■6
「…未だに、」
「は、い?」
「自分の誕生日に女と過ごすなど、不思議でならない。」
「え?」
「だがこれはこれで悪くない。」
リヴァイさんに体を引っ張られ、座っていたソファにゴロン、と横になった。
「『女と過ごす』って…?」
「あ?あぁ…、生まれてこの方、自分の誕生日に『恋人』と呼ばれるような存在と過ごしたことなどない。」
ソファに体を横たえ、私の髪の毛を梳くように弄り始めたリヴァイさん。
「で、でも、」
「俺の誕生日を祝いてぇのか、『クリスマス』ってものを『恋人』と過ごしたいだけなのかわからんような奴らと一緒に過ごさなくとも何ら支障はない。」
だからその時期に恋人は作らなかったしいたとしても理由をつけて一緒にいなかった、とリヴァイさんは淡々と語った。
「け、けど、」
「あ?」
「…そんなこと、したら、怒る人、いたんじゃ…?」
「だから長続きしねぇんだろうな。…あぁ、違うな。」
「え?」
「長続き『しなかった』んだろうな。」
リヴァイさんは微妙に自分の言葉を訂正した後で、私の髪の匂いを嗅ぐかのように、頭部に鼻をくっつけてきた。
「…そういやこういうのも今まで経験ねぇな。」
「な、何が、です?」
「自分と同じシャンプーの匂いさせてる女とこうしてることだ。」
でもこの匂いお前には合わねぇかもな、と言いながら、私の頭部に鼻をつけているリヴァイさん。
「…………」
「……なんだ?意外か?」
「え?い、がい、と、言う、か…。」
だってリヴァイさんは私よりずっと年上で、昨日、やってきた人だけじゃなく、きっと他にも、元カノさん…、いたわけで。
さすがにそれは、と思うわけで…。
「お前も知ってる通り、」
「はい?」
リヴァイさんが少し、体を起こしながら言った。
「俺は自他共に認める綺麗好きだ。」
「は、あ…?」
リヴァイさんは既に、「綺麗好き」と言う括りから飛び出てると思う…。
なんて思いながら、リヴァイさんの言葉の続きを待った。
「その俺が安易に自分の家に他人を入れると思うか?」
「え…?」
チラッ、と、私を見ながら言うリヴァイさん。
「この家に入った女は4人。」
「…」
「昨日来た女と、イザベルとミカサ。それからお前だ、フィーナ。」
リヴァイさんはそう言いながら、スーっ、と、指先で私の前髪を退かすように動かした。
「う、うそ、」
「あ゛?」
「だ、だってリヴァイさんは、」
「だっても糞もねぇ、事実だ。…そもそもにして昔っから、安易に他人に家を教えるなどということしていない。家教えて我が物顔で居座られても迷惑だ。」
「迷惑、って、」
「ついでに言っておくと、」
そこまで言いながら、リヴァイさんは起き上がった。
「このソファはお前とつきあい始めた頃、新しく買い換えた奴で、あっちのベッドで寝た女は2人。お前と、この間何故か3人で寝るハメになったミカサだけだ。」
あっち、とベッドを指さしながら言うリヴァイさんに、驚きが、隠せなかった。
だって、この言い方…、
「き、づいて、たん、です、か…?」
「なんのことだ?」
私が、…そのこと気にしてた、って、気づいていた、ってことだ…。
リヴァイさんは何事もなかったように、朝食に手を伸ばし始めた。
…変だ、って、思ってた。
いきなりリヴァイさんがこんなこと話し出すなんて…。
普段じゃ絶対、考えられない会話だし…。
リヴァイさんは、気づいていて、あえて、口にした。
そこまで思考が行き着いたら、なんだかすごく、自分が幼いことしてるんじゃないか、って…。
急に居た堪れなくなった。
「おい。」
「…」
「お前ペナルティはどうした?」
「え?」
自分の行動を恥じていたら、またぐぃ、っと腕を引かれ、リヴァイさんの足の上に座らされた。
「…」
その行為に顔をあげていられず、リヴァイさんから顔を逸らしながら俯いた。
「俺が自分の誕生日にこうして過ごすような女はお前が初めてだ。」
「…」
「だからもうそんな顔するな。」
リヴァイさんは、困ったような顔をしながら私の頬に触れてきた。
その姿を見たら、
「…」
なんだか泣きそうになって、思わずリヴァイさんの首に抱きついた。
「あぁ、やっと甘えてきたか。」
「ぇ?」
首に抱きついてることで、どこかくぐもった声で返事をした。
「俺の『サンタさん』は甘えベタで困る。」
「え、」
「…なんだ?甘え上手だとでも思っていたのか?」
思わず顔を起こしてリヴァイさんを見ると、信じられないものを見るような顔で見ていた…。
「そ、んな、こと、は、」
「だろうな。あぁ、そうだ。来年のクリスマスは『サンタさん』がもっと甘えてくるように頼むか。」
「…らいねん?」
「あ゛?お前来年は俺といねぇ気じゃねぇだろうな?」
リヴァイさんの言葉に、咄嗟に首を横に振った。
「…」
それにどこか、満足そうな顔をして、リヴァイさんは私の目尻にキスをした。
「私も、プレゼント、みたいんです、が、」
「あぁ、そうだな。」
どこか気恥ずかしいような、そんな心を隠すかのように言葉にしたら、よっ、と小さく声をあげ私を抱き上げてリヴァイさんは立ち上がった。
そしてそのままベッドに腰を下ろした。
……………もしかして今日本当に「50センチ以上離れない」っていうのを実行する気なんだろうか…。
まさかまさか、と思いながら昨日サイドボードに置いたプレゼントに手を伸ばした(リヴァイさんの足の上に座りながら…)
「香水!」
ラッピングを開けると凝った瓶が特徴的な香水が出てきた。
少し匂いを嗅ぐと、なんだか甘い…美味しそうにも感じる匂いがした。
「あ、りがとう、ございます。」
それがどこか恥ずかしくて、言葉に詰まった。
「で、でも、」
「うん?」
「香水、使ったことないからどういう風につけたらいいのか…。」
リヴァイさんは、そう言った私のルームウェアに徐に手をかけた。
「何するんですかっ!」
「あ?…香水のつけ方知りてぇんだろ?」
「え?そ、そう、です、けど、」
「だから教えてやるって言ってるんだ。」
「なんで服脱がせる必要があるんですかっ!!」
「なんだお前、それすら知らないのか?」
「え?」
リヴァイさんと格闘しているうちに、いつの間にかベッドに押し倒された私は、昨日はあまり眠れなかったベッドの上から、リヴァイさんの顔を見上げた。
「男が女に香水を贈る意味だ。」
「意味?」
「『俺が贈った匂い以外、身に纏うんじゃねぇ』」
「…え、」
「そういう意味が篭められてんだよ。」
鼻先がくっつきそうなほど近づいたリヴァイさんの瞳は、どこか意地悪そうに笑っていると感じた。
「な、なに言って、」
「お前だってそのつもりだろう?」
「え?」
「俺に時計を贈ったんだ。」
「…え?」
リヴァイさんは私の耳にピタリと唇をつけた。
「『あなたの時を、一緒に刻ませて』ってな。」
そして、くすくすと、笑っているかのように耳元でそう囁いた。
「わ、」
「うん?」
「私っ!そんなつもりありませんっ!!」
「………あ゛?」
リヴァイさんの言葉に驚いて、リヴァイさんの胸辺りを押し返すように力を籠めながら言った。
「そんな大層な意味なんてないですっ!!」
「……………」
リヴァイさんは眉間に1本、深いシワを刻んだ。
と、思ったら、1つ大きくため息を吐いて、むくり、と、体を起こした。
「朝飯食うんだったな。先にそっちを片づけろ。」
そう言うだけ言って、スタスタとソファに戻っていったリヴァイさん。
「あ、の、」
「冷める前にさっさと食え。」
リヴァイさんはそう言って、紅茶を飲み始めた。
「……私の『サンタさん』は怒りっぽくて困ります。」
「あ゛?っ、」
紅茶の入ったカップをテーブルの上に置いたことを確認してから、ソファの背もたれ越しにリヴァイさんに抱きついた。
「自、分で、50センチ以上、離れちゃだめ、って、言ったくせに…、」
「…」
「離れちゃ、だめじゃないですか…」
「………」
そう言った私にリヴァイさんはまた1つため息を吐いた。
そして困ったような顔して振り返り、
「…そうだったな。」
私を再び抱き寄せた。
「でもトイレは例外ですよね?」
「まぁそうだな。」
「お風呂も例外ですよね?」
「あ?なんで?」
「え?なんでってなんで?」
「一緒に入ればいいじゃねぇか。」
「えっ!?だっ、だめです!そんなことするくらいならちょっと我慢して、夜家に帰ってからお風呂入りますっ!!」
「……お前はさっきから……」
「え?」
私の「サンタさん」はその後も幾度となくため息を吐いたものの、ピッタリといつまでも離れることなく過ごしてくれた。
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bkm