■wild drive
愛車転がしてるせいか1人すっかり機嫌が良くなった母さんが陽気にハミング。
ほんっと、1人「だけ」陽気なんだけどな。
俺もあおいも無言。
はっはー、この空間マジでなんとかしねぇとだよな…。
どーすっかなぁ…。
「ん…、ちょっと…アレって、」
「Statue of Liberty、日本で言う自由の女神だ。まぁニューヨーカーはMiss Libertyって呼んでるみてぇだけど」
「ちょっとどうして起こしてくれなかったのよ!このブルックリンブリッジからのマンハッタンの夜景すごく楽しみにしてたのに!」
寝起きのわりに元気だな、オイ。
「あおいも起こしてくれたらいいのに!もう、だいぶすぎちゃったじゃない!」
「…ごめんね」
「謝る必要なんかねぇよ。飛行機の中でちゃんと寝ないから今頃眠くなっちまうんだよ」
「あんな事件があった後に寝られるわけないでしょ!真相を見抜いて満足して爆睡してた探偵さんと違ってね!」
「いやいや、満足はしてないさ。推論と分析の学問の最高の域に達するには一生を費やしても十分とはいえないんだよ。ワトソン君?」
「はぁ?」
うっわー、コイツ思いっきり馬鹿をみる目で見やがって!
後ろを向いたついでにあおいの顔をチラッと見ると我関せずと、蘭が見てる夜景とは反対側の夜景(つまり俺の方を全く見ない側の夜景)を見ていた。
…なんかめげそうだ。
こんな気分のままミュージカルかよ。
しかもGolden Appleって…。
「その男が出没するのは深夜0時を過ぎてから。それまでにホテルに入っていれば出逢うことはないはずだから!まだ6時前だし」
「7時前だろ?サマータイムになってんだから」
「…あーー!!サマータイムってことすっかり忘れてた!」
別にまだ焦るような時間じゃねぇじゃねぇかよ。
…まぁ舞台には間に合うが、待ち合わせにはなぁ。
「母さんが趣味で買ったこのイギリスのお嬢様じゃとても間に合いはしねぇって!」
「…言ったわね?新一」
「え?」
「あおいちゃん蘭ちゃん、奥歯かみ締めて何かにつかまってて」
「え?」
「ジャガー社が命運をかけて作ったこのジャガーEタイプ。なめないでくれる?」
マジかよ…!
「だ、大丈夫かよ!?この車先月修理に出してついさっき受け取ったばかりじゃねぇか!」
「ええ!こっちのメカニックに見てもらったら蘇ったわ!246馬力の心臓も、ルマンで優勝した足回りもね!!」
「っおい!…いー加減にしろよ!パトカーがうろついてんだぞっ!?」
「あら平気よ、反対車線だったから」
そういう問題かよ…!
「新ちゃん、あおいちゃんと蘭ちゃんで例のヤツやってくんない?この先ちょっと厳しいの。ね?お願い」
「たっく」
「ま、ままままさか有希子さん」
「え?なぁに?」
「あおい、蘭ちょっとこっちにきてくれ」
「え?ええ…」
「私は嫌!」
「時間ねぇから無理」
ぐいっとあおいを抱き寄せる。
ん、だけど、胸の前で思いっきり両手突っ張って密着しないように拒否されてんだけど、俺。
蘭はそれを目白黒させながら見ていた。
「大丈夫大丈夫。怖いのは最初だけだから」
あおいは、前もやったことあっから、どこに掴まればいいとか、把握してて、むしろ蘭の方がビビッて俺にしがみついてきていた。
「しっかりつかまってろよ!」
体を仰け反らせ、車体の横転を防ぐ。
…前にロスでやった時あおいは、楽しーってキャーキャー大騒ぎだったんだけどなー…。
そんなん考えながらシートに戻った。
「な?大したことなかっただろ?」
「どこが大したことなかったのよ!あおいも言ってやって!!」
「…後ろに戻る」
「…あおい?」
…今じゃコレだ。
あー、もうマジでコレどうすりゃいいん、ん?
「…」
蘭がじろーーっと俺を見てくる。
いや、コレは俺のせいじゃなくてむしろ人を変態に貶めるような寝言口走ったオメーのせいだ!
なんて言えるわけもなく、シアター前で警察に捕まった母さんを随分冷めた目で見ていた。
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bkm