07 トリップガール


「にーんじん〜たまーねぎ〜、じゃがーいも〜お肉〜♪」
「……。」
「ルーを〜いれったら〜…はいっ!でっきあ〜が〜り〜♪」


キッチン煙事件があった翌日。
食堂の前を通れば、そんな歌声が聞こえてきた。










07 トリップガール










食堂の中へ入れば、誰もいなくて…壁を隔てたキッチンから声が聞こえてくる。
明るくキレイになった食堂をぬければ、声は自然と大きくなった。


「ん〜…カレールーがあれば簡単なんだろうけど…大変だな〜。」


トントンという一定のリズムのほかに、グツグツと何かを煮込む音。
キッチンに居る時点で、料理をしているんだということは明白なわけで。
俺はソイツに気付かれないようにキッチンを覗き込んだ。


「まぁ、これも修行修行。」


声でわかってはいたが、そこにいたのはもちろん、あの変な女。
聞いたことのない鼻歌を歌いながら料理をしている。

思えば、昨日…あの食事の時は壮絶だった。

コックの野郎が死んでから、みんなで交代で食事を作っていたものの…。
料理なんてこのかた一度もやったことのない奴らばかり。
日によっては、口にするのも躊躇うような料理が出てくるときもあったわけで…。
その反動か、この女が料理を出したときの奴らの喜びようは尋常じゃなかった。

……まぁ、俺も久々にまともな飯にありつけたから、とやかく言う気はねぇが…。

食事中は料理の奪い合い。
本気でケンカをしそうになるやつらまで居たくらいだ。
その食事が終わった後、船員のやつらの視線が俺を射抜いた。


「「「「「…。」」」」」
「……っ。」


眼は口よりも雄弁に語る。
船員達の目は俺に確実に語っていた。

…コイツの仕事は、料理を作らせることにしようぜ!!…と。

異世界からやってきたという女。

背が低くて、腕も俺の半分以下の太さで。
ちょっと触れれば、折れてしまいそうなくらい頼りねぇ。
いっつもビクビクしていて、泣きそうな面して怯えてる。

そのくせ、どこか変なところで頑固な女。

突然俺の目の前に現れた怪しい女を、いきなり信用して食事を作らせるなんてことは到底できやしねぇ。
俺はこれでもコイツ等を率いる“船長”なのだから。
(船の食事なんて死活問題じゃねぇか、毒でも入れられたら終わりだ)
……まぁ、確かに、女の飯は不味くはなかったが…。

とりあえず、船員たちの視線は無視して俺は部屋に戻った。




そして、今の状況。

女は俺に気付いていない。
嬉しそうな表情で、楽しそうに料理を続けている。

変な女。

それがコイツに対する俺の印象だ。


「……おい。」
「♪〜〜♪〜♪」
「オイコラ。」
「っ!!ひぃっ!!おおおおおおお頭さんっ!?」


真後ろへと忍び寄り、声を掛ければ肩を跳ね上げて振り返る女。

…コイツ、まだ俺に慣れてねぇのか。
呆れてため息をつけば、また“ひっ!”と小さな悲鳴が聞こえた。


「何してんだ。」
「な、何って…その、おおおお料理を…;;」
「…誰が許可した?」
「えっ!だ、だって船員さんたちが…えっと、“今日の飯も作ってくれ!”、って…っ。」


ビクビクと震えながら俺を見上げる女。
…コイツはどんなに怯えようと、話をするときはちゃんと眼を見やがる。
変な女。
コイツのこの部分だけは気に入ってる……かもしれねぇ。


「……アイツら…。」
「あ、あの…っすみませんでした!!かか、勝手にキッチンを……っ!!;;」


顔面蒼白になりながら俺に謝罪を入れる。
それでも目をそらそうとはしない女。

ホントに、つまんなくて、面白ぇ女だ。


「……別にかまわねぇ、他のやつらにやらせりゃ、とんでもねぇ料理がでてくるからな。」
「(ホッ)ああああありがとう、ご、ございます。」
「その代わり、うまい飯作れよ。でなけりゃ船から叩き落してやる。」
「ひっ!!りりりりり了解しました…っ!!」


ホッと安堵の息をついたのもつかの間。
すぐさま顔面蒼白になって震え上がる女に、俺は内心笑いが止まらなかった。
せっかくの料理が作れる貴重な存在。
んなこと、するわけがねぇのにな。

そこでフッと眼に入ったのは真っ白いクリームが入ったひとつのボール。
少し不思議に思って、未だ縮こまっている女に向かって話しかけた。


「おい。」
「は、はい!」
「ありゃ何だ?」
「え?…あ、あれは生クリームです…その、“向こう”で買ってたのは良いんですけど、もう賞味期限がギリギリっぽかったので……(汗)」
「ふん…で?」
「はい?」
「〜〜〜っそれくらい察しろバカ!!アレで何を作ったか答えろってことだ!!」
「すみませんすみませんすみません!!!調理器具は好きに使って良いと言われましたし生クリームのこともキラーさんに相談すると「ケーキでも何でも作って食え」と言われましたので勝手にケーキとか作っちゃってました!!本当にごめんなさいぃいいい!!!(涙目)」


土下座しそうな勢いで頭を下げる女に、盛大にため息を吐いた。
コイツは…どっか抜けてるというか、バカというか…。
ビクビクと怯える女を、もう一度チラリと片目で見て、生クリームのついたボールへと視線を移した。


「ケーキねぇ…女ってのは甘ぇモンが好きだな。」
「は、はい…美味しいです、し。」
「……で?もう出来たのか?」
「っはい、もう冷蔵庫の中で待機中、です…。」


その言葉に、ズカズカと冷蔵庫まで歩く。
ハラハラした様子の女を尻目に、ガチャリと冷蔵庫を開ければ…小さな、掌サイズのケーキがそこにあった。

白い生クリームでコーティングされ、上には可愛らしい装飾。

料理は得意だ…というのは本当らしいな。


「って、これだけかよ。」
「ほ、他の色々な材料が少なかったので…っ。」
「ふん、まぁもうすぐで島に着くからな、船の食料も尽きてきたか。」
「あ、いえ……材料は全部、私が持ってきたもので…その、作りました。」
「……。」

……変なところで几帳面だと思った。
キラーが許可したってんなら、ここにある食材なんざ好きに使っちまえば良いのに。

じっとそのケーキを見つめる。
本来自分はそんなに甘いものが好きではない。
まぁ人並みには食べるが、甘すぎるのはごめんだ。
このケーキも甘いのだろうか、と考える。

小腹は空いてんだけどよ。

すると、そんな俺の状態を珍しく察したのか、女は恐る恐る俺に近づいてきて小さな声で話しかけてきた。


「あ、あの…。」
「あん?」
「(ひっ!)え、えっと、もしよよよよろしければ、ど、どうぞ!!」
「…コレか?」
「は、はい!甘さは控えめにしてあるのでっ、だ、男性の方にも大丈夫、かと。」


女は、“じゃあ、食う”という俺の言葉と同時に、紅茶を用意し始めた。
なるほど、こういうところは気が利くわけだな。

俺がキッチンに一番近い食堂の席に座れば、すぐさま目の前に出されるケーキと紅茶。
…用意がやけに早ぇ、ってことはコイツもうすぐ食う気だったな。
女はテーブルの上にソレを置くや否や、すぐさま俺と距離をとる。

が、やはり必ずこっちを見ているようだ。

そんなに食ったときの反応が気になるもんなのか?
俺は半ば呆れたまま、そのケーキを口にした。


甘い、生クリームの味。
しかし、中に入っている果物が甘酸っぱく、丁度良いバランスが取れている。
甘いのがそんなに好きじゃねぇ俺でも充分食える。

……うめぇ。

パクパクと食べていると、また感じる視線。
チラリと横目で見れば、女がソワソワと俺の様子を伺っていた。
………ったく、コイツは…。


「……。」
「……っ(ソワソワ)」
「………ハァ……不味くはねぇ。」
「!」


一言。
少しひねくれた答えだったが、たった一言俺が伝えただけで……。


「あ…。」
「?」
「…ありがとう、ございますっ!」


ふにゃりと、笑う女。
俺はその表情に、また目を奪われた。
昨日も見せた、嬉しそうな…幸せそうな表情。

俺に初めてみせる、恐らく心からの“笑顔”。

それがまた…見えた。
それだけで、俺の気分が上昇しているのが手に取るようにわかった。
その原因はわからねぇ、だが…気分がいいのは本当だ。


「…おい、女。」
「あ、はい!」
「…明日も作れ。」
「え、ぇえ?」
「だから、食ってやるから、明日も作れってんだ!!」
「は、はい!!」


怯えながらも、嬉しそうに笑ったソイツの表情が…脳裏に焼きついた。















(おい。)
(は、はい!)
(茶。)
(はい!さ、さっきのと同じ銘柄ので…)
(あぁ、砂糖とミルクはいらねぇ…覚えとけ。)
(りりりり了解しました!)





07 END


prev back next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -