色のない世界に、その音色が静かに色を灯す




 世界を色に例えるのであれば、単色だった。
 何もかも、もうどうでも良いと思っていた。
 だから、全てを拒絶していた。


「ピアノを弾けるなんて、知らなかったわ」
 その演奏が終わり余韻が消えた頃、カノンは口を開いた。
 何処か糾弾しているようにも思えるそれに、つい先ほどまで目の前でピアノを弾いていた、そして彼女の世話係である青年――ユエルは驚いたようにこちらを見た。今の今まで、カノンがここにいることには気付いていなかったようだ。
 屋敷に備えつけられたそのピアノはもう随分と前からあったのだろうが、彼女は全く気にしたことがなかった。
 敗国の姫としてなかば無理矢理に婚姻を結ばされ、ここへ来てからずっと自分の殻に閉じ籠るように、日々を虚ろに過ごしてきたから。
 ピアノは確かに好きなものに含まれる。しかし、弾く気になどなれる筈がなかった。

「カノン、さま?」
 ユエルは、僅かに戸惑ったようにこちらを見つめた。
 ユエルがカノンの世話をするようになってからもずっと、彼女が自分から口を開くことなど殆ど皆無だったので、驚くのも仕方のないことだろう。
 しかし、その辺りは出来た男なので、即座に切り替えてきた。
「失礼致しました。まぁたしなみ程度には、弾くことはできます。ピアノがお好きなのですよね? よろしければ、明日にでも演奏家をお呼び致します」
 いつもの冷静で礼儀正しい、いかにも執事然とした態度で、カノンに窺いを立てる。
 カノンが望むものを与えようという思いからの言葉なのだろうが、彼女はそんなことを望んでいるわけではない。
「それは別にいいわ。弾いてちょうだい」
 カノンは短く答える。
 それに、最低限の言葉では意図が伝わり難いのか、それともそのような回答が返ってくるとは思っていなかったのか……おそらくはそのどちらもだろう、僅かにではあるがユエルが困惑を見せる。
「ええと、それは私に、ということでしょうか?」
「当たり前よ。他に誰がいると言うの?」
「弾いてと仰られても大したものは……。ですから、私などのものではなく、明日演奏家をお呼び致します」
「貴方のが気に入ったの」
 カノンにも、ユエルが困っているのは分かった。彼女は別に我が儘な姫として生きてきたわけではないし、彼を困らせたいわけでもない。
 それでも、他の人間などいらなかった。彼の音色が聴きたいのだ。
 何を思って弾いていたのかなどカノンには分からないが、その音色はとても優しく、慰めるかのようで。暗く沈み切った、全てに絶望を感じていた心が、何処か安らぎを感じた。色のない世界に、色が灯るように感じられた。
 誰とも関わりたくなかった。でも。

(貴方になら、心を許してもいいかも知れないわ)

 だから、その音色を。もう一度。







END
2011.10.24

企画キウイベアさまへ提出
お題/音色、モノクロ


- 4/4 -
Prev | |Next

目次 TopTop
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -