この船に来て……どれくらいの時が流れただろうか。
男性と接することが苦手だった私も、ヒートさんを筆頭に少しずつこの船の皆さんに慣れてきた。
……この状況下では慣れざる負えない、と言った方が的を射ているかもしれないけれど。
それも、お頭であるキッドさんに少しだけ慣れた、ということが大きいだろうと思う。
まぁ、それを抜きにしても、ヒートさんは優しいしワイヤーさんも何かと気にかけてくれる。
キラーさんに至っては、私が少しでも馴染めるようにと船員の方々へ声をかけて回ってくれたらしい。
(嗚呼、もう頭が上がらない)
よいしょ、と船員の皆さんの洗濯物を手に船内の廊下を歩いている時だった。
「名前。」
「あ、キラーさん。おはようございます。」
「あぁ。洗濯か?」
「は、はい!キラーさんは洗濯物ありますか?出していただければ洗います。」
「すまない。頼む。」
「かしこまりました。では、部屋の前に置いて下されば後で取りに行きますので。」
こくりと頷いたキラーさんの背を見送って、私は洗濯場へと急いだ。
嗚呼、今日も良い天気だ。
10 トリップガール
汚れた洗濯物を洗い、甲板に干す。
キラーさんの服なども回収して同じように。
……この船の人。
中々自分で洗濯しようとしないから、汚れ物が溜まっていくばかりだったらしい。
(自ら進んで洗濯するのは船医さんとキラーさんくらいだったとか……)
今では食事の用意と同じく、私の大事な仕事となっている。
大方洗濯物を終えて、さて食事の準備でもしようかと食堂へ向かっている途中の事だった。
「……難しいな。」
「だぁ!畜生、やっぱ駄目か!」
食堂から聞こえてきたのは……男らしい声。
こっこの声は…お頭さんとキラーさんだ……っ。
恐る恐ると覗き込めば、いつも頭に着けているゴーグルを手に唸っているお頭さんがいた。
いつもよりも顰められているその表情にヒッと息をのむ。
こ、怖い。
やっぱり慣れてきたと言っても、怖いものは怖いのだ。
特に、機嫌の悪そうなお頭さんは恐怖以外の何物でもない。
こそりと食堂の出入り口から覗いていると……。
そんな私に気付いたのか、キラーさんが声をかけてきた。
(あああああ気付かなくていいのに!)
「名前、どうした?」
「えっ!?あ、えっと、その……お、お昼ご飯の準備でも、と思いまして……。」
「あぁ、もうそんな時間か。」
未だ表情の崩れないお頭さんを刺激しないようにゆっくりと食堂へ入り込めば……その手に持たれているゴーグルが気になった。
ゴーグルの、皮と金具をつなぐ部分が綻びていたから。
「何見てんだテメェ。」
「ひっ!ああああの、こ、壊れちゃったのかな、なんて……っ。」
「見りゃわかんだろ。」
はぁ、と吐かれたのは深い溜息。
ゴーグルを見つめるお頭さんの眼が……なんというか、少し悲しそうだった。
「これはキッドのお気に入りでな。」
「おいキラー!」
「事実だろう?海賊になったときから一番のお宝のようなものだ。」
「そ、そうなんですか……。」
キラーさんから簡単に説明を受けて、もう一度ゴーグルに目を落とす。
皮と金具を繋ぐ部分が、途中まで綻びて切れてしまっている。
このままつけ続けたらちぎれてしまうだろうことは明白だった。
あぁ、でも……これくらいなら。
「あ、あの……。」
「あ゛?」
「ひっ……あ、あの……そ、それ、応急処置で良ければ…その、直しましょうか…?」
「直るのか!?」
「あああああくまで応急処置です!し、島に着いたら専門の方に直してもらってください!」
そう、少し大変ではあるが、糸と針さえあれば綻びて切れた部分を縫い合わせてしまえば良い。
そして島に着いたら新しい皮を使ってちゃんとした職人さんに直してもらえば、万事解決だ。
「ほ、本当に島に着くまで切れない様にするだけ、ですけど……。」
「……皮の部分はやっぱ駄目か。」
「お、恐らくは……。布の様に縫い合わせて何とかなるモノでもなさそうですし…。」
そう伝えれば、少し難しそうな顔をした後。
はぁ、と再び深い溜息。
「……なら島に着くまでの応急で良い。直せるんなら直せ。」
「は、はい。」
「糸と針なら船医の部屋にある。」
「わ、わかりました。」
ぽん、と手渡されたゴーグル。
お頭さんはくるりと背を向けて食堂を出て行ってしまった。
その後に続いてキラーさんも。
しん、と静まり返った室内。
「……重い。」
手渡されたゴーグルは、見た目よりもズシリとずっと重くて。
「……傷だらけ。」
切れてしまった部分以外にもたくさん小さな傷があって。
皮にも、金具にも、たくさん。
「………本当に、“お宝”なんだ…。」
お頭さんの、大事な。
「……よし!!」
直そう。
出来るだけ綺麗に、元通りに。
もちろん、素人がやるんだからどうやったって元通りにはできないだろうけど。
それでも、傷が目立たない様に。
修繕の後が、少しでも見えない様に。
「お頭さんのお宝だもんね…!」
いつも、私なんかの料理を「不味くない。」と言ってくれるお礼に。
律儀にも、毎回ちゃんと伝えてくれる、せめてものお礼に。
「頑張ろう!」
ギュッとゴーグルを握り締めて、気合を入れた。
(船医さん、針と糸を貸していただけませんか?)
(あぁ名前、キラーから聞いてるよ。でも、本当に直るのか?)
(正直、ちょっと難しいかと……。)
(まぁ、そうだろうなぁ。)
(でも……。)
(ん?)
(でも、お頭さんの大切な“お宝”ですから…。)
(……。)
(ちょっとでも綺麗になる様に、頑張ります。)
(……くくっ、そうか。じゃあ頼むな!)
(はい!)
10 END