「どうだ? 綺麗だろ?」
 しっかりと屋根の上に腰を下ろすと、レオンは自慢げに笑う。
「うわぁ」
 アレンは促されるままに空を見上げて、思わず感嘆の声を漏らした。
 頭上で輝く月は、まるで手を伸ばせば届きそうな気がするくらいに近かった。
 月光は、優しくも、全てを照らすかの如く力強い。
 綺麗だった。上手く言葉が出て来なかった。夜に膝を抱えて独りで泣いたことは幾度もあったけれど、空を見上げることは一度としてなかった。こうして、光で照らしてくれていたのだと感動を覚えた。
「はははっ。だろー?」
 レオンは、豪快に笑う。それにつられて、アレンも笑う。
 自然と零れ落ちた笑みに気付いて、アレンははっと口元を押さえた。
 それに、アレンは戸惑いを隠せない。こんなことはもうずっとなかったから。感情を押し殺し、他人を拒絶し、自分の殻に閉じこもり……そうすることでずっと自分を守っていた。臆病で、卑屈だった。
 アレンは、レオンと出会い、初めて他人と笑い合うことができた。過ごした時間はそう長くはないものの、アレンにとってレオンの存在は大きく、掛け替えのない存在になっていた。
 レオンがいるから。レオンがいてくれるから、今アレンはこうして笑っていられる。それはアレンにとって、とても喜ばしいことだった。しかし、同時に疑問もある。
「師匠は、どうして僕の修行に付き合ってくれるの?」
 ぽつりと沸き上がってくる問い。それを、そのままに口に出す。
 それが、ずっと疑問だった。
 授業料を払う訳でもない。レオンはアレンに何も求めない。かと言って、知り合いだったという訳でもない。あの学園で出会った時、自分とは初対面だった。
 彼にとって、アレンに付き合うことは何の利益もない筈だ。寧ろ、時間の浪費と言っても良いだろう。

「うーん、面白いからかねぇ」
「それ、だけ?」
「まぁそうとも言うし、そうでないとも言う」
 いつも浮かべられている笑みが、ふっと消える。
 月に照らされるレオンの表情は、いつもとは違う何処か寂しげな微笑だった。
 夜の闇の下に、僅かな沈黙が訪れる。
「俺はな、一人だったんだよ」
「え?」
 呟くような言葉は、夜の静寂にただ静かに響き渡る。
 何処かいつもと違う雰囲気に疑問を覚える暇もなく、アレンはただ瞠目した。
(一人だった? 底抜けに明るくて、自信があって……そう、人の中心にいるような、師匠が?)
 信じられない、という表情のアレンをレオンはふっと笑い、再び口を開いた。

「正確にゃ、一人なんかじゃなかったがな。自分を責めて、皆が自分を責めてるって思ってた時期もあったんだ」
(レオンにそんな時期が……?)
 アレンは、その口が語る言葉を信じられなかった。
 まさか。心の中で、その言葉を否定する。
 口に出そうとして、しかし、出来なかった。その表情が、あまりに辛そうだったことに気付いたから。その僅かに歪められたレオンの表情が、それが偽りではなく真実なのだと示していた。
「だからかねぇ、お前のことも放っておけなかった」
 思い起こすかのようなレオンの表情に、もう影はない。
 ほんの少し切なそうな瞳はしていたものの、それ以上の負の感情は見当たらなかった。
(……ああ、師匠はすごい)
 何があったのか、このレオンがそのような辛そうな表情をするのだから、余程のことなのだろう。それでも、全てを乗り越えて、自信に満ちた笑みを浮かべている。
 強い人なのだ。自分に自信に溢れた人。自分を知っているから。
 どうしたらそんな風になれるんだろう。アレンはただその横顔を見詰めた。

「あのな、見ようと思わなきゃ見えねぇものなんざ、沢山あるんだよ。だから、目を背けたらダメなんだ」
 夜の空では、月が輝いていた。
 空を見上げることなんて、どれくらいぶりだろう。
(……目を背けずに、向き合う勇気)
 それは、アレンの心の闇に、静かに波紋を作った。



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