▼兄の親友は星屑を連れ


「カッキョーイーン!久しぶりだなぁ!ちょっと痩せたか!?デスクワークは大変だなぁ、オイ!」
「君はますますうるさいな。ボリュームを落とせポルナレフ。……アヴドゥルも久しぶり。長旅お疲れ様でした」
ざわめく空港内でブンブンと手を振る電柱頭のフランス人と、その数歩後ろを穏やかな足取りで着いてくる、ケージを持ったエジプト人。何年ぶりかの姿に懐かしさを覚えるのは事実だが、すっかり流暢になった日本語がなおのこと鬱陶しいフランス人に肘鉄をかましたい気持ちを抑えることに神経を注いだおかげで、花京院が感動の再会に熱い抱擁を交わすほどの情熱を露わにすることはなかった。バンバン、と背中を叩く手が花京院の分のハイテンションを全て持ち去ってしまったのだろう。ビシガシグッグ、くらいはしてやっても構わなかったのだが、それより先に挨拶すべきもう一人……正しくはもう一匹の方が気になったので、花京院は僅かに身を屈めてケージの中を覗き込んだ。
「やあ、イギーも。フライトお疲れ様。大人しくケージの中で眠っているなんて、君もすっかり丸くなったな」
「こいつも歳だからな。恐ろしく長生きなやつだよ」
「ジュニア達は向こうに?」
「ああ、ジョースター夫人の邸宅に。今回こいつをを連れてきたのもあくまで同窓会の気分で、だからな。子供たちは連れては来なかった。懐かしい面子が揃うというのに、こいつだけ除け者と言うのも水臭い話だろう」
ケッ、と生意気そうに顔を背ける年老いたボストン・テリアに花京院は肩をすくめる。この図太い態度と同様、アヴドゥルがポケットから取り出したコーヒーガムへの臭覚も健在のようで、ぴく、と動いた鼻が早く寄越せと催促をしている。
全員が揃うのは九年ぶりくらいだろうか。空港を出てようやくケージから出されたイギーをチラリと眺め、ようやく花京院は感慨深さに目を細めた。向かう先は今この場に欠けている二人のメンバーがいる杜王グランドホテルだが、到着したら本当にようやく、あの旅の一年後に再集合して以来の光景が見られるのだろう。そうして実感する長い月日には寂寥の念もあるだろうか。駐車場にとめた車に乗り込みながら、喜びのような寂しさのような心地をフライングで抱きながらそう思う。
「なあ、花京院。緒都はどうだ?」
駐車場に到着後、当然のように助手席に乗り込んだポルナレフがそう問いかけると共に、花京院はシートベルトを締めてそちらに視線を向けた。
「それなりにやっているよ。最近は仗助くんもよく遊びに来てくれるみたいだしね」
「ジョースケ!例の隠し子か!なんだ、うまくやってんのか。そうかそうか、そりゃあよかった……いやー、ジョースターさんにガキがいただの、緒都がまた記憶障害を起こしただの、問題だらけで心配だったんだけどな。丸く収まったんならよかったぜ。いやホント、よかったなあ……」
ほろりと涙でも零しそうな心からの安堵の言葉に、バックミラーに映ったアヴドゥルが苦笑いをしている。ポルナレフが妹のように緒都を可愛がっていたことはよく知っているからこそ、今更気持ち悪いぞと突っ込む気にもならないが、この先に待っている彼の落胆を思うと多少なりとも同情の気持ちは湧いてくる。
顔を合わせた当初、緒都の人見知り発動でさりげなく承太郎を盾にされてばかりいたポルナレフが、極力怯えさせないようにと日本語の勉強を始めたことも傍で見て知っていた。外人あるあるな妙な言葉遣いに容赦なく突っ込みを入れてきたのは花京院であるのだから当然だ。ポルナレフと行動を共にすることの多かったアヴドゥルも流れで日本語を習得してはいたが、あそこまで一生懸命な距離の詰め方はポルナレフがダントツだろう。緒都との関係づくりに対するポルナレフの努力。その点は認めている。その間承太郎の舌打ちを聞く頻度が高かったのも今では良い思い出だ。
花京院は緩やかにアクセルを踏み出しながら、一旦場の空気を切り替える様に「イタリアの方はどうだった?」と真面目な問いを投げかけた。
「ああ……弓と矢の存在は間違いねえな。一本は回収できたんだが、パッショーネがあと何本所有しているのか。あそこはスタンド使いの比率が異様に高い。今から行く……モリ……モリオゥ?」
「杜王町」
「モリオウチョウ。そう、そこだ。そこもスタンド使いが馬鹿みてえに集まってんだろ?」
「ああ。事実、町には弓と矢があった。こちらも一本は回収したんだが、『彼女の話』ではもう一本存在している」
「回収の目途は立ってんのか」
「準備中だよ。下手をすると相当面倒な事態になる案件なんだ。キッチリ布陣を敷いたうえで挑む。……念のため、二人の力も借りたいんだが構わないだろうか。戦闘となるとどうしても、信頼できる相手が限られてしまって」
この杜王町でいわゆる味方として起用できる人材というのは、無いわけではないが、そのほとんどが学生である。同じく学生の頃に家出同然でエジプトまで旅立ったあげく諸悪の根源の吸血鬼と命がけの死闘をした身で言うのもなんだが、他に戦力があるにも関わらず、保護者の同意もなしに(同意があっても困るが)学生たちを殺人鬼との争いに巻き込むことはしたくない。かろうじて露伴はギリギリのOKライン。しかし他はほぼ論外である。学生の彼らは彼らなりにスタンド使い同士の危機的状況を潜り抜けてきているようだが、相手が爆弾魔の殺人鬼とわかった状態では話は別だ。仗助に関してだけは、想定外の事態における救護要因として待機という名の助力を頼む案が持ち上がってはいるが。
何はともあれ、戦闘経験と言う意味でも、学生を危険に晒さずとも済むだけの戦力がここにある。案の定二つ返事で了承をくれた二人に感謝を示し、高齢の一匹には同じく高齢の一人と非戦闘員の緒都と共に待機を頼むという旨を加えて伝えておく。後部座席のイギーはくちゃくちゃとガムを噛みながら知ったことかとそっぽを向いていた。ミラーに映った反応は昔から変わりない。
戦友を含んだラスボス捕獲作戦の細かな説明は承太郎と合流した後になるとして、その後しばらくは花京院や承太郎、緒都やジョセフの近況、ジョセフの隠し子である仗助についてと、いわゆる世間話が絶えず続いていった。町境を示す『杜王町』の看板を過ぎたころにはポルナレフとアヴドゥルのこの数年間の思い出話も始まって、やがては「花京院、俺はお前がきちんと免許を持って運転してることに感動してるぜ」と懐かしいエジプトの旅にまで話題が飛んでいく。「あの時と似たような位置関係だが、肘鉄は必要か?」と返した言葉には、当時額を撃ち抜かれたという扱いで不在だったアヴドゥルが「肘鉄?」とオウム返し。あの時は確か、アヴドゥルの介抱のためにと承太郎とジョセフと別れ、例の手帳にある通り花京院とポルナレフで別行動を取ったのだ。あの時対峙していたハングドマンの仕組みはわかっていたにも関わらず、うっかり敵の乗った車内でアヴドゥルの生存をほのめかす発言をしそうになったポルナレフに、花京院は口封じのための肘鉄をかました。なおも何で、と騒ごうとするポルナレフに仲間を失った悲しみだの何だのを涙ながらにアピールしてようやく彼も自分の失言未遂等を自覚したようだったが、あの後「マジの情緒不安定かと思ったぜ……」と零していたことは忘れてない。恨んではいないが忘れてはいない。死神戦で例の手帳がなければ同様の勘違いをかましてくれていたであろう点に関しては腹立たしく思っている。未遂でなければうっかり第二回の肘鉄が飛ぶところだった。
懐かしさと共にぶり返しそうになる憤りが運転に反映されてしまわぬよう、無言でそれを頭の隅に追いやるという冷静な感情処理を終えた花京院は、一息つくつもりで赤信号の中で周囲の景色に目を向ける。すっかり見慣れた街並みはそれなりに静かではあるが、あと一、二ヵ月もすればサマーシーズンを迎えて観光客で賑わうのだろう。
「……あれ」
六月の今現在、穏やかな人の往来の中に花京院は見知った姿を二つ見つけて声を漏らす。小さく零れただけのそれだったが、助手席に居たポルナレフにはしっかり届いていたらしい。何だと疑問に首を傾げ、ポルナレフも花京院の視線を追うように数メートル先の歩道に目を向ける。
何やら言い合っているように見えるのは、車内でも数度話題に上がった東方仗助と、岸辺露伴である。
あの二人が数回顔を合わせていることは知っているし、後にスタンド能力を互いに間見える機会があったと言うことも露伴からの申告で把握している。とはいえ親友になったわけでもなければ逆に険悪になったと言うわけでもない。なんとも微妙な関係性、と話を聞きながらに花京院はそう理解していた。その二人がいったい何を言い争っているのか、気にならないといったら嘘になるだろう。とはいえ今は連れが二人と一匹いる状況だ。ポルナレフにも何でもないと適当にはぐらかしてここはスルーさせてもらおう、と思ったのだが。
「……あ!?承太郎……じゃねえ!おい花京院!もしかしてジョースケか!?」
「うるさい。耳元でデカイ声を出すな」
「いや、だってよお!おい見ろよアヴドゥル、イギー!ありゃあ間違いなくジョースターの血筋だ、よく似てるぜ!アイサツしてくか!」
「叩くな!まったく、アヴドゥルさんの話じゃあ大分落ちついたんじゃなかったのか?あの頃と全く変わってないぞ、ポルナレフ!」
興奮気味のポルナレフが中々にうざったい。窓の外と運転席、後部座席を忙しなく見るポルナレフに思わず怒鳴り返したところで、自分自身の対応もまた己の吐きだした言葉に当てはまることに気がついてハッとする。ミラー越しに感じた視線に気まずいながらも目を向ければ、後部座席でアヴドゥルが「はっはっはっ」と愉快そうに笑ってこちらを見ていた。
ポルナレフも花京院も、懐かしさについ……というよりは、懐かしい面子の揃った環境につい、意識が若かりし頃へと引っ張られていたのだろう。こんなふうに声を荒げたのも乱暴な物言いをしたのも随分久しぶりだ。歩道でこちらに気づかぬままでいる年下の二人に顔を合わせる前に我に返れてよかったと、気恥かしさに溜息をついた。
そうこうしている間に青色に変わった信号を見上げ、うっかり後ろからクラクションを鳴らされる前にと少し慌てての発進。止めろ止めろと煩いポルナレフには一旦落ちつけという意味を込めて一発肘鉄を入れて(顔面ではない)、ハザードランプをつけた車体を歩道に寄せて停車した。
近づいてきた車の気配でようやくこちらに気付いた二人は、一瞬驚いた顔をして言い合いをぴたりと止める。
「花京院さん?……と、外人サン?」
「やあ、取り込み中に済まない。言い合っていたのが気になったのと、助手席の彼が君に挨拶したいってうるさくてね」
「は、はあ……?え、挨拶?」
「こちら、ジョースターさんの旧友のポルナレフとアヴドゥルとイギー。三人とも、こっちは知ってると思うけど例の東方仗助くんと、財団の方で何かとお世話になってる岸辺露伴くん」
窓を開けて双方へ簡単な紹介を口にしつつ、仗助の意識が車内に向いたところで、花京院はちらりと視線を露伴に向ける。何か厄介な揉め事か、という言外の問いかけは正しく受け取られたようで、露伴は肩をすくめて軽く首を振って見せた。どうやら揉め事は揉め事でも、あくまで些細な揉め事、の範囲らしい。とりあえず何かにつけて起こりやすいスタンド関連の問題ではないことに安堵していると、ポルナレフは車を降りてハイテンションのまま仗助に話しかけはじめた。しばし押され気味にどぎまぎしていた仗助も、『ジョースターさんの旧友』というのが『十年前の旅仲間』……すなわち『間接的にでも自分を死線から引き戻してくれた一人』と認識出来たようで、ハッとしたように真面目な顔になってすぐに綺麗に頭を下げて「その節はありがとうございました」と丁寧な感謝を口にした。これにはポルナレフも呆気に取られていたが、感謝の理由を理解できている花京院が簡単な説明を加えてやれば、遅れて車を降りたアヴドゥルと共に驚いた後、二人そろって仗助の礼儀正しさに感心を抱いた様子。この良い子感は確かに承太郎ともジョセフとも違った気質で、どこか新鮮にも映るだろう。何にせよ、初対面での好感度はお互いに良好のようだった。
その様子を少し遠目に眺めつつ、花京院は先の揉め事についてを問いかけようと、彼らから一歩離れて露伴の隣に並ぶ。と、当然のようにそれを受け入れた露伴が「クルセイダースですか」と落ちついた声で呟くものだから、花京院は内心ぎょっとしてから、耐えきれずに小さくため息を零した。
「……また君はそうやって、うちの職員を読んだことを悪びれもしない」
「共通の理解が済んでいる事柄なので、今更かなと」
「今更咎めもしないがね。……言っておくけど、そんな呼び方をしているのは財団職員くらいだ。うっかり彼らに言っても通じないとだけ伝えておこう」
「覚えておきます。ところで彼ら、僕の能力はご存じで?」
「その挑戦はやめましょう」
「死ななきゃ安いと思わないでもないんですよね。最悪仗助もいますし、どんな怪我をしたにしろ、体験はできても漫画は描けなくなる、なんて事態にはならないなと思うと。出来るものなら一回死んでみるっていうのも相当に貴重な体験なんですけど、そればっかりは保障がないんで」
「君、日々変な方向に成長していくよね」
ぺこりと簡単な挨拶だけをして一歩離れた場所から仗助たちを眺める露伴は、中々に大胆かつ物騒な発言を真面目にぶちかましている。「え、犬!?犬もスタンド使い!?」と懐かしいようなリアクションをする仗助を微笑ましく思う一方で、それすら読んで知っていた露伴の可愛げのなさを痛感せざるを得ない。
「というか、仗助くんが治してくれる保証はあるわけだ。案外仲良くやってるね。……で、仲のいい二人の揉め事はあくまで二人の内で収まるレベルだったのかな」
「それに関してはご心配なく。杉本鈴美の件で少し」
「その名前が出てくると、場合によっては内々には収まらないんだが」
「問題が起こったわけではないんです。どうやら、彼女に対する僕の態度が気に入らなかったようで。康一くんから聞いたんでしょうね」
さらりとそう言った露伴に花京院は一瞬目を見張る。「一人で会いに行ったんじゃなかったか?」とすぐに口にした疑問に、露伴はまず首をかしげ、それから今思い出したといった様子で「ああ」と頷いた後に、「彼からついてきたんですよ」と肩をすくめた。
「情けない話ですけど、例の小道を探していたときに僕の顔が少しこわばっていたようで。……まったく、これだから康一くんは。彼のそういうところが好きなんだ」
露伴の好き嫌いはともかく。
杉本鈴美。彼女の存在は、露伴にとっても、この町に起こっている大きな事件においても重要な存在だ。露伴にその名前を教えたのは花京院だ。といっても、あくまで緒都の語る内容にあった事実を語ったにすぎないのだが。その選択をした大きな要因は、予言に対する露伴の理解があったという点も大きかったのだが……最大の要因は、彼の独自調査が彼自身の身に危険を招く可能性の高さだ。事実、予言の中で彼は無自覚にも死を繰り返すことになっている。皮肉にもそこに彼のいう死の体験が存在しているわけだが、繰り返される爆死などありがたくもなんともないうえに、そもそもそんな状況にまで持っていくつもりはない。
とはいえ、情報のないまま野放しにされた露伴が予言とはずれた世界で別ルートから危険に突っ込む可能性はなきにしもあらず。個人的な事情を知った上で黙っておくという非誠実さなど、人の人生を堂々と盗み見る彼に対してはかすんで見える罪悪感だが、身の危険回避のため、となればそこには十分な説得力が生まれる。
そういうわけでこの町にいる殺人鬼の存在と、露伴たちを殺人鬼へと近づけるきっかけと、そこにある様々な事情については早々に花京院から伝達を済ませてある。
だからこそ、伝えた直後の露伴の動揺も知っているし、事実確認とけじめのために直接会いに行くと決めたその目も知っている。
そしてそんな露伴の何が仗助の正義感に障ったのかも、何となくは想像ができてしまった。
「さっさと忘れて成仏しろ、とかそんなところかな」
「正解です」
「でもそれ、仗助くんも突っかかってきたわけじゃないだろ?」
「あいつもアホなようでアホじゃないですからね。どういう意図かと聞いてきただけです」
「けど説明もできず?」
「関係ないね、で」
「オーケー、大体予想通りだ」
どちらにも非のない揉め事というのは何より厄介だ。だからこそ露伴もこうして素直に話しているのだろうし、気疲れした言い争いが中断させられたことに多少なりとも安堵している。
……つまり、こういうことだ。露伴側の主張としては恐らく、彼女があの小道で男を待ち続けることは無意味だから、さっさと未練を手放して立ち去れと……それが過去に己を生かしてくれた恩人に対するせめてもの心遣いだったと。というのも、杉本鈴美の望みの本質は、つきつめれば彼女の仇が『あの小道にやってくる』、すなわち『その魂を連れていく』こと。だが露伴はわかっているのだ。ここ一ヶ月近くの経験上、彼女の待つ男の処遇はあくまで生の中にあるものだと。
ひとつ、例えば片桐安十郎。ひとつ、例えば音石明。花京院たちがとらえた危険なスタンド使いは拘束の後、露伴の能力によって『スタンド能力を失う』という記述とともに極力を法の裁きのもとに引きずり出されている。
財団と言えど、いつまでも人を拘束し監視し続けるわけにもいかない。一般に対応できない超自然現象に立ち向かっているにしても、財団は独裁的な司法組織ではないのだ。私刑を下す権利は当然持ち合わせてなどいないし、権利の有無に関わらずに行使して、淀んだ膿を作るわけにもいかない。
――俺が裁く。
遠い昔、花京院が承太郎に突きつけられた宣告だ。あの発言は、意思は、行動は、簡単なようでいて決してそうではない。仮に一時の感情に突き動かされて行使できたとしても、その事実を抱えた生涯というものは決して軽くはない。その決断と決意の先にあるのはひどく重く痛い十字架だ。
ときに思うのだ。迎えた未来が今あるものではなく、あの手帳に綴られた未来なら。裁き、下した審判の先にあるのが深い傷と喪失であったとき、承太郎はどうなっていたのだろう、と。
だから、とは言わないけれど。
何はともあれ、露伴の能力の有用性はそうした形でいやというほどに示されている。吉良吉影についてもそうだ。露伴は恐らく、最終的な処遇に己が立ち会うことになることを理解して……というよりは、立ち会い決着をつけようとしている。そしてそれが杉本鈴美の望む形ではないことを理解してもいる。司法の名のもとに裁かれるべきであると正義感を振りかざしたいわけではないのだ。彼は彼の中にある失われた傷に決着をつけたい。けれどもそのために己の中に新たな膿を作るつもりもない。ただそれだけの、単純な話だ。だから謝罪もない、釈明もない。ただ、直球に諦めて楽になれとだけ告げた。言い訳を嫌う、彼のプライドの導いた結果だ。
対して仗助は、ただ露伴の真意を知りたがっただけだ。康一から聞いた、という点については当然だろう。町に潜む殺人鬼がいるというのだ。情報は共有されてしかるべきであるし、その点について思うことはない。そうなればその情報を得た経緯について語られるのも必然。そこにある、一見して『少女の願いを聞き入れずに突き放す冷たい発言』について無条件に憤らないあたり、むしろ仗助は冷静で良心的だ。だから恐らく、純粋に思ったのだ。なぜ露伴はそういうのだろうと。それは仗助が露伴に対して抱いていたあらかじめの印象も大きく関わっただろうが、それが功をなそうとなさざろうと、その疑問は解消されようがない。
何故なら露伴には話せないからだ。同様に話す気もないからだ。あらかじめ『知っている』ことについて。何より、彼のプライドは、己の行動に言い訳じみた発言を付加することを許容しない。
難儀なものだ。花京院はなんとも言えずにそう思う。
恐らく、何故、言う必要はない、の繰り返しにどこかで火がついてしまった。どんな形で、どんな方向へと言い争いが転んでいったのまでは知りはしないが、大まかな流れはそういうことだろう。
「じゃあ、僕は今のうちに帰ります。……ああ、そういえば」
「うん?」
「虹村形兆。猫と一緒でしたよ」
「……そうか」
「『引き合った』猫かまでは知りませんけど」
「いや、十分だよ。ありがとう」
「不良と猫という鉄板のシチュエーションをスケッチしたついでです」
とん、と肩から掛けた鞄を軽く叩き、露伴は徐々に話を盛り上げている仗助を一瞥して静かに一歩距離を置く。それからふと思い立ったように花京院を見て。
「大いなる流れってものでもあるんですかね」
素朴とも言える、しかし重たい問いを残して行く。
露伴は答えを求めている風ではなかったし、花京院もまた何らかの回答を探すこともしなかった。ただ、一礼して今度こそ立ち去る背を見送りながら、思う。何かを変えようと必死になったところで……結局物事は行き着く先へ、あるべき場所へ、形を変えてでも流れていこうとすると言うのなら。虚しいようでいて、それでも行きつく先が星の昇る空であるのならば、と。

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