12 トリップガール


うちにケンカ売ってきた海賊は雑魚ばかりで。
大した喧嘩もできないまま相手を全員やってしまった。
多少不満げな船員たちを見つつ、敵船のお宝を奪う手筈をワイヤーに任せる。


あぁ、不完全燃焼もいいところだ。


そこでフと、あの女が気になった。

あの女がこの船に乗ってから初めての敵襲。
どんな面してんのか気になって、キラーから居場所を聞いて共にそこを目指す。

にしても、食堂に隠れるなんざあの女らしいといか何というか。

食堂に近づいたところで違和感。
女の気配以外に知らない人間の気配がする。

キラーもそれに気付いたんだろう。
足を速め、食堂へと踏み入れば。


真っ青になった女と、それを見て下卑た笑いを浮かべる男共。


女に突き付けられた刃を見て。
頭が白くなった。
次いで、真っ赤な何かが思考を染めた。










12 トリップガール










「何してる。」


コツリ、と足音を響かせて食堂へと足を踏み入れる。

思いの他、低く地を這う様な声が出た。
……フと気付けば…ギチリと握り込んだ拳と不自然に吊り上った口元を自覚する。
(キラーの少し驚いたような気配がしたが…今は気にする余裕もなかった)

俺の声に驚いたようにバッと振り向いたのは敵船の野郎共で。
女は俺を見た瞬間、少しだけ目を見開いただけだった。


「き、キッド!?」
「そんな……船長が殺したはずじゃ……。」
「ハッ!!あんな弱ぇクズ野郎に誰が負けるかよ。」


コツリ、と再び足を前に踏み出す。
瞬間、ビクリと野郎どもの肩が跳ねた。
それを見てクッと口の端が吊り上る。

嗚呼、なんだ……。
こいつ等もあのクズどもと同じで手ごたえがなさそうだな。

そんなことを思って、もう一歩足を踏み出した。


「ち、近寄るな!!」
「この女がどうなっても良いのか!?」
「ひ、ぅ……!」


一人の男が女の首を掴み、刃を突きつける。
酷く怯えた表情をした女を見て……

ざわり

と、腹の底から何かが湧き上がってきそうだった。
それはドス黒く、醜い……何か。

自分の眼がギラついていく。
バキリと指が鳴る。
目の前が、思考が、赤く染まっていく。


嗚呼、ソレに触るな……と。


「く……くくっ……。」
「う、動くな!!」
「馬鹿じゃねぇのかテメェら……俺の“能力”を知らねぇわけじゃねぇよなぁ?」


口を歪め、嘲笑う。
野郎どもが顔を青ざめさせたのと、その手にあった武器が俺に吸い寄せられるのは同時だった。


「の、能力!!」
「っ女!女を殺……!」
「遅ぇよ!!」


一気に間合いを詰めて、女を捉えていた男の顔面を力の限り殴りつける。
一瞬にして気を失った男を後目に、もう一人の男を払うように殴りつければ……。
男の腕が、バキリと嫌な音を立てた。
(脆くて話にならねぇな)

途端、上がる悲鳴が煩わしく。
止めを刺そうとした時に……


「……。」
「……。」


女の茫然とした顔が見えた。
その間抜けな面に、やる気がそがれる。

まぁ、せっかく綺麗な状態を保っているこの食堂を、ただでさえ落ちにくい血で汚すのも何だ。


「……まぁ、この船内に潜り込んだことは褒めてやるよ。」
「あ、ああぁぁあああ……!!」
「だがな。」


腕が折れた事が余程ショックだったのか。
未だに呻いている方の男の頭をガシリと掴み、その耳元に口を寄せる。
(酷く怯えた表情と、ガチガチと噛み合わない歯の音に嘲笑した)


「手ぇ出したモンが悪かったなぁ。」
「ひ、ぎ……!」
「……終わりだ。」


お前が居た海賊団も
お前の仲間も
お前の人生そのものも


全部、終わりだ。


ぼそり、と囁くように声を出す。
決して、女には聞こえない様に。
すると、今度こそ野郎共から顔色が消えうせ……。

その顔が絶望に染まったのを見て、少しばかり気が晴れた。

野郎どもの首根っこを掴み、キラーへと引き渡す。


「どうするんだ?」
「好きにしろ。」
「了解した。では……捨ててこよう。」


ズルズルと大の男二人を軽々と引き摺って部屋を出るキラーを横目に見送る。
(“殺して”捨てると口に出さなかったのは……こいつがいるからだろう。)

茫然と立ち尽くす女へと視線を向ければ。
心ここにあらずと言わんばかりに放心していて。

間抜けなその面に、ふつふつと怒りがわいたのは今更だった。


「おい。」
「……。」
「おいコラ!!」
「っ!!…は、はい!」


俺の声にハッと我に返ったのか。
やっと俺に焦点を合わせた女にイラッと苛立ちが募る。

コイツ……さっきの状況わかってんのか?


「テメェ……なに敵の前でボサッと突っ立ってんだ!」
「あ……ご、ごめんなさ……。」
「謝れとは言ってねぇ!」
「ひっ!!」


ビクリと大きく跳ねた肩に更に苛立った。

……何故か自分が興奮状態にあるのを自覚しつつ、抑えられねぇ。


「何でさっさと逃げなかった!!」
「あ……ぅ……。」
「答えやがれ!!」
「……っ!!」

俺が声を上げる度に縮こまる女。
最近はほとんど見なかった“本気の怯え”に舌を打つ。

……落ち着け。

と、自分に言い聞かせた。
カタカタと震えるコイツは本気で怯えてる。
(初めて出会った時の様に。)

このままだと答えるにも喋れやしねぇな、と大きく息を吐いたときだった。


「と、られたく……なかったん、です……。」
「あ?」


驚いたことに、怯え竦んでいた女が口を開いた。
震えながらも、俺を見上げて声を絞り出すかのように。


「あの、人たちが……これを、寄越せって……。」


女が、抱きしめるようにして持っていたソレは。
俺が何よりも見慣れたもので。


「……俺のゴーグル?」
「は、い……。」


つまり……何か?
あの雑魚共が、この女を見つけて。
女が持っていた俺のゴーグルに目を付けた。
それで……。

コイツは、取られまいと抵抗した?


「な……んで、さっさと渡さねぇんだ!そんなもん!!」


瞬時に頭がはじき出した状況に……
再び、怒りで目の前が真っ赤になりそうだった。

たまたま俺が間にあったから良かったようなものの……
下手をすれば死んでいた。
あの野郎どもにマワされて、殺されていた。


俺の、ゴーグルのせいで。


くだらねぇ!!
それだけのことでコイツは殺されかけたってのか!?
馬鹿だ!
正真正銘の馬鹿じゃねぇか!!

女が持っていたゴーグルを奪うように取り上げる。
激昂した俺を目にした女は、再び怯えの色を見せて体をすくめた。

それでも……
女は、俺を真っ直ぐに見て……口を開く。


「だ、だって……。」
「ぁあ゛!?」
「そ、れは……お頭さん、の…お宝だから……。」
「―――…は?」


一瞬、こいつが何を言っているのかわからなくなった。

宝?
確かに、このゴーグルは海賊になる前から持っているもので。
俺の中じゃ大切な部類に入る……いや、正直に言えば「宝」だ。
でも……だからって、なんで、こいつが……。


「お頭さんの、宝だって……。だ、だから、その……あの人たちにとられるのが嫌だったんです。」


唖然。

俺の、宝だから。
たったそれだけの理由で、コイツは……。

身体を張って、これを守ろうとしたってのか。


「……。」
「……ご、ごめんなさ、い…。」


ご迷惑、おかけしました。
そう言って頭を下げるコイツの眼には、今にも落ちそうなほど幕を張った涙。

先ほどまでの怒りや苛立ちが、空気が抜けるように萎んでいくのを感じた。

……馬鹿だ。
どうしようもない大馬鹿がここにいる。


「これ守って死んだらどうしようもねぇ馬鹿だなテメェは。」
「……。」
「……だが……。」


ぽん、とソイツの頭に手を乗せる。
ビクリと過剰なまでに撥ねた肩には気付かねぇふりをして。
思ったよりも小せぇ頭をぐしゃぐしゃと混ぜた。


「?……お、お頭さん…?」
「……一度しかいわねぇ。」
「え……。」


「……ありがとよ。」


ぼそり、と。
聞こえるか聞こえねぇかくらいの小せぇ声で呟けば…。
俺を見上げ、目を真ん丸に見開いたコイツの顔。
嗚呼、間抜けた顔だなと口の端が上がりそうになったその時。

その丸い目から、ポロリと、雫が落ちた。


「……!?」
「ふ……う、ぁ……。」


その雫は止めどなくボロボロと零れ落ちて…女の顔がくしゃりと歪んだ。
まさか、と思った時にはもう遅く。


「う、わぁあああん!」
「な……っ!?」


泣いた。
女が、初めて、声を上げて。

俺が蹴り飛ばしても、睨み付けても、怒鳴っても。
怯えて涙を流すだけだった女が。
初めて、声を上げて泣いた。


「こ…こわかっ、……ひっく……ぅ、あ!」
「な、泣くな!鬱陶しい!!」
「ふ、ぅ……っよか……!」
「あ゛!?」
「ゴー、グル…!……っと、られなくて……よかったぁ……!!」
「―――……っ。」


……嗚呼、コイツは、本当に。

ぴーぴー泣いてるソイツの頭を掴んで、自分の方へ引き寄せた。
俺の胸よりも低いソイツを自分の腹に押し付けて。
バサリとコートで覆い隠す。

驚いたようにビクリと跳ねた肩はまた無視だ。


「五分だ。」
「……っえ?」
「五分で泣きやめ!」
「…っは、い……!」


ぐすぐすと嗚咽を漏らすソイツの頭を無意識に軽く撫でれば……。
不意にコートが引っ張られるのを感じた。
視線を下に向けると。
女に、ぎゅうと握られたコートの端が見えた。

カタカタと震える、頼りない小さな白い手が、必死に、俺のコートを握り締めていて。

ドクリと、心臓が脈打った。
次いで、何かに握りつぶされるように苦しくなる。

嗚呼、くそっ。


「おい。」
「ぐすっ……は、い…?」
「…あー……その、なんだ。」
「?」
「良くやった。……名前。」
「……っは、はい…!」


ぼそりと、名前を呼べば。
キョトリと一瞬涙を止めて…。

満面の笑みを浮かべて、涙を流した……名前。

今度は嬉し泣きだとでも言うように。
ハラハラと涙を流すその姿は…―――















(素直に)

(嗚呼)

(愛しい、と)

(そう、思った)


12 END


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