったくもって意味がわからねぇからだ。

仮に、キラーの話が真実だとして、だ。
どうしてあの得体のしれない女の家と俺の船が繋がった?
何が起こっても不思議じゃない海の上だったから?

ざけんなグランドライン。
なんでもありか畜生。


「更に、だ。」
「…これ以上頭が痛くなること言うなよ、キラー。」
「文句を言うな。状況をすべて把握しておくのも頭の務めだ。」
「チッ…。」


そういうキラーも若干テンションが低い。
俺よりか頭のまわる奴だからな。
この状況に、俺以上に頭を悩ませてるに違いない。


「これを見ろ。」
「…これは…女のカバン?」
「あぁ。…問題はこの中身だ。」
「……なんだ、これ。」


カバンの中にあったのは、ハンカチ、ティッシュ、財布に…長方形の平たい金属(?)のような物。
ハンカチとティッシュは、まぁ理解できる。
長方形の平たい金属みてぇなのは…機械か?よくわからねぇ。
で、問題は…財布。

その財布の中に入っていたのは数枚の紙と硬貨そして…写真。

あの女の家族であろう人間が映っている写真。
その背後に映っている街並みも見慣れないもので、やはり驚いたが…。
最大の問題は…金。


「なんだ、この紙…。」
「ベリー…ではないな。」


その紙幣であろう紙も、硬貨であろう金属も「この世界」では到底金として使えないものだった。
しかし…。
紙幣も、硬貨も「この世界」では無理であろうさまざまな細工がされていた。
一枚の紙にこれだけの細工を施したものを紙幣として使用する?
この世にどれだけの紙幣が出回ってると思ってんだ。
その紙幣全てにこんな細工を施せると?

「世界」単位で技術が違う。

もし、本当にこの紙が紙幣として出回っている世界があるのだとしたら…。
俺たちでは考え付かない程、技術が発達した世界なのだろう。

そして…

あの女は、そんな「世界」からの来訪者、というわけだ。


「……。」


クッ、と口の端が吊りあがる。


「…話を聞いて見なければならないが…。間違いなく、違う世界からきた人間なのだろう。」
「……ククッ…。」
「キッド。あの女、どうするつもりだ?」


キラーの問いかけに、更に笑いを止められなくなる。

あの女に対しての疑いが完全に晴れたわけじゃねぇ。
もしかすると、能力者かもしれない。
もしかすると、政府から送り込まれた暗殺者なのかもしれない。
しかし、そんな疑いすらも馬鹿らしくなるほどの…


あの女の空気。


俺たちとは纏う空気が違う。
そして、女の持ち物が語る「事実」。

「俺たちの世界」とは違う「世界」にいた人間という事実。

恐らく、「この世でたった一つのイレギュラー」な存在。


…そんな「レア物」…海賊として放っておくわけにはいかねぇよなぁ…?


「キラー。俺たちは何だ?」
「…。」
「欲しい物は奪う。宝は手に入れる。…そんな海賊があんな「貴重なモノ」目の前にしてみすみす手放すわけにはいかねぇよな?」
「…面倒事は御免なんだが…。」
「今さら、だろ?」


喉の奥で低く笑えば、キラーからは呆れたような溜息。
だが、俺は知ってる。

その仮面の下の顔が俺と同じように笑っているであろうことくらいは。


「ありえねぇとは思うが…。賞金稼ぎだったり、政府の狗だったりした場合はそんときだ。」
「…。」
「いつも通り、ブチ殺してやればいい。」
「……お前の気まぐれにも困ったものだ。」
「ハッ!それこそ今さらだな!!」


あの女はこの船に置く。
反抗したり飽きたりすれば、殺して捨てるか、どこかの島に置き去りにすりゃ良いだけの話だ。
再び、クッと口の端が吊り上る。

あぁ、面白ぇ事になってきた。


「で?まだあの女は寝てんのか?」
「いや、船医の話によればつい先ほど目を覚ましたらしい。」
「丁度良いじゃねぇか。行くぞ。」


ザッと服を翻し、食堂を後にする。






突然現れた女はまるで、新しい“玩具”のような感覚だった。
新たに手に入れた“お宝”。
プレゼントされた“玩具”。
必要になれば磨き、愛でて、売り払うだけの“財宝”。

そんな感覚。


「よぉ、目が覚めたらしいな。」
「ひっ…!!」


…そんな、感覚のはずだった。


「ちょっ、頭ぁ。もうちょっと穏やかに入ってきてくださいよ。」
「あ?俺がどう入ってこようがどうでも良いだろ。」
「いや、頭の顔怖ぇから、この子びびっちゃってるんすよ。」
「ぁあ゛!?」


視界の端に見えたのは、小さく縮こまった女。
振り向けば、当然のようにバチリと視線がかち合う。

黒い髪、少しこげ茶がかった黒い瞳。
ザッと血の気を引かせたその顔色は決して良いとは言えず…。
俺より随分と小さい体は、カタカタと小さく震えていた。

当然だ。
初対面で俺に痛い目に(っつっても俺にそんな感覚はなかったが)合わされたんだ。
俺が怖いのだろう。
それでも……
涙の幕を張った目はそれでも。


俺から視線を逸らさなかった。


ムクムクと膨れ上がっていた“興味”や、どうしてやろうかという若干の“加虐心”が成りを潜め。
湧き上がってきたのは別の“何か”。


俺は、それが“庇護欲”だとは決して認めない。















(改めてその女を見てみれば)
(それはそれは小さくか弱く)
(今まで見てきた女の中で)

(一番弱い生き物だった)



02 END


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