08 トリップガール


「…。」
「……。」
「……………不味くねぇ。」
「あ、ありがとうございますっ!」


ようやく言われた言葉に、ホッと安堵の息を吐けば嬉しさがこみ上げた。
やっぱり、私にとって料理を褒められることは嬉しい事だ。

今、私の目の前でお菓子(今日はパウンドケーキ)を食べているのは…

赤い髪
白い肌
鋭い眼つき
逞しい大きな身体

それらを持つ人…。
ユースタス=“キャプテン”=キッドさん。
私をここに置いてくれている人だ。

この人はなんていうか…怖い。

私にとっては、この人は恐怖そのものでしかない。
男の中の男。
しかも初対面で痛い目に合わされた私としては、係わり合いになりたくない人1なのだ。

しかし、この人はこの船のキャプテン。
係わり合いにならずに居られるわけがない。
どうにかこうにか、殺されずに今ここに居られてるわけだけど…。

この人に対する恐怖は拭えない。

まぁ、男だ何だというのを除いても、怖く思うのは当たり前だと思う。
だって、この人の言葉一つで……

私は簡単に殺されてしまうのだから。

でも…今その状態はほんの少しだけだけど緩和されている。
何故なら…その怖い人が。

パウンドケーキなんて甘く可愛いものを食べているから。










08 トリップガール










思えば、初めてお頭さんが私のケーキを食べてから、早一週間。
ほぼ毎日この状態が続いている。
お菓子を作る私。
出来上がった頃、丁度に来るお頭さん。(まるで何処かから見てるんじゃないかってくらいピッタリだ。)
そして、ただひたすら無言で食べる。

その光景を私がじっと見ていれば…必ず、“不味くない”と一言だけ、言ってくれるのだ。

なんだか、不思議な光景だと思う。
今の私の位置からは、お頭さんの後ろ姿しか見えないけれど…モグモグと頬張っているのがわかる。
美味しい、とは言ってくれないけれど、不味くないといってくれるだけでありがたい。


「…ん。」
「あ、はい。」


ズイッと差し出されたお皿。
少々びくつきながらもそのお皿を受け取る。
お皿の中身は、キレイになくなっていて…それは全て食べてくれた事を意味する。
そのことがすごく嬉しくて…。
料理人冥利につきる、と純粋に喜んだ。
と、そのとき。


「それ。」
「え?」
「…まだ、あんのか?」
「あ、は、はい、あと2切れですけど……。」
「なら、食う。さっさと入れて来い。」
「(ひっ!)は、はい!!」


ジロリと睨まれたような気がして私は慌ててキッチンへと戻った。
冷蔵庫の中に置いておいた残りのケーキをもう一度お皿に盛り付ける。
もしかして…

このケーキを気に入ってくれたのだろうか?

だとしたら…嬉しいかもしれない。
これは洋酒をタップリと使った少しほろ苦いブランデーパウンドケーキ。
…やっぱりお酒が好きなのかな?
なんて事を思いながら急いでお頭さんのもとへと戻る。


「おおお待たせしました…っ。」


ソッともう一度お頭さんの前にお皿を置けば、何も言わずまたもぐもぐと食べ始める。
なんだか…そのただひたすら無心に食べ進める様子がまるで…犬、のようで……。

私、餌付けしてるみたいだな…。

なんて不謹慎な事を思ってしまった。
もしかすると、この人自体は…そんなに怖くないのかもしれない。

いや、顔も、態度も、声も、怖いことだらけだけど……。
絶対残さずに食べてくれる。
絶対一言感想を言ってくれる。
…怪我をさせられておいて、何を言ってるんだと思われるかもしれないけど…。

本当は、優しい人なんじゃないかって。
不意に、そう、思って。

だから…少し、勇気を出してみた。


「……あああああの…。」
「…あ?」
「そ、の…あ、明日は…ブランデー入りの、チョコ、を作ろうと思うのです、が…。」
「……。」
「少し、甘い…んです。……だ、だだ大丈夫、でしょうか…?」


上半身をクルリと反転させ、じっと私を見据える、真っ赤な瞳。
身体がすくんでしまうほどに、真っ直ぐな視線。

お頭さんは、しばし考える様子を見せて……またクルリと元の方向へ戻った。


「…言っただろ、甘いのは好きじゃねぇ。…………………なるべく、甘さ控えやがれ。」


それだけ言って、またモグモグと食べ始める。
答えて、くれた。
私の声に。
他愛の無いこんな質問でも、ちゃんと答えてくれたっ!!

そのことがまた、嬉しくて。
私は一人、微笑んだ。















(…(嬉しそうに笑ってんのまる解りなんだよバカ女。))
(え、っと…の、飲み物は、珈琲でも…。)
(良い。)
(は、はい!……(やったぁ、また答えてくれたっ!))
(…っ。(だから…っ解るっつってんだろうが!!))





08 END

ストックホルム症候群上等(笑)


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