最近、船に仲間が増えた。
突然甲板に現れた女の子。
名前と言う名の女の子は、酷く怖がりで男が苦手で……。
大人しくも優しい子だった。
その名前が、甲板で一人立っているのを見つけた。
(番の飯時で、たまたま甲板へ出てきた俺以外誰も居ない。)
「おーい、名前……。」
何をしてるんだ、と…。
呼ぼうとして、ピタリと行動を止める。
名前が……。
「……。」
「……。」
一人ぽつんと立つ名前が、酷く寂しそうに見えたから。
09 トリップガール
食堂が賑わっている今の時間。
ぽつんとひとり突っ立っている名前は、まるで宙を見るかのように一か所をボーっと見つめていた。
そこは、名前が出てきたドアがあった場所。
キラーが言っていた。
もし、名前が元の世界に帰れるとしたら……。
一番可能性が高いのは、この船の甲板だろう、と。
名前が出てきたドアが、再びこの甲板に現れることだ。
もちろん、キラーもお頭も確信があるわけじゃないだろう。
だって、こんな事態は初めてで前例があるわけじゃない。
しかも、キラーとお頭がそんなことに興味を持って調べていたとも考えにくいから。
でも、普通に考えれば可能性が高いのはこの甲板なのだろう。
その場所を、一人見つめる名前の目は……暗かった。
寂しそうなその眼には、ほんの少しの希望が揺れていて……。
それが、名前の理性を繋いでいるのだろうと簡単に読み取れる。
名前が、突然こんな場所に飛ばされて……発狂もせず生きていられるのは一概に。
元の世界に帰ると言う、強い意思。
また家族に会えるという、希望。
……たぶん、その意思も希望も無くなれば…名前は簡単に崩れてしまう。
その事実が何だか少し……寂しく思えた。
名前の作ってくれる飯は美味いし、普段なら溜めまくってる洗濯ものだって、綺麗にしてくれる。
男が苦手だと言っていたのに、頑張って俺等に慣れてくれようとする姿は一生懸命で……。
飯が美味いと言った時、ふにゃりと嬉しそうに笑った顔はまるで…警戒心が強く怯えてばかりだった子犬が懐いたような感動すらあった。
今の名前の姿は……
せっかく懐きかけたその子犬が、家に帰りたいと鳴いているようで。
少しばかり複雑だ。
と、その時だった。
背後からかすかに感じた気配。
そちらへと視線を向ければ……。
そこに、お頭が居た。
恐らく、部屋に戻る途中だったんだろう。
お頭からは俺の向こうの、一人佇む名前が見えている。
現に、俺とお頭の視線は合わず、まるで俺の事が見えてないみたいだ。
お頭の視線を辿れば……名前の姿。
名前を見つめるお頭の目は……何ていうか……。
今まで、見たとこの無い、静かな眼で。
「……お、お頭?」
「……。」
思わず、声をかけてしまった。
お頭は少しハッとしたような表情をして……。
名前から俺へと視線を移し、そのまま前へと向いてしまう。
「……ヒート。そこでボーっと突っ立ってるソイツにも飯食わしてこい。」
「わ、わかった。」
了承すれば、お頭はそのまま奥へと消えて行った。
お頭の……
普段の荒々しさが消えた静かな眼。
それが、やけに印象に残った。
なんで、お頭はあんな目で名前を見ていたのだろう
(おーい、名前!)
(あ……ヒートさん。)
(飯!まだ食ってないだろ?)
(はい。でも私は最後で……)
(そんなの気にしないでいいって!食べに行こう!)
(で、でも……)
(いいからいいから!な!)
(は、はい!)
ほら、ほんの少し微笑んだその顔は
こんなにも可愛いのに
09 END