11 トリップガール


「ん……っと、できた!」


ぷつり、と糸を切って終了。

やっぱり素人がやったからか、少しばかり粗が目立つ。
けれど、しっかりと縫い合わせたから当分の間、そこから千切れたりすることはないだろう。
糸だって、皮と同色のものを使ったし……。


「……早く島に着いて、ちゃんと直るといいね。」


フッと笑った私の手元には、応急処置されたキッドさんのゴーグルがあった。









11 トリップガール










ゴーグルを預かった日から数日。
キッドさんは頭に何もつけてない状態で過ごしていた。

何でも、あのゴーグル以外のものをつけると違和感があるらしい。

私も私で、応急処置をすると言ったものの、皮を縫い合わせるなんて初めてで……。
正直、めちゃくちゃ大変だった。
皮は固くて針がなかなか通らないから、一針縫うだけでも随分と時間がかかってしまったのだ。

その間、何度もお頭さんに「まだか!」と怒鳴られたことか。
(泣きそうなくらい怖かった。うん。)

そうしてやっと出来上がったお頭さんのゴーグル。


「良かった、とりあえずできて……。」


お頭さん、少しは落ち着いてくれるかな?
……少しは、恩返しになったかな?

ゴーグルが無くて少しソワソワしていたお頭さんを思い出して、ほんの少し笑ってしまう。

あぁ、そうだ。
早く持って行こう。

そう思って、立ち上がろうとした……その時だった。



ドォォオオン!!



「きゃあ!!」


突然、激しい轟音と共に大きく揺れた船内。
船は傾き、棚に入れていた食器などが落ちて割れ、破片が飛び散った。

って、なになになになに!?
さ、さっきの音とこの揺れは何ですか!?

そろり、と食堂から顔を出せば、キラーさんがこちらへと歩いてきていて。


「きっキラーさん…。ああああの、こ、これは一体。」
「あぁ、敵襲を受けた。」
「てっ…!?」


敵襲って!
敵襲って!!

何故にそんなにのんびりしておられるのですかキラーさん!?


「相手も海賊らしい。うちがキッド海賊団と知っているのかどうかは知らんが。愚行としか言えんな。」
「かっかかか海賊……。」
「今から応戦する。船内には入れないつもりだが。念のために何処かに隠れておけ。」
「はははははい!!じゃ、じゃあここに隠れてます!!」


ぎこちなく食堂の隅に駆けて行った私を見て、フッとキラーさんが笑った気がした。

軽く手を挙げて、甲板へと向かうキラーさんを見て……。
ぎゅうと、手の中にあるお頭さんのゴーグルを握り締めた。

……お頭さんも、戦うんだろうか?
そ、そりゃそうだよね。
喧嘩とか好きそうだし……。

っていうか今さらだけど……。


「こ、この船って……海賊船、なんだよね……。」


ドォン
と、再び大きな音が聞こえて、ヒッと体をすくめる。
次いで聞こえてくるのは“うぉおおおおお!!”という雄叫びに金属音。

ああああああ始まったんだ!!

ひっ!何、今の轟音……っ。
や……っ!悲鳴!
いいい今、男の人の断末魔のような声が……っ!!

じわり、と浮かんだ涙を拭って、ゴーグルを強く抱きしめた。


「うぅ……ヒートさん…キラーさん……ワイヤーさん……。」


け、怪我なんてしてないだろうか?
ワイヤーさんだってあんな軽装なのに……。
はっ!
お頭さんに至っては上半身裸じゃない!!
ああああんな状態で怪我でもしちゃったら……っ!

純粋に戦場で行われている戦闘が怖いと言う気持ちと
皆が怪我をしたらという怖さが交差する。

ぎゅうとゴーグルを抱きしめ、ただ祈る。


「お頭さん……。」


どうか。
どうか皆が怪我をしませんように。





少しずつ、船上の喧騒が小さくなっていく。

…戦いはどうなったんだろう。
お頭さんは…皆は無事なんだろうか?

その時、コツコツと二人分の足音が聞こえてきた。

バッと顔を上げる。
誰か来る……。
お頭さん?
それともキラーさ……

パッと食堂の出入り口へと顔を向けて……私は、固まった。


「あ?女がいるぞ?」
「本当だ。ははっ!それにしてもちんちくりんな女だなぁ。あのキッドの趣味かぁ?」


お頭さんじゃ……ない。
それどころか、この海賊船の船員の誰でもない。

と、いうことは……


敵。


ザッと血の気が引く。
即座に立ち上がり、一歩足を奥へ向けた時だった。


「おーっと。動くんじゃねえぞ?」
「ん?この女何か持ってるな。」
「!」


敵の一人にゴーグルを見られた。
慌てて、抱きしめるようにしてそれを隠すけど……時すでに遅し。

にぃ、と笑みを浮かべたその顔に、悪寒しかしなかった。


「見た事あるぜ、そのゴーグル。“キャプテン”・キッドのゴーグルだなぁ。」
「へぇ、なんでこんな女が持ってんだ?」
「まさか本当にこんな女がキッドの趣味だってのか?」


ぎゃはははは。
と笑い声をあげる男たちにビクリと肩を揺らした。

怖い
怖くて、体が……動かない。


「なぁ、どうだ?キッドは上手いか?」
「いやいや、あのキッドがこんな女に入れ込むとは考えにくい。……余程の名器なんじゃねぇの?」
「ははは!そりゃ良い!俺たちもおこぼれにあずかりたいねぇ!」
「そうだ、そのゴーグル寄越せよ。」
「そのゴーグルだってそれだけ大事そうに持ってんだ。値打ちもんなんだろ?」


近づいてくる敵に、少しずつ後ろへ下がる。
じわり、と涙が浮かんだ。

駄目。
駄目だ。

これは……このゴーグルは、お頭さんの「宝物」なんだから。



絶対に、渡さない。



更に、ぎゅうと強く抱きしめた私に気付いたんだろう。
ほんの少し、敵の顔が苛立ったようにピクリと動いた。


「なぁ嬢ちゃん、怪我したくねぇだろ?」
「……っ。」
「大人しくソレ渡せよ。そしたら優しくしてやるって。」
「や……嫌、です……。」
「は?」


男たちの声色が変わる。
低いその声にゾッとしたけど……。
私は、どうしても……渡す気になれなかった。


「こ、れは…お頭さんの大事な物なんです……!」
「あ?」
「だ、だから……っ渡せません!!」
「コイツ……っ。」


カチャリと、剣が音を立てる。
苛立ったような一人の男に……もう一人の男がニヤリと笑った。

その顔に、背が粟立つ。


「なぁ、もう良いじゃねぇか。」
「あ?」
「斬って、ヤっちまえばいいだろ?」
「……嗚呼、そうだなぁ。」
「!」


そう言い切った海賊の言葉に愕然とする。

足が震える。
身体が、動かない。

―――…怖い。


「へへっ。そう怯えなくて良いって。」
「そうそう、ちょーっと手足ぶった斬って気持ち良いことするだけだからよぉ!」


ゲラゲラ
男たちが笑う。

振り上げられた剣に


絶望しかなかった。


嗚呼、私……死ぬ、のかな。
ヤだな。
まだ、生きたいのに。

元の世界に戻れてないのに。
家族にも会えてないのに。


お頭さんに……ゴーグル、返せてない、のに。


息が詰まる。
その時。


視界の端で、赤が見えた。















(その赤に)
(私は)
(心のどこかで)
(酷く安堵したんだ)


11 END


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