▼我慢比べはしんどい


なんということでしょう。大変なことが発覚してしまいました。
机の上に置いた敵スタンドリストと、並べたタロットの数がどうしてもあわない。敵十五人もいるの多いわーと思っていた時期がありましたが、実際は十五以上。そういえば途中から片仮名オンリーだったスタンド名がなんとか神とかいうシリーズになったような気がしなくもない。つまりタロットになぞらえたあれこれが、何か別の神様になぞらえたものへと変化したということだ。しかし宗教学には明るくないので、記憶からすぐさまピンとくるようなものはない。困った、最低でもこのリストは完成させたかったのだが、早くも障害にぶち当たってしまった。タロットカードが記憶の想起に必要であったように、どこかの神様のリストもぜひとも明らかにしておきたいところだ。かろうじて思い出せるのがケブ……ゲブ……?何かそんな感じの名前の神様と、あとは某童話の犬を思い起こさせるおかげで印象に残っているトト神あたりか。アで始まる名前もあったような気がするが、どれも耳に馴染みのある名前ではない。少なくともゼウスだのハデスだのいう有名どころでないことは確かだ。
家の書斎を見てみたけれど、さすがに都合よくそういう類の本を置いてはいなかった。じゃあ携帯でぱぱっと検索をかけてみよう、なんて時代でもないので……そう、そうなのです、携帯すらないのです!おかげで脱携帯依存を強制されたのはいいことなのだが、いかんせん不便なのである。調べものなら紙媒体。家の書庫が駄目なら図書館。正直図書館通いなんてしたこともない人間だけれども、今回ばかりはあの場所の力が必要なのである。
なので、まず毎日の登下校に変わらず付き添ってくれる承太郎に図書館までの道のりを聞いてみた。意外と遠くはなかったので、後で改めて簡易地図でもお願いしてみようかと思う。ここまで登下校にお付き添い頂いている身であるが、図書館にこもるとなるとさすがにそこまで付き合ってもらう訳には行かないので。待たせていると思うと集中できないというのも本音だが。
しかし何よりの理由は、図書館でやりたいこと自体が、あまり人目のある場所で行うべきものではないということだ。承太郎には特に。何しろ彼を取り巻く物語の想起であるのだから。
ここからは今まで以上に慎重になる必要がある。適当な紙に雑に書いて適当に管理するというのも不安なところ。未来を見られるのは云々と言うよりも、そんな未来が訪れないにも関わらず一生懸命に道筋を書き起こした場合の、妄想乙ないたたまれなさを回避したい一心である。保身、否めない。それが人間だもの。
というわけで、図書館への道を教えてもらった帰り道には文房具店にもちらりと寄って頂くことにした。それ用のノート購入のためだ。考えた結果、通学鞄の中に授業用ノートと紛れて入れておくのが一番安全だろうという結論に達したので。万一お部屋の掃除に他者の手が入っても、学生鞄の中までは手は伸びない。あとは提出物とうっかり紛れさせるミスだけ絶対に阻止すれば。……考えただけでそれは怖いので、鞄の中は鞄の中でも、ジッパー付き内ポケットの中にしようと思う。
しかし登下校に付き添う心配性な兄が相手だ。いざ図書館通いの提案をしてみたところ、それ自体に反対こそしなかったが、「迎えに行くから終わったら連絡しろ」とまさかのお迎え宣言をされてしまった。それはさすがに悪い。申し訳なさすぎる。えっ、でも、とわたわたと対応に困ったのだが、しかし「あ」とそれ以前の問題にひとつ気が付いて、また少々のいたたまれなさに襲われた。怪訝そうな承太郎にここまで晒して黙るわけにもいかないので、「家の電話番号がわかりません」と素直に答えて、一瞬の沈黙がやはり気まずい。
そうこうしている間に文房具店へ到着。番号云々の件もうやむやのまま、顎で促されてノートを選びに行ったら、承太郎はいつの間にか小さな手帳を片手に会計近くで緒都を待っていた。どうやらまとめて買ってくれるらしい。差し出してくる手に「ありがとう」とノートを一冊託した後、会計を終えた手帳とノートの入った袋をぶら下げた承太郎と共に店を出る。
「……ん」
「ん?」
「持ち歩け。うちの番号と、住所」
「……えっ、あ、その手帳ってそういう」
「図書館、終わったら電話しろ」
「……わ、かった」
イッケメーン!と叫びたい気持ちを心のうちに留めた理性は強固。店を出るや否や手帳を開封して一ページ目に何やら書き出した承太郎の、その行動の意図をすべて理解して緒都の胸がほんわか暖かくなった。図書館帰りの連絡用、というのもあるが、つまるところ迷子対策である。そりゃあ突発的に起こった記憶障害ということになっているわけだから、またいつ何時同じことが起きるかもわからない。一人で帰したくないのは分かる。心配なのは当然だ。
受け取った手帳の一ページ目。たった今承太郎が書きこんだ家の電話番号と住所。と、『空条緒都』という名前。それを眺めながらすっかり立ち止まってしまっていた緒都に何事もなかったかのように「いくぞ」と声掛けをする承太郎の男前度、プライスレス。
この手帳は心の内で空条ノートと名付けよう、と思ってやっぱりやめた。承太郎ノートも捨てがたいけれど、名前なんかつけてうっかり口にでも出したら恥ずかしすぎると早い段階で我に返ったので。ともかく手帳は手帳だ。あえて差別化を図るのなら承太郎に買ってもらった手帳、だ。帰ったら、これまでに得られた『自分』が知るはずの情報を書き留めなければ。前々から忘れないようにと別所に乱雑にメモしてあったものをまとめるいい機会だ。誰をどう呼ぶ、なんてものは特に、忘れると気まずい情報の筆頭グループであるから、持ち歩くものにこそまとめておくべきだろう。
「で、図書館でわざわざ何すんだ」
「調べもの。あと、勉強」
「そうか」
優しさと気遣いと、日ごろの感謝をこめて、万一の時役立てるよう頑張ります。何をどうすべきかはまだやっぱり決まってなんかいないけれども、それを考えるための基盤の準備に努力は怠りません。
胸の内にそう誓いを立てて、めでたく緒都の図書館通いは始まった。もちろん、その傍らでもっと日常的な面での恩返しも欠かさない。恒例の晩御飯の手伝い、家事をもろもろ。空条家の味も少しずつ覚えてきたといくらか自信を持って言える。ホリィの指示に従った分量の味噌汁はある程度パターンを掴んできたし、順調に花嫁修業を積んでいる女子の気分だ。空条家のお嫁に入る準備は万端である。元から空条だけれども。
こうして女子力を高められるほどにやることが無いってすごい。否、正しくは無駄に怠惰な時間を過ごす手段が少ない、だろうか。暇があれば携帯を開いてゲームやネットサーフィンをしていたものだが、若者の必需品である電子機器がないだけでこうも違うとは。テレビゲームは、ドット絵中心のシステムにさほどそそられないし。それに加えて近日付け加えられた図書館通いの日課。なんて健全な学生生活。兄が不良なポジションなだけあって、反面教師な印象が目立つところだ。
「あっ緒都ちゃん、じゃがいも切っておいてもらえる?」
「はあい」
「この間大きいの貰っちゃったの!ずっしり重たいんだから」
「ご近所の人?」
「そ!ご近所づきあいって大事なんですからね?緒都ちゃんも少しずつ人見知りは直して行かないとねー」
「……うーん」
いや、言うほど深刻な人見知りではないけどね?と突っ込む気持ちを内にしまって、言われた通り戸棚から取り出したじゃがいもを流しへ。今日は肉じゃがを作るらしい。泥を簡単に水洗いして、ピーラーで皮をむき、包丁のあごで芽をくりぬく。ぼこぼこと穴のあいたじゃがいもをまな板の上に並べたら再び包丁を握って、緒都は大きめに切り分けるべく刃を宛がった。その時だ。
「貞夫さんを先にって考えるとなかなか難しいけど、おじいちゃ」
「……ん?」
すとん、と切り込んだ刃がまな板にうち当たる。と同時に、隣で話していたホリィが不自然に言葉を切り、静かに唸っていたはずの冷蔵庫やコンロの音がぴたりと止んで静寂がやってきた。恐る恐る隣を見上げるが、そこには『人』が完全に静止している。
時間が止まっている。この経験はもはやゼロではないけれど、誰かといる場面で、同じ人間が停止しているのを見るのは初めてだ。景色、機械、自然現象を見るだけとは違う。本当に止まっている。本当に、緒都は今、世界に取り残されている。
「……んとはいつか」
「……」
そして再び動き出して間もなく、またしても静止する世界。砂漠の吸血鬼殿は連続発動記録にでも挑戦しているのだろうか。
これまで足りていなかった現象に対する実感と、この状況への正しい対処方法の検索で手いっぱいな緒都の思考は停止中だ。最初の一刀から引き抜いた包丁をそのまま動かせない。
「会ってはな」
「……」
「せたらい」
「……」
「いわね。もちろん」
「……」
「無理のないは」
「……」
「んいだし、まだ」
「……」
「『いつか』の話だけど」
「……」
怖すぎか!!!
舐めていた。いつだったか、「読み込みの遅い動画でも見ている気分」なんてこの状況を想像したことはあるけれど、いざそこに身を置いた今、そう単純な気分ではいられない。何が動画だ。画面上と、己を取り巻く周囲のすべてでは全くもって感覚が異なる。
もうホントどうしよう。持ち上げた包丁をそのままに硬直して、静寂の世界で冷や汗を流す。隣のホリィはこちらを向いたままだろう。少し前に逃げる様に俯いてから、視線は手元の真っ二つのじゃがいもから外せない。だって、だっていつ止まっていつ動き出すかもわからない状況だ。ここで緒都が動けば彼女の目には突如瞬間移動が起きたかのように映りかねない。
「……あっ、でも承た」
「……」
だから!こわい!さすがに現状への困惑で涙目になってきた。今まな板の上にあるものが玉ねぎなら言い訳も効くものを、残念ながらじゃがいもを切っても涙を誘発する成分は出てこない。
「……緒都ちゃん?」
ほら見ろ不審がられた。いや、しかしひとまずあの時止めラッシュは一時収まったかもしれない今が逃亡のチャンスだ。気は張ったままであるけれど、緒都は一旦包丁を置いて上げきれない視線でこっそりとホリィの動向をさぐる。世界が動いているか止まっているか、ひとまずは冷蔵庫やコンロの音を基準にしよう。あれが止んだらすぐさま口を閉じる。そうして部屋まで避難できればどうにかこの場は乗り切れるだろう。
「あの、ちょっと」
「?」
「ちょっと、あの、へやに」
「部屋?」
「……手伝い今日はできない、です……ちょ、ちょっとごめんなさい!」
あかんテンパった。涙目で顔をあげられないものだから、平静を装うというのがまず無理な話。完全なる逃亡だが仕方がない。逃げるなら今しかないのだ。下手に会話をしている最中に止まる方が対応の難易度が高くなる。
「緒都ちゃん!?」
心配をかける逃げ方だということはわかっているし、点数をつけるなら堂々の赤点だった自覚もある。しかし余裕がない。ともかく今は人のいない空間でじっとしていたいのだ。一歩譲って人がいたとしても、誰も動かない黙った空間がいい。少なくとも作業を求められるキッチンはその条件に当てはまらない。
そうして逃げ込んだのはやはり無難な自室だった。ここなら人もいない、電子機器の類いもない。時計の秒針の音がゆるやかに時の静止を教えてくれる。緒都は後ろ手に扉を閉めてひとつ深呼吸をしたあと、震えていた手で目尻の涙をぬぐった。オーケーオーケー、クールダウンだ。落ち着こうじゃあないか。
秒針の音は今のところ一定。件の吸血鬼もさすがにスタミナ切れなのかもしれない。それならそれでいい。このまま何事もなければ……と考えたところで、また一瞬秒針のリズムが狂う。やめ、やめい!せっかく落ち着きかけていたところに追い討ちを、
「緒都?」
承太郎、おまえもか!
たぶん恐らく、DIOのザ・ワールドはスタミナ切れ中の、小休止を挟みながら連続記録への挑戦中だ。止まる時間はもはや一瞬に近く休止間隔も広いけれど、それでも連続的に止まるのは止まる。
「開けるぞ」
開けるな!
とは言えず、緒都は扉から後退り壁に背中を押し当てて、もうこれしかないとその場に座りこんだ。目を閉じ耳を塞ぎ、私はなにも見てません聞いてません宣言だ。今からしばらく外界の刺激は!無視するから!タイムラグなんて無反応でいれば関係ないから!ともかく何にもリアクションを起こさなければ、こちらの方が間とばしの断絶ラジオ放送にならずに済むはずなのだ。
しかしやはりそれで全問題が解決するわけではない。「……緒都!?」と焦燥する兄の声。これが目下の大問題である。
そりゃあ扉を開けた先で妹が座り込んで耳を塞いで俯いてたら驚きもするだろう。手のひらで音を遮断したつもりでも、所詮は気休めに過ぎない。驚く承太郎の声は聞こえてしまったし、駆け寄ってくる地面の震動はしっかりと伝わってくる。しかも足音は二人分。おそらくホリィもここにいるのだろう。というかそもそもなぜ承太郎が来たのか。いやまあ、十中八九心配したホリィの声とちょっとした騒ぎの気配に気づいて顔を出した、というところだろうけれど。これは申し訳ない。申し訳ないがカイロの誰かさんとの我慢比べが終わるまでもう少し待ってもらうほかないのも事実だ。
だからどうか顔をあげさせようとしないで、耳をふさいだ手を外そうなんてしないでくださいますか。何をされても見ざる言わざる聞かざるを貫く所存でありますゆえ、とつい拒むように身を縮めてから内心でハッとする。それもリアクションのひとつだ。いかんいかん、次こそ完全なるノーリアクションを貫き通そう。緒都自身の音ならば世界が止まろうが止まるまいが変わらず在り続けているので、意識して聞くのは手のひらの血流の音にでもしておくのが良いかもしれない。なんという孤独。安心しろ、安心しろよ、と言わんばかりに緒都を抱き寄せ背中をさする承太郎なんて知らぬ。今DIOと間接的にタイマン張ってるところだから、あと少し待ってほしい。たぶんもう少しであっちが粘り負けする。
それにしても砂漠の彼のこの試みは実際のところ何なんだろう。実験か検証か練習か。ストーリー的に、一瞬の間を置くだけで連続して時間を止め続ける、なんて芸当はできなかったはずだけれども。できていたら主人公御一行は瞬殺である。
何なんだろう、あれかな、ゲームシステムでありがちな、時間回復なMPをどの段階で使うかによって……的なやつだろうか。こう……ドカンと一発かなまっちょろいのを連発か、みたいな。今回は後者の練習か、配分の具合の調整か、はたまたやっぱり限界への挑戦か。
心のなかでうんうん唸って、よしよしと撫でる兄の手のされるがままでいることどれだけか。そう言えば、背中を上下に往復する兄の手が不自然に止まる気配はなくなっている。寄りかかった体で感じる小さな鼓動も、肺の緩やかな伸縮も規則的。状況の確認のために恐る恐る目を開いて、耳を塞いでいた手を離す。途端によしよしの手がぴたりと止まるから一瞬『謀ったな!』とも思ったが、どうやら単に殻にこもる状態から戻ってきた妹に気づいて兄が手を止めただけだったようだ。しばらく俯いたまま耳を済まして、秒針の音の規則性を確認。あ、これ勝った。我慢比べの勝利を確信してようやく、緒都は強ばっていた体の力を抜いて、そっと深い息を吐いた。持続的な殻にこもるで腹筋には思いの外負担がかかっていたようで、吐き出した息は情けなく震えている。
「緒都」
おっと忘れていた。まだ平和を取り戻したわけではない。頭上からの声の穏やかさには、大丈夫怖くない怖くない、と興奮状態の獣に語りかける対応と似たものを感じる。なんだろうか、このちょっぴり虚しい気持ち。腫れ物扱い、というよりは、頭のネジが数本足りない人に対する、なるべく刺激しないようにしましょうね、な心遣いを感じてしまうためだろうか。つらい。自分の行動のあれそれが奇行にうつる自覚はあるけれどもつらい。おかげで僕の考えたお兄ちゃんの冒険物語ノートが見つかったときの反応が予想できすぎてしまう。なんという恐怖。何がなんでもあのノートは死守しよう。空条緒都、決意を新たに情報管理に努めます。
いや、しかし今の問題はそこではないのだ。見上げるのは大変恐ろしいけれども、いつまでも俯いたままでいるわけにはいかない。いっそこのままブラックアウトといけば一時的な逃避は叶うが、あいにく望んで失神できますなんて特技はない。自己PRの特技欄は後回しにして苦し紛れに何かを書き込むタイプである。自信をもって言える特技なんてない。
「緒都、聞こえてるか」
ウワアア、その髪の毛かきあげて耳にかけてあげる撫ではやめ、やめい!この状況どう処理しようのフロム恐怖なドキドキがフロム乙女思考の脳内ピンク色なドキドキになってしまうではないか。それは望んでない。望んでないんですよお兄ちゃん。
しかしまあ、そんな気持ちは到底伝わりやしないとしても、ザ・ワールドな怪奇現象にびびった冷や汗と、そのせいで微妙に肌に張り付いていた髪が恥ずかしい。それに改めて思うのだけれども、そもそもこの現象を起こした本人には全く悪気がないという事実がまた腹立たしい。ヤツにとっては歩いてたらうっかり蟻を踏み潰したけどそんな事実にさえ気づかなかったぜ、な状況にすぎないのだ。時差七時間ほどの遠方にいるたった一人の些細な行動の余波に一人あわてふためいて混乱してこの様である。あっ情けなすぎて涙出てきた。




「うまく説明できない」「自分でもよくわからない」「すごく怖くなって」ととりあえずの事実を必死に伝えたところ、ひとまず事態は『不安発作かな?』という形で落ち着いた。断片的な情報の提出でどうにかこうにか周囲が結論を出してくれるので、緒都としては感謝するばかりだ。もちろん罪悪感はある。が、この罪悪感という感覚、なんだかあらゆる行動に付きまとうものだから、もはやテンプレ化してきている気もする。なんて不健康な精神状態。いやしかし、今回についてはホリィまで「私が急ぎすぎちゃったのね、ごめんね緒都ちゃん」と大変な罪悪感を感じてしまったらしいので、むしろその事に多大な罪悪感を……ああ、罪悪感がゲシュタルト崩壊を起こそうとしている。
ちなみにそれに関しては 「手伝いの途中で急に調子が悪くなったから、立ってることに必死でほとんど話は聞いてなかった」ということを、さっぱり意味がわからないという風体で主張してしっかり否定しておいた。ホリィの言う急ぎすぎた、は恐らく「おじいちゃんにも会わせたい」というような会話を指しているのだと思うので。確かにそれは心の準備が必要なものではあるが、意識しただけで気分が悪くなるなんてことはない。そもそも気分が悪くなったわけではないし。今回は完全にタイミングが悪かった。悪者をあげるならば、エジプトの方面を指差すほかないだろう。
そう、ところでその悪者について。緒都は今回の取り乱し事件を反省して、ひとつ心に決めたことがある。思い立ったが吉日、ということで、一人きりの部屋で手帳を取り出して表紙をめくる。一ページ目、迷子対策。二ページ目にはもう必要情報が複数書き込まれている。『空条承太郎、兄、「承太郎」』『空条ホリィ、母、「ママ」』『空条貞夫、父、「パパ」』『ジョセフ・ジョースター、祖父』『スージーQ、祖母』。簡単な家族構成と呼び方のメモだ。祖父母に関してはまだ呼び方がわからないけれど、判明次第追記していくつもりでいる。
緒都はそれらの情報をのせた罫線のページからパラパラとページをめくり、方眼紙のエリアになったところでペンを握った。今日の日付を書いてから、例の騒ぎが起こった時間帯を『六時ごろ』と曖昧に書き込んで、次いで『??』と疑問符を書き込んでおく。一応時間が止まった長さと、次に時間が止まるまでのインターバルの長さをメモしておきたいのだが、今日は全く計測なんぞできやしなかったので、その分の記録はなしだ。しかし次以降はしっかり数えて記録していくつもりでいる。とはいえ瞬間的なあの短さはさすがに細かく認識できないだろうから、一秒以下は総じてゼロという扱いにしようか。ストップウォッチでもあるのならとは思うが、秒針の止まる世界でストップウォッチなんて無意味でしかないので、正確さに欠けようとも体感感覚で記録するしかないのである。
こうしてザ・ワールドの実力計測をしてみるというのは、打倒DIOというより、『時が止まったときにこそやること』を作ることで緒都自身の精神の安定をはかる目的が大きい。止まった世界の訪れは殻にこもるの合図、ではなく、油断しきって能力をひけらかしているナルシストさんの能力解析のチャンスなのだ。いつ来るかと怯えるよりも、いつでも来いと待ち構えていた方がずっといい。

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