02.憧れるようなそんな表情で、空を仰いでいた




 花々は、誰の為に咲き誇るのか。それは主の為だ。

 カノンの座るテーブルを囲む花々は、彼女の為に咲いている。彼女の目を楽しませ、安らがせる為にこの庭園に存在しているのだ。
 花だけではなく、ここにある全ては、カノンの為のもの。
 ここは彼女の為だけの庭園。ここへは、カノンに許されない限り、この庭園には彼女以外入れない。
 それ故に、数少ない、彼女が寛げる場所であった。

 カノンは汚れ一つない白亜の椅子に座り、テーブルの上の紅茶やお菓子を楽しんでいた。
 その後ろには、ユエルが立ったまま控えていた。彼女のカップが空けば、紅茶を淹れ直す。
 この場にユエルがいるのは、彼女が許したからだ。彼に剣が使えるということをカノンが知って以来、殆ど護衛を兼任している。
 カノンは、随分と人と会うようにはなった。人と言葉を交わすようにもなった。
 妃という以上、どうしても公務として式典などといったものには出なければいけない。
 しかし、出来ることなら誰にも会いたくないというのは相変わらずだ。それ故に、カノンは何かあればユエルに任せていた。

「……ユエル。貴方も座らない?」
 寛ぐようにお茶を飲んでいたカノンは、唐突に後ろに控えるユエルを振り返った。
 突然のことに驚くものの、それを微塵も見せぬようにユエルは表情を引き締める。
「私のような者が、席を同席そのようなことを出来る筈がありません」
「そう、じゃあ命令よ、座りなさい」
 執事らしく返答するユエルに、カノンは一瞬何かを考えるように小さく瞳を閉じると言い放った。
「……え」
「命令なのだから貴方には聞く義務がある。ここは私のプライベートな庭園でしょう、誰かに見られたりなんかしないわ」
 ユエルは、小さく息を飲んだ。
 笑うことこそしないが、カノンはユエルを確かに見ていた。
 いつの間にこんな風になったのだろう。ユエルは思う。





「……今日くらい、会いたかったわ。あの人の、誕生日だったのよ」
 ティーカップから離れた唇が、小さく落とした言葉。ユエルの意識は一気にカノンへと集中する。
 澄んだ青い空へと向けた視線。その瞳はただ遠くを見つめていた。
 ――「あの人」とは、誰のことか?
 口から零れそうになった不躾な言葉は飲み込む。
 泣きそうなくらいに切なそうな、それでいて懐かしいげな表情。
 ただ愛しいと、心が叫んでいるようだった。見たこともないくらいに、甘いカノンの顔。
 こんな表情で語る相手など、そういるものか。問わずとも限定されてくる。
「恋人が、いらっしゃったのですか?」
「そうね、恋人なんかじゃないわ……身分違いだったんだもの、どの道片思いよ」
 そう言って、見せた表情。
 そんな表情をカノンにさせられる男が、羨ましいとユエルは思った。……憎い、とも。
 けれど、彼とカノンが結ばれることなど未来永劫有り得ない。カノンはこの国の妃なのだ、初対面で自分の妻にと言いだした彼が手放す筈などない。




2010.2.18


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