第4話:強さの理由
水飛沫が、アレンの頬を掠る。
地を蹴り、砂埃を舞わせながら、アレンは走る。その口から零れ落ちる言葉は、魔法の呪文。
アレンの魔法の修行の時間だ。
「アレン、今反応が遅れたわよ」
「う、うん!」
いつの間にか、修行の風景にはクレアが時折混ざるようになった。
相変わらずの無口さではあったが、アレンはもうそれを怖いとは思わなかった。感情の見えない表情、声ではあったが、別にアレンを嫌っているわけではない。クレアのそれはただそういう性格なのだ。
だってその瞳は、冷たくもとても澄んでいた。アレンを見る瞳には、嫌悪だとか侮蔑だとかアレンの恐れていた感情は見つけられなかった。
学園にいた多くの人間たちとは違うのだ。
「アレン」
「ごめんなさい!」
僅かに逸れた思考に、修行に集中しなさいと咎められる。
言葉は少ないが、こうしてアレンの修行にも真面目に付き合ってくれる。
姉がいたらこのような感じなのかも知れない、と薄ぼんやりと思う。
「おー。やってるなぁ」
明るいレオンの声に、二人は魔法を止めた。
振り返るとそこには、用事があるからと席を外していたレオンが帰ってきていた。
「あ、お帰り! レオン」
修行は一時中断というところだろうか。
クレアも僅かに乱れた髪を撫で、一息吐いていた。
「随分、良くなったなぁ」
ぽつりと零されたレオンの言葉に、アレンの表情がぱぁっと明るくなる。
「え! 本当!?」
「そうね、対応も早くなったわ」
「クレア!」
いつも言葉少ないクレアからの誉め言葉に、更に嬉しくなる。
強くなりたかった。レオンのようになりたかった。弱い自分は惨めだった。悔しかった。
それが、熱心に修行を続ける理由。
自分は変われているのかも知れない。そう思うと心が躍った。
「明日からは、もう影じゃ相手にならんかもな。俺がやるかー」
僅かに悔しそうに、笑みを浮かべるレオンにアレンは小さく瞠目する。
着実にレオンへと近付いていることを示すその言葉に、アレンはその喜びを噛み締めた。
「ああっ! 明日!」
唐突に、レオンが声を上げる。
どうしたのかとアレンが小首を傾げながらレオンを見上げると、悩んだような表情を見せながらも、レオンはゆっくりと口を開いた。
「アレン、悪いが、頼みごとをしても平気か?」
「頼みごと?」
珍しいその言葉に、レオンはその言葉をただ反芻する。
「ああ、街に預けたままなんだがな、俺もクレアも行けそうにねぇんだ」
「ごめんなさいね」
申し訳なさそうな声音の謝罪の言葉を聞きながら、思考を巡らす。
(街へ、行く……)
あんなに人の沢山いる場所に。
アレンの心臓が、どくんと大きく脈打つ。
知っている人間に会う可能性は高く、そうなったらきっとまた色々言われるだろう。
『……化物』
学園を離れ、レオンに着いてきてからもう随分と向けられていない言葉、視線。
思い出すと、足がすくむ。
行けるわけがない。あそこはアレンにとって、恐怖の対象でしかないのだ。
それをレオンだって分かっているのではないのか。ゆっくりとレオンへと視線を向けると、レオンは困ったような表情を見せた。
「悪いとは思うんだがよぉ」
レオンは本当に困っているような表情で、言葉を返す。
分かっているのだろう。それでも、他にどうしようもないといった表情だ。
アレンは、小さく喉を鳴らす。
レオンには世話になりっばなしだが、レオンの頼み事など初めてだ。
「ぼ、僕行ってくるよ! 大丈夫!」
震えそうになる体を諌める。
強くなると決めたのだ。もう逃げないと決めたのだ。
だから、アレンはぎこちないながらも、笑みを浮かべた。