「『もう少し強ければ、両親を死なせずに済んだ』」
呟くようなその声は、酷く硬質なものだった。
「レオンはそう思ってるの……目の前で両親を殺されたレオンはね」
木々をしならすほど強い風が、吹き抜けた。
アレンは瞠目して、その言葉を発したクレアを見つめた。
(え? 殺され、た?)
どくん、と大きく心臓が鳴る。自分が息を飲む音が、異様に大きく聞こえた気がした。
少しの翳りも見せないレオン。ただ前を向いて、いつも豪快な笑顔を零して、優しくて……。そのような過去を、何処に見つけられるだろう。アレンには、俄かに信じられなかった。
『俺にも全てを拒絶してた時期があったんだよ』
ああだけれど。アレンはそう遠くない記憶を辿る。
レオンは、今日と同じように、屋根の上で、闇夜の下で、そんな言葉を零したことがなかっただろうか。一度だけ、その表情を苦痛に歪ませたことがなかっただろうか。
後悔の滲む瞳で語った言葉。それは、このことに関係したのだろうか?
「ずっとアイツは悔んでいるの、守れなかったことを。それだけの強さがなかったことを。だから、血の滲むような努力をしたのよ。もう二度と、守りたいものを守れないなんてことがないように」
それは、どれほど悔しいことだっただろう。目の前で、自分の大切な人を守れなかった。
どれほどの覚悟だろうか。もう二度と、大切な人を守れぬことがないようにという覚悟は。
「詳しく、聞く?」
「……そんな簡単に、師匠本人以外から聞いちゃ、ダメな話の気がする」
アレンは、ぽつりと呟いて、レオンのその顔を思い浮かべる。
本音を言うと、聞きたかった。レオンのことを、その過去を、その想いをもっと知りたかった。
しかし、これは簡単な話ではない。きっとレオンの心の奥深くまで、触れられたくないところにまで触れてしまうであろう話だ。幼いアレンにも、生易しい覚悟で安易に触れてはいけないことだと分かった。
これから先、まだ聞く機会などあるだろう。そうであれば、本人から聞くのが筋というものだ。
そんなアレンに、そうね、とクレアは小さく微笑んで話を続けた。
「大切なものを傷付けられることの辛さを知っている。自分の無力さを感じることの辛さを、守れないことの辛さを、失うことの辛さを知っている。だからレオンは強いのよ」
クレアは、強い意志の籠った瞳で、遥か彼方を見つめていた。
その凛とした横顔から、アレンは視線を逸らせなくなった。
(守りたいから?)
それが、レオンの強さの理由だった。
誰かを守りたい、己の手で大切な者を守りたいという尊く強い想い。傷付けられたくないという優しさ。それが、彼の根底にあるものであり、彼を突き動かすもの。
憧憬とも羨望とも言える感情が、胸を締め付ける。
(僕は。僕は……なんてちっぽけなんだろう)
アレンは、己の小さな掌を握りしめる。
自分などが勝てる筈がない。ただ、全てのものから逃げ、信念もなく、生きてきたアレンに勝てる筈がなかった。
――何故、強くなりたいのか。
そう、レオンに問い掛けられたような気がした。
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