豊臣軍 ※豊臣生存IF
※本編40話前後でIF。
秀吉と半兵衛が生きている世界軸にやってきてしまった話です。
大谷への愛を説くとき、鶴や市と談笑するとき、猿飛に叱られているとき、石田を落とし穴にはめたとき、どんなときもジョセフィーヌは見た目に喜怒哀楽があらわれない。鉄仮面とでもいうのか。長い前髪と首に巻いた布で目元と口元を見えづらくさせているのもあるが、淡々とした口調や、身振り手振りのなさが、まるで無感情の人形のように見えた。鼻血を出さなければ誰かが糸で操っているのではないかと、疑ってしまいそうなほど、だ。共犯者として繰り返しの記憶を残すことになった島からすれば、ジョセフィーヌは人に満たぬ存在だった。
あるとき、移動した先の時間軸が酷く狂った。
石田が敬愛を通り越して、心酔する豊臣が生きている軸。
島によって連れてこられたジョセフィーヌは遠くから豊臣を見て、すぐさま背を向けた。
だが、挙動不審な姿は逆に目立ち、目敏い竹中の視線に捉えられた。島の後ろに隠れるように立つジョセフィーヌと一瞬目をあわせ、ゆっくりと微笑む。冷ややかな目に似合わぬ穏やかな声は、島とジョセフィーヌの背筋を凍らせる。
「左近君、だったね。彼女は君が連れてきたのかい?」
「あ! えーっと、あのですねー、これには山より高く、海よりふかーい理由が」
「いらない問答をするつもりはない。彼女をこちらに」
「……シマサさんの友人をしております、ジョセフィーヌと申します」
問答を遮り、ジョセフィーヌは簡潔な自己紹介をした。淡々とした口調は作業的でありながら、深々と丁寧にお辞儀をするちぐはぐした挨拶に、竹中は目を細める。その中に嫌悪感を見つけた島は、慌てて前に出た。
「勝手にダチ連れ込んですいませんっ! すぐに向こう連れてくんで! ほら、ジョセちゃん!!」
「なんの騒ぎだ?」
ジョセフィーヌの背中を押す島は、げ、と思わず失礼な声を出した。振り向いた先に佇んでいたのは、島が敬愛する石田が盲愛する豊臣だ。突然大地に山がそそり立つ錯覚を覚える。そんな迫力のある男に、まだまだ下っ端である島が直接目通りしたのはこれで二回目。石田が島を紹介したときが最初である。普段は遠目に見る程度であるからか、改めて対峙した途端身体がすくんだ。まるで無理やり地面に押さえつけられているような圧迫感。
だが、豊臣が見ていたのは島ではなく、ジョセフィーヌだった。
対してジョセフィーヌも豊臣を見上げたまま、硬直している。
ただならぬ雰囲気に、真っ先に動いたのは竹中だ。普段と変わらない声色で、豊臣に語りかける。
「すまない、秀吉。この、うろんな者は左近くんが連れ込んだ友人らしい。僕から叱っておくよ」
「すいませんっした!」
「……だが、」
「初めまして、ジョセフィーヌと申します」
「……」
「そういうことだ。左近くん、話はあとでゆっくりね。秀吉、行こう」
まだ納得いかない様子の豊臣を連れていった竹中の背中を見送り、島は急に力が抜けてその場にへたりこんだ。危なかった。長いため息をついたあと、はたと今の世界なら豊臣と竹中を守りきれば石田を復讐の悪鬼にせず済むんじゃないと気づく。
「ジョセちゃん、あのさ!」
「ころしてください」
「え」
「いますぐ、わたしをころしてください」
青ざめた顔。凍てついた表情でありながら、切迫した態度に、泣いてしまいそうだと島は思った。島の裾を握りしめ、ジョセフィーヌは繰り返す。
「おねがいします。首を絞めてくださっても、喉笛を掻っ切っても構いません」
やだよ。
声が震える。首を振るも、ジョセフィーヌは引かない。
そこに足音もなくやってきたのは、ふわふわと浮く御輿に乗った大谷だ。
「左近が女を連れ込んだと聞いたが、想像以上の拗れよなぁ」
「大谷さん、」
「……左近、ぬしは身だけでなく口も軽すぎる」
「いや、俺が言ったんじゃ」
「私が崇拝し、敬愛しているのは大谷さんだけです」
突然の告白。からかおうとしていた大谷は、開いた口をそのままに、かたまる。熱烈な愛の告白だけならば見慣れたものだったが、いつもの淡々とした姿はどこへやら。己の胸ぐらを握りしめ、今にも崩れ落ちそうになりながらも、感情を顕にする。
「この想いは、この足が抱えるもの。私の心は私だけのもの。この魂は大谷さんに向ける愛しか知らないのに、なぜ、こんなにもどかしいの……秀吉さま……」
無意識に唇から零れるのは、ジョセフィーヌが借りた身体が慕う名前。
熱情も、愛情も、扇情も、すべて大谷に向けていた。だというのに、豊臣と対峙した瞬間、愛おしさがこみあげた。心が、感情が、制御できない。自分以外の感情に無理やり押し流される。胸で渦巻くのは、誰への情か。気持ちの悪い感覚に、ジョセフィーヌは嗚咽をこぼした。
「大谷さんが好きです」
「……なにを、とつぜん」
「大谷さんを慕い、敬い、愛し、恋することが私の存在意義。大谷さん以外を愛す私なんて、いらない」
なんて、滑稽。
すでにその愛も恋も呪いによって捻じ曲げられたもの。
女にかかっている呪いを知っている唯一の男は、女の呪いが真になればいいと願っている自分を見て見ぬふりした。