■心の距離 6
「テメェ、ここで何してる?」
きっと機嫌が良いなんて言葉この人に存在しないんだろうな、と言うくらい明らかに怒った声を出しているリヴァイさん。
「ま、まぁまぁ!とりあえずお前もここに座って、」
「テメェは黙ってろ。おいフィーナ、ここで何してる?」
それは明らかに私に向けて発せられていた。
何かを感じ取ったらしいゲルガーさんがリヴァイさんに落ち着くように促すけど呆気なく一蹴された。
「お酒飲んでます。」
「あ゛?」
−あのジィサンに出されたモノが口に合わなかっただけじゃねぇか?−
−そう、…なん、ですか、ね…?−
−…フィーナ−
−はい?−
−お前、俺の許可なく酒飲むんじゃねぇぞ−
−……それ、前にも言われ−
−返事−
−は、はい−
ピクシス司令の晩餐に呼ばれた日、部屋で目覚めた私にリヴァイさんはそう言ってきた。
リヴァイさんはとにかく「私がお酒を飲むこと」が気に入らないんだと思う。
だからなのか私の返答がカンに障ったようで、イラつきを隠すことなく短く返してきたリヴァイさん。
…………なにそれ!
はっきり言って「あ?」って言いたいのは私の方だ。
「…とにかく1度部屋に戻って、」
「嫌です。」
「…なんだと?」
眉間にシワを刻み睨んでくるリヴァイさん。
「今日、は、ここにいます…!」
「えっ!?ち、ちょっと待て!お前、部屋に帰れっ!」
「………」
「いや待てリヴァイ!俺を巻き込むなっ!!」
「…おい、部屋に戻るぞ。」
「嫌です。」
「…………………」
普段の私だったら、絶対部屋に戻っていたと思う。
でもこの時はお酒の力でちょっと(いや、かなり?)気が大きくなっていたと言うか…。
リヴァイさんの態度を「理不尽」と思い、それに物申せるくらいは酔っていたんだと思う。
「…落ち着け!お前らとりあえず深呼吸だ。な?」
「テメェはすっこんでろ。おい、何拗ねてんだか知らねぇがいい加減にしろ。」
「べ、つに、拗ねてなんかいません…!」
「そうか、じゃあ部屋に戻れ。」
「嫌です。」
「だから落ち着けって!ナナバ!お前も止めろ!!」
「いや、原因がわかならいし、とりあえず傍観を…。」
「俺の部屋だろっ!?」
リヴァイさんはムッとしたまま部屋の中央までやってきた。
それを見たゲルガーさんはとにかく落ち着かせようと必死なようだ。
「…とりあえずお前ら、」
「何が気に入らねぇんだテメェは。」
「…」
「頼む、俺の話聞いて…。」
「ゲルガー。」
「ナナバ!やっと止める気に、」
「部屋が壊れたら直すの手伝ってやるから少し黙ってな。」
「…人の部屋だと思ってお前まで…。」
「おい、聞こえねぇのか?何が気に入らねぇのかって聞いてんだろ?さっさと答えろ。」
「な、に、それ…。」
「あ?」
たぶんきっと、私はすごく酔っているんだ。
リヴァイさんに食って掛かる程に…。
「なんでそういう言い方するんですか!」
「何?」
「もっと言い方ってものがあるでしょ!?」
ずっとずっと、心の中に押し込めていた思い。
でも1度外れてしまったら、それはもう、閉じ込めることなんて出来なかった。
「だ、だいたいリヴァイさんはいつもそう!つっけんどんな言い方で、それで伝わると思ったら大きな間違いです!」
「…」
「だってそうでしょう!?人がする挨拶に対して『あぁ』って返事になってないじゃないですかっ!普通どんなに早くても2ヶ月は帰って来ないって言われてる人間が『行ってきます』って言ったら『いってらっしゃい』なり言いますよね?なのに『あぁ』の一言だけっておかしいじゃないですか!」
「…」
「手紙だってそう!何度も出してるのに唯の1度も返事がないってどういうことですか!読んだなら読んだってくらい書いてくれてもいいじゃないですか!」
「…」
「ウォール・シーナに行った時だって、私すっごく楽しみにしてたのにいざ行ってみたら全然話さなくてあんなのデートって言わない!」
「…」
「今日だって…、久しぶりに帰ってきたら私の荷物部屋に隅に追いやられて、イルゼさん、部屋に、入れてて、」
「…」
「私、リヴァイさんの、なんなんですか?」
お酒の力って、怖いって思う。
日頃溜まっていたものが、お酒の力を借りて一気に吹き出したような気がした。
「…」
それに対してリヴァイさんは、1つ大きなため息を吐いた。
…あぁ、もうよくわからないけど、とにかく泣きそうだ。
もう涙が零れる一歩手前まで来てるけど…。
「まぁ、今の話を聞くとだな、」
傍観を決め込んでたナナバさんの隣で一緒に見ていたゲルガーさんが、頬杖つきながら口を開いた。
「大方リヴァイが悪ぃよな?」
「あ゛?」
「いやだってお前、挨拶くらいちゃんとしてやれよ。」
「…」
「それに手紙も書いてやりゃあいいじゃねぇか。」
「……」
「ウォール・シーナの件はまぁ、俺に非があるとして、イルゼってイルゼ・ラングナーのことだろ?お前ねぇ、女と同じ部屋で暮らしてるくせに、他の女部屋に入れるってさすがにナイ。」
「……うるせぇな、テメェが話に入ってくんじゃ、」
「あ、開き直り?酷ぇ男だな。おい、フィーナ!こんな酷ぇ男、さっさと捨てちまえ!」
「ゲルガー、テメェいい加減にしろよ?」
「はー!女の敵がなんか言ってるぜ?フィーナ、俺がコイツなんかよりもイケてるカッコいい男を、」
「リヴァイさんよりカッコいい人なんていません!」
もう頭がぐちゃぐちゃなのか、心がぐちゃぐちゃなのかわからない。
何故そうしたのかは、よくわからないけど、ただただ叫んでいたことは、覚えている。
「兵士としてだって頼りになるし、1人の男の人としてもゲルガーさんよりずっとずっとカッコいいんだからっ!私が首がすーすーするって言ったらスカーフ巻いてくれるし、眠れない時は私が寝つくまでずっと歌っててくれて、カッコいいだけじゃなくてすごく優しい人なんですっ…!知らないくせに酷いなんて言わないでよっ!!リヴァイさんは!…リヴァイさんは、誰よりカッコいい、私のヒーローなんだからっ、」
「わ、わかったから泣くんじゃねぇっ!」
「…ぐすっ…」
叫ぶだけ叫んだら?
それとも叫んでる途中からだろうか、盛大に涙が溢れてきて、リヴァイさんの制止の声と共に、そのまま泣き崩れた。
ゲルガーさんが、お前泣き上戸だったのか、って呟くように言ったのが聞こえた。
「まぁ…、あれだよね。」
それまで黙っていたナナバさんが口を開いた。
「酔って痴話喧嘩に巻き込まれたかと思いきや、盛大にのろけられた、ってことだよね?」
「まぁ…、そうなるよ、なぁ?」
「……………おい、部屋に戻るぞ。」
「…ぐすっ…ひっく…」
「…チッ。」
私が泣き崩れていると、ひょい、と、体が持ち上げられた。
「リヴァイ、そこは抱きかかえてあげなきゃ…。」
「は?どうしようが俺の勝手だ。」
泣きながら目を擦ってる私を、リヴァイさんは肩に担ぎ上げてゲルガーさんの部屋を出た。
「なーんか、俺、とんだ噛ませ犬じゃね?」
「まぁいいんじゃない?フィーナがあんなにはっきり物を言ってるの初めて見れたし。何よりデレるリヴァイなんて言うもの初めて見たし。すっごい貴重なものを見た気分。」
「あれで『デレる』に入るか?」
「入るでしょ。普段何が起ころうが動じない男なんだから。ま、最後はあてられた感否めないけどさ(て、ゆうか、)」
「しっかしアイツからあんなのろけを聞く日が来るとはなぁ(さっき気になったんだが、)」
「「(『あの』リヴァイが歌うたうのか…?)」」
依然泣きじゃくる私は、ゆらゆらと、リヴァイさんの肩に担がれ、自室へと戻っていった。
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bkm