王都は、人で溢れかえっていた。
 しかし、道行く人は別にアレンのことを気にとめた様子はない。極自然に、アレンの横を過ぎ去っていく。
 当たり前だ。アレンのことを知らないのだから。アレンは授業以外は常に部屋に閉じこもっていたのだから、彼を知っているのは学園にいた者たちくらいだ。
 これだけ沢山の人がいるのだ。学園の関係者に必ずしも会うわけでも、例えここにいたとしてもその大勢の中から簡単に見つかるわけもない。そんな当たり前のことに気付かなかった自分に小さく溜息を吐いた。
 頼まれた店に行き、頼まれたものを持って帰る。たったそれだけ。それほど時間がかかるわけでもない。
 店から出たアレンは、品物をバックの中に入れ、ほっと息を吐いた。
 あとはこのままレオンの家に戻ればいい。なんのことはない。
 しかし、そう平穏には済まされなかった。街から少し離れ、森に入ろうとしていた時だった。

「……化、物」
 蔑むような声に、アレンは肩を揺らし、思わず足を止めてしまった。
 視界の端に入ってきたのは、何処か見覚えのある顔。学園の同じクラスだった、アレンにやたら絡んで来た少年だ。
 そう遠い昔ではない、周囲から侮蔑の視線を向けられ、孤立していた頃の記憶が甦ってくる。
 この目は、アレンを人と思っていない目だ。アレンの言葉に耳を傾ける気も、その心の内を気にする気も欠片もない目。アレンの存在を全否定する目。
 レオンやクレアの優しさに慣れたアレンは、尚のこと、恐ろしく思えた。
(……怖い)
 震えそうになる掌を握りしめ、足早にその場を去ろうと速度を上げる。
 しかし、その後を少年は着いてくる。

「待てって!」
 そしてとうとうアレンのその腕が、少年によって掴まれた。
「!」
 アレンの肩が、恐怖に大きく揺れる。
 しかし、少年はその様子に欠片も気付かず、怒りのままに声を上げた。
「お前、知ってんのか! あの方はお前なんかが一緒にいていいような方じゃないんだ! どうしてお前なんかがッ!」
 あの方とは、きっとレオンのことだ。
 高貴な貴族なのだろうということくらい分かっている。レオンは粗野に見えて、そのたち振る舞いの一つ一つにはどこか気品があった。他人の上に立つことが当たり前のような、圧倒的な存在感。
言われなくたって、分かっていた。アレンの表情がむっとしたものになる。
(でも、師匠は師匠なんだ!)
 貴族だからなんだと言うのだ。貴族であれなんであれ、それでもレオンはレオンなのだ。
 アレンに手を差し伸べてくれ、導いてくれたのは「レオン」なのだ。アレンにとって、それが貴族であろうとなかろうと、貴族である前に彼は「レオン」なのだ。
 レオンが許してくれているのなら、アレンはその通りにするつもりだ。それを何も知らない他人に口を挟まれたくなどない。
 苛立ちを押さえながら唇を噛むアレンに対し、少年は尚も怒鳴り続けていた。



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