■自分の道を
ピクッて快斗の体が反応したのがわかった。
「…で…」
「うん?」
「…なんでイギリスなんだよ!」
快斗が腕に力を込めたのがわかった。
…こうなることは、わかってたんだけど、ね。
「ジョン・ヘンリー」
「え…」
「快斗も聞いたことあるでしょ?…天才マジシャン黒羽盗一にメイク技術を教えたイギリス人」
「な、なんでオメーがその名前を…」
「…千影さんが教えてくれたんだ」
−はーい!早希子ちゃん、ひっさしぶりぃ!−
−千影さん!お久しぶりです!−
−聞いたわよー?メイクスクールに進学しようとしてるんだって?−
−はい。まだどの学校かは決めてないんですが…−
−あら、じゃあちょうど良かった!良い情報があるのよ!−
「去年の冬、11月の終わり頃かな?千影さんが帰国して来たときにその人の話、聞かせてくれたの」
「…」
「盗一さんにメイク技術を教え込んだその人が今度、イギリスのメイクスクールで講師になる、って」
「…」
「その人に私の話をしたら、有希子は自分の弟子の弟子。有希子の娘なら大歓迎!って言ってるって」
「あのババァ余計なことをっ…!!」
…矛先が千影さんに向いたみたいだけど、千影さんなら快斗に負けないから大丈夫だろう。
「快斗は、さ、」
「何?」
ゴロン、と寝返りを打って私から離れた快斗。
ああ、明らかに機嫌が急降下してしまった…。
「俺は、何?」
「快斗は、私を閉じ込めておきたいの?」
「え?」
アメリカに、一緒に行こうって言われて嬉しくないわけない。
でも快斗の口振りは「お前は来てくれるだけでいい」と言っているようで、少し、嫌だった。
それはつまり、私は快斗の隣で着飾って座ってる人形でいい、って言ってるように取れたから。
昔の私なら、…夢が何かわからなかった前の世界の私なら、快斗の言葉を鵜呑みにして、ついて行ったかもしれない。
でも。
快斗がそうであるように。
新一がそうであるように。
自分の「夢」が、ううん、まだ「夢のかけら」かもしれないけど。
それを初めて見つけたからには、その夢を掴む努力は、してみたい。
「私は、快斗の帰りを待ってるだけの女にはなりたくないんだ」
「…俺は別にそういうつもりじゃ、」
「うん。でも、今のまま一緒にアメリカに行けばきっとそうなる。そして自分が嫌になって快斗ともダメになる」
「…」
「だから、私はイギリスに行く。自分の足で立てるよう」
それが、これかも快斗といるために必要なことだと思ったから。
「オメーも1度決めたら頑固だもんなぁ…」
快斗がため息を吐きながら私の頬に触れてきた。
「新一ほどじゃないと思うけど?」
「そーかぁ?オメーら兄弟いい勝負してるぜ?」
そこまで言うと快斗が私を抱きしめてきた。
私より少し体温の高い快斗の温もりが服越しでも伝わった。
「…ほんとにそんなつもりじゃねーからな?」
「え?」
「オメーを閉じ込めたくて着いて来いって言ったんじゃねぇからな?」
「…うん、わかってるよ」
「…ならいーけど」
それだけ言うと、快斗も私もただ黙ってお互いを抱きしめあった。
「ただなんとなく」
そうやって生きてきた時はもう終わり。
自分の夢に向かっていくこの人とこれからも生きていくために、自分で考え、行動していけるようにならないといけない。
同等に考え、同じ視線で物が見える人間になれるように。
それが、この人といると言うことだから。
「工藤、決めたか?」
「はい。私、イギリスのメイク学校に行きます」
先生は小さくそうか、とだけ言った。
決意は口にしてしまえば意外とすっきりする。
夢に向かう快斗に負けないように。
置いていかれないように。
私も少しずつ、自分の道を進もう。
そんな決意を応援するかのような、どこまでも突き抜けるような青空を見上た。
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bkm