01 トリップガール



それは、ごく普通の女性のお話……だった。


「えっと、買い忘れは無いし……。」
「お姉ちゃーん、重いよー!」
「あはは、ごめんね。もうちょっとだから頑張って。」
「うー……甘いの食べたい。」
「ふふ。材料は買ってあるから、後でケーキでも作ろっか。」
「やった!」


くすくすと笑う女性に、その妹であろう少女。
妹の様子に優しげに笑う大人しそうなその女性は、ごく普通の家に生まれ、ごく普通に育った平々凡々な女性だった。

穏やかで心優しい父。
厳しくも温かな母。
明るく活発な妹。
そんな家族に囲まれた女性は、父譲りの穏やかで大人しい性格で。
少し内向的なところがマイナス面ではあるが、どこにでもいそうな普通の女性。
この度、無事大学を卒業し、就職も決まったところで一人暮らしを始めることになった。

引っ越し作業も終わり、今日は妹とともに小さなパーティの予定だ。

がさり、と両手には大量の食材と必需品が入ったカバン。
(妹が持ってくれた土鍋などの調理器具に比べれば軽いかもしれないが)

さぁ、ここで新しい自分の暮らしが始まるんだ。……と。

新居であるマンションの扉を開いた……


―――……ハズ、だった。










01 トリップガール










私、名字名前は「よいしょ」なんて掛け声を掛けつつ、玄関を開き、その敷居を跨いで中に入った……そのときだった。
フと感じた違和感(どころじゃない)に目を見開く

……私が借りたマンションは二階の角の部屋だ。
ドアを開ければ、玄関がひろがり、そのさきに短い廊下。
その先にあるドアをあければキッチンやビリングがある。
…これはほとんどのマンションにおいて相違ないつくりだと思う。

しかし、これはどうしたことか。
玄関のドアを開き、中へ入れば……。


私の眼に広がったのは、今、まさに、「宴会」でもしているかのような船(であろう)の甲板だった。


「―――……え?」


頭が真っ白になってしまったのは仕方ないことだと思いたい。
誰だって自宅の玄関を開けると船の甲板が広がっているとは思うまい。
思わずこぼれてしまった「え?」と言う声に、「宴会」をしていた男たちが一斉に振り向いた。

ひっ、と小さく悲鳴を漏らす。

「宴会」をしていた男達……。
その人たちが「普通」であれば、私だってここまで混乱しなかったと思う。
(いや、門を跨いだ先が船の甲板に変わっていたというだけでも充分パニック要素ではあるが)
問題はその男たちの容姿。

ぶっちゃけあり得なかった。

口の裂けた男や網タイツを履いた大男。
フルフェイスの仮面をつけた男も大概デカい。
他にも厳つく体のデカい男たちが大勢いる。
そして皆が皆、服装がまるで漫画の世界のような恰好をしているのだ。
混乱する頭の片隅で「…コスプレ?」と妙に冷静な部分があったのは否定できない。


そのなかでも一番奥に鎮座する人。


真っ赤な髪は天を指し、その体格は2m近くはあるだろう。
ギラリとこちらを見据えた眼光は鋭いどころの話ではなく、顔つきに至っては極悪人のソレだ。

クラリ、と一瞬目の前が揺れる。
駄目だ。
と、頭の中が危険信号を鳴らし始めた。

駄目だダメだだめだ。
ここに居てはダメだ。
逃げろ、と。


自分の後ろには、まるで「どこでもドア」のように、ぽつんと佇む開かれたままの玄関のドア。


まるでそのドアの向こうだけ切り取られたかのように景色が違う。
その向こう側には唖然とする妹の姿と、見慣れた街並みが見えた。
……まだそちらに逃げられる。

逃げなきゃ、ココから逃げなきゃ。

次第にそれだけがぐるぐると頭を回り始め…。
硬直する体を叱咤し、一歩後ろへと下がった時だった。

コツン


「!!」


何かに、踏み出した足がはばまれた。

一歩後ろへと足を踏み出せば、ドアの向こう……つまりは妹のいる「私の世界」に逃げられるはず。
なのに…


「……何、これ…。」


そのドアの仕切りを境に…。


まるで、ガラスのような何かがコチラとアチラを遮っていた。


思わず、ヘタリとその場に座り込んでしまう。


「…ガラ、ス…?」
「…なんなのこれ、意味わかんない……なんでドアの向こうがこんな撮影現場みたいな空間……。」
「……っ。」
「お、お姉ちゃん!!早くこっちおいでよ!!なんかヤバイってこれ!!」
「む…無理……っ。」
「え…。」
「こ、腰ぬけちゃった…それ、に…。」


もう一度、元の場所へ出ようとドアの向こう側へ手を伸ばすが…。
やはり、見えない何かに遮られて…


「出られない…っ!!」
「嘘……、何、なによこれ…っ!!」


妹も私へと手を伸ばすが…こちら側と同じように、何かに遮られるようにペタリと手をついた。
ザッと、二人の血の気が引く。


「うそ…嘘嘘嘘!!お姉ちゃん!!名前お姉ちゃん!!」
「……っ!!」


妹が、ガンッと見えない何かに拳を叩きつける。
しかし、それはビクともせず…。
通れるような気配はない。


「なんかヤバいって!!お姉ちゃん!早くこっちに来てよ!!」
「ダメ…通れない…っなんで…っ!?」
「うそでしょ……。……っ!!」


ハッと、妹が私の背後に気付いて息をのむ。
そんな妹の表情に、ゾワリと嫌な予感がよぎった。
恐る恐る振り向けば……。


「…テメェ…何者だ…?」


あの、赤い大男が眼前にまで迫っていた。


「ひっ…!!」


近くに来られて、改めてその男が大きいのだと実感する。
男の体から溢れる威圧感。
腰を抜かした自分を見下す鋭い視線。
そして何よりも…

この場の異常さ。

ドアを潜れば船の甲板
そこにいた男たちの容姿

異常、異常

何もかもが異常。
その異常さが…私からどんどん冷静さを奪っていく。


「オイ。」
「……っ!」
「俺は何者かって聞いてんだ。答えろ。」
「………っ。」


赤い大男を見上げ、ただただ唖然とする。
そんな私の様子にしびれを切らしたのか…。


「……答えろ!」
「…ッガ…っ!?」


ドッと、鈍い音と共に体が吹っ飛んだ。
考える暇なんてなかった。
気が付けば床にたたきつけられていて…。
次いで、腹部に激しい痛みが襲う。

蹴ら、れた…?


「〜〜〜っ!!」


あまりの痛さに、声が出ない。

痛い
痛い痛い痛い…っ怖い!!


「か、は…っ!!」


痛くて、気持ち悪くて、クラリと脳内が揺れて…吐きそうになる。


「ヤダ…ヤダ、ヤダ!!お姉ちゃん!?大丈夫!?お姉ちゃん!名前お姉ちゃん!!」


妹の声が、フィルターがかかったように遠い。
そんな妹の声が煩わしいのか、赤い大男が顔を顰めて妹を見た。

だめ…駄目だ!!


「ダメ…です…!!」
「あ?」
「その子…に……妹、に、手を出さないで…くださ…。」
「……。」


懇願、する。
大事な…大事で大切なたった一人の妹だ。
手はださないで、その子に何もしないで。

ガタガタと体が震える。
それでも、その赤い大男を見上げれば…。
その鋭い目がキュウと細まった。
何かを探るように、何かを品定めするかのように。


「…っざけんな…!!」
「…?」
「アンタ!!お姉ちゃんになんてことしてくれてんの!?」


ダン!!と妹が激しく透明な境界線を殴る。
それに気付いた赤い大男が再び妹を見据えた。


「お姉ちゃんにそれ以上手ぇだしてみなさいよ!!アンタ絶対許さないから!!」
「……うるせぇ餓鬼だな。」
「お姉ちゃんを返せ!!返しなさいよ!!」


赤い大男は妹を一蹴したあと、妹の背後へと視線を向けた。
ドアの向こうに広がるのは、私が見慣れた街並み。
何処にでもある平凡な住宅街だ。


「キラー、これはどう思う?」
「…高速で走る鉄の箱に、空を飛んでいるのは…鳥じゃないな、あれも鉄の箱か?こんな街並みも見たことがない。」
「だな。そもそもコッチとは全然空気が違ぇ。…なんなんだこれは…。」
「……いうなれば異世界のようだな。」
「ハッ!!お前がそんな夢物語みてぇなことを言うとはな!…って笑いたいところではあるが…。」
「“グランドラインでは何が起こっても不思議じゃない。”……か。」
「…にしても限度があるだろうよ。」
「……違いない。」


何時の間に来たのか、フルフェイスの仮面をかぶった男が、赤い大男の隣に並ぶ。
(身長がほとんど変わらない…この仮面の男も相当高身長だ)


「ちょっと聞いてんの!?」
「ぁあ?」
「お姉ちゃんに手ぇだしたらホンット許さないから!!絶対だから!!」
「……るせぇっていってんだろうが!!!」


ガン!!
と、今度は妹に蹴りつけた赤い大男。
しかし…やはり、ドアを境に何か見えない物で遮られているらしく。
男の蹴りも妹までは届かなかった。

妹が怪我をしなかった。
そのことに胸をなでおろしつつも…。

私は、次の瞬間、絶望を見ることになる。

ドアが…。
妹がいる「私の世界」とこの「異常な世界」を繋いでいたドアが……ゆっくりと閉まり始めたのだ。
慌てて妹がそのドアを抑えようとするが…。

まるで、そんなもの障害にもならない、とでも言いたげに…
閉まっていくスピードは変わらない。


「やだ…やだよ…っお姉ちゃん…っ!!」
「……っぁ。」


先ほど、腹部を蹴られたせいだろうか?
息が詰まって、もう、声が出ない。

痛い、苦しい、怖い…でも…。


「おねえちゃあん…っ!!」


泣きそうな妹の顔を見て苦笑する。
泣かせるのは嫌だ、本意じゃない。
でも…

妹が、無事なら、それで…いいや…。

突然閉まり始めたドアに、男たちも目を見開く。
泣きじゃくる妹、次第に狭まっていく見慣れた景色。

パタン

と、ドアが閉まると同時に、そのドアすらもスゥと薄れ消えてしまう。
ソレを最後に、私の意識もブラックアウトした。















(……ひっく、お姉ちゃん……!)
(………ん?お姉ちゃん?)
(……あれ?)

(私にお姉ちゃんなんて居たっけ……?)

記憶はきえる


01 end


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