シルビア

 綺麗に整えられた黒髪。器用に動く長い手足。ポスターで見た、サーカスのスターが艶やかに微笑む。ときめきそうになるのは、きっと禁欲的すぎる冒険生活のせいだ。
 鍛冶のため、ずっとキャンプが続いてたけれど、ベロニカとロウじいさまの説得により久しぶりに宿へ泊まることになった。
 部屋割りはどうするのか考えていた時期もすぎ、最近は悩むことなく勇者とカミュ、ベロニカとセーニャ、マルティナとロウじいさま、私とシルビアだ。最後はどう見ても余り物同士。しかし文句はない。騎士道精神を持つシルビアが婦女暴行をはたらくわけがないし、仲間のことは等しく信頼している。
 ただ、私自身を信頼できない。
 シルビアは美しい。色っぽいし、淑やかだし、華やかだし、明るいし、さらに強い。私の理想だ。うっかり手を出してしまったらどうしよう。


「なまえちゃん、どうしたの?」


 ベッドに腰掛けて剣を研いていたら、キレイな顔がのぞき込んできた。風呂上がりの彼の前髪から雫が落ちた。
 こみ上げる熱をおさえこみ、ぎこちなく笑う。なんでもない。元々笑顔が下手だから、普段通りのはずだ。
 シルビアは少し考えたあと、隣に腰掛けた。石鹸とは違う甘い、花のような匂いがした。


「ねえ、なまえちゃんのこと教えて?」

「私のことを?」

「ベロニカちゃんとセーニャちゃんと同じラムダ出身なのよね。どうして二人を追いかけてきたの?」

「……二人を守りたかったから。私が二人の盾となり剣となりたかった。そのために幼い頃から剣術と槍術と体術を学んで、鍛錬を積んだよ。魔法はからっきしだったけど、マメだらけの手を見て、これなら二人を守ることができると自信をもった。
まさか置いていかれた挙句、ベロニカがあんな姿になるとはな」


 一言二言喋った途端、とまらなくなった。大人であったベロニカの姿を思い出す。明るく振舞っているが、本音はわからない。剣を握った手に力がこもる。


「正直、落ち込んでいるよ」


 悔しかった。ベロニカとセーニャを守れなかったことが、置いてかれたことが、ひたすらに悔しい。力不足を痛感したし、信頼されていないのだと悲しかった。


「なまえちゃん……、」

「喋りすぎたな。すまない、そんな顔をさせるつもりではなかった。私も風呂に入るよ」


 剣をさやに収めて、立ち上がった。シルビアに笑いかける。今度は上手に笑えた。反対にシルビアは笑うことなく、真剣な顔で私を見上げた。


「あのね、ベロニカちゃんもセーニャちゃんもなまえちゃんを守りたかったんだと思うの」

「え……?」

「だから、」

「なまえ! ここ、大浴場があるらしいわよ! 一緒にお風呂入りましょ!」

「なまえさま! この近くでスイーツの食べ放題をやってるそうなので、一緒にいきましょう!」


 どんどん、とドアを叩きながら、元気な声を響かせるのは、噂の二人。返事をする間もなくドアを開け、ひょこりと顔を覗かせた二人は、別れる前とおなじ太陽のような笑顔をたたえている。再会したときは困った顔をしていたのが、嘘のようだ。


「あ、あぁ、すぐに行く」

「待ってるわね」

「お待ちしています」


 ベロニカが顔を引っ込め、セーニャも遅れて引っ込んだ。嵐のような二人にまた置いていかれるわけにはいかない。急いで身支度をしながら、はたと気づく。ベッドに腰掛けたままのシルビアに振り返った。


「そういえば、なにを言いかけてたんだ?」

「……だから落ち込まないで、って言おうと思ったの。でも、ダメね。なまえちゃんを笑顔にするのはベロニカちゃんとセーニャちゃんの方がずっと上手だわ」

「そんな、気にしなくていい。シルビア、愚痴の相手になってくれてありがとう。君に甘えたあとだから、きっと私はまた笑えている」

「ふふふ、嬉しいことを言ってくれるじゃない。ほら、早く行った方がいいわ。お姫様たちが待ってるわよ」

「ああ、行ってくる」


 ひらひらと手を振るシルビアに小さく会釈をして、部屋を出た。



(なまえさま、シルビアさまのどこが好きなんですか?)
(ええ?! え、なんで!?)
(バレバレよ。シルビアさんのハッスルダンスで全快するのアンタだけだもの)
(マジか)


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