03


少女と出会って3週間。

相変わらず部活に出たり出なかったりしている青峰は、週の半分以上は公園に足を運んでいた。

今日は途中まで練習に参加していた青峰だが、些細なことで元々無いやる気をさらに無くし、桃井の制止を振り切り練習を切り上げるとそのまま公園に向かう。

しかし少女はまだ来ていなかった。

夕暮れにはまだ早く、公園の前ではいくらかの人がまばらに往来している。いつものように入り口の柵に腰を下ろした青峰は、その中に少女の姿を探した。

今までは青峰が来る頃には、少女は公園の入り口で立っていたり柵に座ったりとして待っていたのだが、今日はいつもより早い時間に来たためか少女はまだ来ない。

青峰が少女を待つのは初めてだが、それも悪くないとのんびり空を見上げた。

淡いブルーが徐々に青味を増していく。


『今日は早いのね』

「うおっ!?」


突然聞こえた少女の声に驚いた青峰は、大きな体をびくりと揺らして勢いよく振り返った。いつの間にか隣の柵に腰を下ろした少女が青峰を見て微笑んでいる。


『今日はジャージなのね。練習、抜けてきたの?』


ばくばくと早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、青峰は頷き肯定の意を示した。咎めるでもなく、ただ少女は微笑む。


『私は君が来てくれて嬉しいけど、いいの?』


首を傾げた少女の髪がさらりと揺れる。真っ直ぐに自分を映す少女の瞳から逃れるように青峰は視線をそらした。足元から伸びる自身の影を眺め、静かに答える。


「いいんだよ、オレは。前にも言っただろ。試合さえ出れば問題ねぇんだよ」


そう言って小石を蹴り上げた青峰の横顔はどこか寂しげで、少女にはつまらなさそうに見えた。そっと頭を撫でてあげたい衝動に駆られた少女は思わずといった様子で柵から腰を浮かせたが、すぐに思い留まり座り直す。


『ずいぶん信頼されてるのね』

「…信頼?」


少女から思いがけない言葉をかけられた青峰はゆっくりと顔を上げ、問うように呟いた。


『練習に出なくても試合にさえ出ればいいなんて、君がいれば負けないと信じているからでしょ? それくらい君は強くて、そしてその実力を認められている。それって信頼されていることにならない?』

「…さぁな。単純な話、練習なんかしなくてもオレが一番強い。ただそれだけだ」


冷めた声音で答えた青峰が空を仰ぐ。いつの間にか人通りはなく、ふたりきりの公園は物静かでトーンの落ちた声もよく通る。呟きと言っていいほどの音量だったそれが、不自然なほどに耳についた。

奇妙に胸がざわつくのを感じた青峰は、往来に視線を巡らせる。


『……"最強"、ね』

「? 悪りぃ、なんか言ったか?」

『いいえ、何も』


少女から気が逸れた青峰は、少女の小さな呟きを聞き逃した。ゆるく首を振った少女が立ち上がる。

柵をすり抜け公園の中に進む少女の背を、肩越しに追う。ふたつしかない小さなブランコの片方に座った少女は軽く地を蹴った。

青峰が柵を越え、少女と向かい合うように座り直す。一番奥にあるブランコだが、小さな公園のためそう遠く離れてはいない。会話をするのに問題はなさそうだ。

キィキィと鎖を鳴らし小さく揺れていた少女は、徐々に揺れ幅を大きくした。ブランコの揺れに合わせて少女の髪とスカートがふわりふわりと翻る。


「パンツ見えんぞ」

『君にならいいよ』

「マジか」

『さぁね』


嘘とも本当とも言わない少女は、ぐんっと勢いよく足を振るとブランコが前に振り切った瞬間、ばっと手を離して飛び降りる。


『見えた?』


とん、と軽やかに着地した少女が、乱れたスカートを整えながら悪戯っぽく微笑む。


「んだよ、パンツじゃねーじゃん」


飛び降りた少女のスカートが舞い上がり見えたのは、下着が見えないようオーバーショーツとして着用された一分丈のスパッツだった。わざとらしくがっかりした様子を見せる青峰に少女は声をあげて笑う。


『見たかった?』

「どうせ見るならおっぱいがいい」

『そういえば巨乳好きだったわね、君』


冗談なのか本気なのかよくわからない青峰の返答に、少女は数日前に堀北マイが好きだと言っていたことを思い出した。

青峰の隣の柵、元いた位置に腰掛けた少女が空を仰ぎ見る。視界に映る空は、端のほうから黒を落とした深い青に染まりつつあった。


『ここで待つ時間は…辛くて、寂しかった』


しばらくすると、空を眺めたまま少女がぽつりと呟いた。青峰が少女に視線を移す。


『だけど君が来てくれるようになって、この時間がとても楽しみになった。君と一緒にいるこの時だけは、辛さも寂しさも、忘れられる。ありがとう。君には本当に感謝してるわ』

「なんだよ、改まって」


突然の言葉を不思議に思った青峰が静かに訊ねると、少女は空から風に小さく揺れるブランコに目を移し寂しげな笑みを浮かべた。


『…伝えたいと思ったことはすぐに伝えないと、いつ言えるかわからないもの』


伝えたいことが伝えられず後悔していることがあるのだろうか。そう疑問を抱いた青峰だが、しかしそれが何かを聞くことは憚られ開きかけた口を噤んだ。


「……そうだな」


ややあって、青峰が呟くように同じた。

もうすぐ日が暮れ、夜が訪れる。それはふたりの別れを告げる時間。


「明日、また来る」

『…待ってる』



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