04

「青峰君! 聞いてる?」


ふいに意識に入ってきた自分を呼ぶ声。

幼馴染みである桃井と一緒に廊下を歩いていたことを思い出した青峰は、隣で怪訝そうな表情を浮かべる彼女を一瞥した。


「全然」

「もう! 青峰くん、最近よくきょろきょろしてるよね。どうしたの?」


話を聞いていなかったことを示すと、桃井は諦めたようで疑問を投げかけた。彼女が思わず問いかけるほどに辺りを見回し落ち着きのなかった青峰だが、本人は意識した行動ではなかったようだ。一瞬何を言われたのかわからないと言った表情を浮かべた青峰は、自分の行動に気づくとばつが悪そうに眉を寄せた。


「別に。…ただ、会わねぇもんだなーと思って」

「誰か探してるの?」

「探してるってほどじゃねーけど」

「ふうん…?」


そうは言いながらも、青峰の視線は廊下をあちこちと彷徨う。説得力のない言動に桃井が訝しげに首を傾げる。


「誰を探してるの?」


連絡先を知っている相手ならこんな風に探す必要はない。バスケ部の人間ではないことは確実だろう。そう判断した桃井が再度訊ねた。


「それよりさつき。ああいう髪型、なんて言うんだ?」

「え?」


話を逸らすように、青峰が前方から歩いてきた女子生徒を指し示す。桃井がつられてその先に視線を移した。

指を差すなと青峰の手を叩き落としながら、桃井は女子生徒の髪型を確認して答える。


「あれは前下がりボブっていうんだよ。オシャレで可愛いよね」


青峰が指し示した女子生徒の髪型は、後ろは短く前は長くと斜めに切り揃えたボブカット。それは公園で会う少女のそれによく似ていた。

テツ君短いの好きかなぁと呟きながら自身の長い髪を触る桃井をよそに、青峰はすれ違う女子生徒の髪を横目に眺めた。


「青峰君、ああいう髪型好きだっけ?」

「いんや、別に」

「じゃあ誰かがあの髪型に似てるの?」

「あ? あー…まあ」

「ふむ。青峰君は前下がりボブの女の子を探してるんだね」

「探してるわけじゃねーっつってんだろ」

「好きなの?」

「好っ、は!?」


ぼんやりと答えていると、突然出てきた好きという単語に驚き勢いよく桃井を見る。青峰が顔を合わせたことを後悔するほどに、桃井はにやにやと頬を緩ませていた。


「違うの?」

「別にそんなんじゃねーよ。…にやにやすんなっ」

「そっかそっかー。青峰君にも春が来たんだね。いつかダブルデートしようね!」


青峰に後頭部を軽く叩かれるも、桃井はふふと笑いを漏らす。にこにこと楽しげに笑顔を浮かべた桃井が約束だよと青峰の腕を引く。


「だから違うっつってんだろ。そもそもテツとなんにも進展してねぇくせに何がダブルデートだ」

「そっ、そろそろ進展するもん! たぶん!」

「はっ。せいぜい頑張れよ」


強気なのか弱気なのかよくわからない桃井を鼻で笑った青峰は、周りを見渡すことを意識的にやめ、渡り廊下を渡る。

校舎にはいくつか自動販売機があるが、渡り廊下の先にある自動販売機でしか売っていないジュースを飲もうと思い至り、廊下を歩いていたのだ。しかしそこへ桃井がついてきたことによって、自分がある人物を無意識に探していることに気づかされることとなった。



「…それ、そんなに好きだっけ」


自動販売機の前に立ち小銭を入れて目的のジュースを購入すると、横から桃井が不思議そうに呟いた。


「あ?」

「わざわざ自分で買いに来てまで飲むの、初めて見たよ?」


自分の分を購入しながら、青峰が手にしているジュースを指差す桃井。青峰がつられるようにそれを見ると、普段は飲まないグレープフルーツの紙パックが大きな手に収まっている。


「……ああ…そういやそうだな」


渡り廊下の先にある自動販売機。そこにだけ売ってあるグレープフルーツのジュースが好きでよく飲んでいる。そう言って、少女がどこか儚げに笑んだのは昨日のことだ。

それが頭に残っていたから、わざわざここに足を運んだ。名前も、クラスも知らない少女。数少ない少女の情報を得て、ここに来れば会えるかもしれない。そう無意識に思考した結果の、自分らしくない行動を自覚した青峰は頭を掻いた。


「あっ、待ってよ青峰くん!」


紙パックにストローを差していた桃井が、突然踵を返した青峰に驚き慌てて追いかける。

まるで逃げるように足早に歩く青峰には、桃井の声が届いていない。


「くそ、何なんだよ……っ」


ほんのり冷たい紙パックとは裏腹に、頬が熱を持ち始めた。


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