■新生調査兵団 4
「え!?リヴァイが馬を引くの!?」
「あぁ、安心して荷台で寝てろ。巨人が来たら躊躇いなくお前を餌にしてやる。」
今回の目的だった巨人の生態調査において調査対象だったカインはその調査の残酷性に耐えられなかったのか、昨夜遅くに物凄い咆哮をあげ、蒸発した。
調査対象消滅と物資も心もとなくなるし、と言うことで今回の遠征は帰還へと向かうことになったんだけど…。
「ゲルガーさんも、怪我したんですね…。」
「ん?んー、ちょっとなぁ…。」
大怪我をしたハンジさんはもちろんのこと、目の辺りに青アザを作りボコッと瞼を腫らしたゲルガーさんも、負傷者用馬車で帰還することになった。
「進め!!!」
エルヴィンさんの合図で、全兵士一路壁内を目指す。
「ぶはっ!ゲルガーのその顔!ホラーだね!」
「お前のせいだろっ!!」
「え?私?なんで?」
「ハンジがリヴァイ怒らせるからとばっちり食らったんだろ!!?どーしてくれんだよ、この顔!帰還しても女のところ行けねぇだろうがっ!!!」
「安心しろゲルガー。」
「あ?」
「テメェの面じゃ元々見れるもんじゃねぇよ。」
「リヴァイ、テメェ…!」
「調査兵団が帰還したぞーっ!」
今回初めて用いられた長距離用索敵陣形。
…死傷者が出た以上、それは決して「成功」とは言えない。
だけど…、
「死者12名、行方不明者3名、負傷者38名…、十分、評価されるべき数字ではないかと。」
作戦内容の影響もあるけど、遠征 に出た数の半分以上が生還出来ずにいた今までと比べ、死者、行方不明者を1割で止めた今回の陣形は、壁外遠征において十分適応出来るのではないかと思われた。
「あ、ゲルガーさん!」
「んあー?」
壁内へ帰還後、簡単な解散式を済ませ今日は各自自由行動となった。
宿舎の自室に戻る途中で、片目を腫らしたゲルガーさんを見つけた。
「あ、あの、これ青アザに効く塗り薬なんですけど、」
「…」
「ラガコ村に伝わる薬だから、市販の物とは違うんですけど、市販の物よりは効くと思うので、」
「……」
「よ、良かったら、使ってください。」
「………お前良い奴だなぁ…。」
私がママから持たされている塗り薬を少し、ゲルガーさんに分けてあげると、ゲルガーさんがどこか涙ぐみながら言った。
「いいか、フィーナ。」
「はい。」
「『飽きた』らすぐ言え。翌日にはもっとマシなの連れてきてやる。」
「…え?」
サンキュー、と私が差し出していた小瓶を受け取るとゲルガーさんは足早に去っていった。
……よく、わからないけど、まぁ、薬受け取ってもらえたから、いい、の、かな?
ゲルガーさんを見送った後で、私も久しぶりの自室に戻った。
…遠征中、リヴァイさんはお金を出してこの部屋を掃除してくれる人を雇ってる。
理由はたった1つ。
帰還後すぐ寝たいから、だそうだ。
それがすごくリヴァイさんらしいと思ったし、私自身帰還後すぐ掃除、なんてことにならなくて済むから本当に助かった(幹部は解散式後もいろいろ打ち合わせがあって私が掃除をしなければならないから)
「…やっぱりここのお風呂が1番落ち着く…。」
調査兵団宿舎の一角にある、共同風呂。
すごく広いわけでもなければ、お湯が温泉だとか、そういうわけでもない。
でもここのお風呂に入ると、あぁ、帰還したんだな、としみじみと実感出来る。
遠征の疲れを落とし、再び自室に戻ってしばらくすると、
「おかえりなさい。」
「あぁ。」
リヴァイさんが帰ってきた。
…すごい量の書類を抱えて。
「どう、した、んです、か?その書類…。」
「…………あのクソメガネが、入院だなんだとぬかしやがって、その間俺に書類回してきやがった!」
「…大、変、ですね…。」
「……………」
明らかに眉間のシワがいつもより多いリヴァイさん。
…人の上に立つって、大変なんだなぁ、なんて。
物凄く他人事に思った時、
「フィーナ。」
リヴァイさんに呼ばれた。
「はい?」
「…お前、何かほしいものはあるか?」
リヴァイさんは、書類の束をテーブルの上に置きながら言ってきた。
…………「何かほしいもの」?
って、なに?
…今の話の流れから、まさかあの書類の中からほしいものあるか?なんてことじゃあ、ないよね、さすがに…。
…え?じゃあ、「私が」ほしいもの、ってこと?
え?なに、なんでいきなり…。
「…誕生日だっただろう。」
書類の束の上にトン、と手をつきながら、リヴァイさんが聞いてきた。
…正直なところ、誕生日当日、「おめでとう」の言葉すらなかったリヴァイさんから、そんなこと言われるなんて、思いもよらなかった。
「ほしいものは?」
だから、嬉しいと言う気持ちより、戸惑いの方が、強いような気がした。
…そんな中でいきなり「ほしいものはあるか」って聞かれても…あ!
「ウォール・シーナ、」
「あ?」
ほしい「もの」とは違うけど、頭に浮かんだのは遠征前の言葉だった。
「ウォール・シーナに、行きたい、です。」
「…それは前に『休暇が合えば』と言ったはずだ。」
「けど、」
「あ?」
「行き、たい、です。…リヴァイ、さん、と。」
「……………」
しばらくの間リヴァイさんは、ジーッ、と無表情に私を見た後、目を逸らしながら1つため息を吐いた。
「次の休暇に連れてってやる。」
「あ、ありがとうございます!」
誕生日プレゼント云々より、ウォール・シーナに、他の誰でもなく「リヴァイさん」と行けると言うことに、一気に嬉しさが込み上げた。
「次の休暇、いつですかね!」
「さぁな。」
「申請、出した方がいいのかな?」
「…さぁな。」
「でもみんな、帰還直後だから、休暇申請出すかもしれないですよね?なら私たちも早、め、に、」
興奮気味に話している途中で、グィ、っと腕を引っ張られたと思ったら、視界が、ぐるん、と大きく揺れた。
ボフッ、と言う音と共に、太陽の匂いのするベッドに体が横になったのを感じた。
「そんなに嬉しいか?」
あぁ、やっぱりお金払ってでも雇った甲斐あって、お布団もきちんと干しててくれたなんて、デキる人に仕事してもらえた、なんて。
どうでもいいことが頭を過った。
「フィーナ…。」
私がどうでも良いことを考えている間も、私の上に跨がってるリヴァイさんの顔は近づいてきて。
「ち、ちょっ、」
「…なんだ?」
「い、」
「あ?」
「1年、が、どう、とか、って、」
思わず声をあげると、私のお腹のあたりに来ていた手をピタリ、と止めてリヴァイさんが口を開いた。
「あれはもう忘れろ。」
「え?」
「その必要なくなった。」
「そ、」
それは私の意見を聞かれることなく決まることなんですか?
なんて思っても、
「そう、なん、です、ね…。」
口から出た言葉は、全く違うものだった…。
「ウォール・シーナには連れてってやる。」
「っ…、」
「…それとは別に、ほしいものを考えておけ。」
抵抗しなかったのか、出来なかったのか。
それとも、逃げる、と言う選択肢自体、最初から私にはなかったのか…。
それは自分でもわからない。
ただはっきりしていること。
それは、20歳と3日目のこの日、「男の人と寝る」と言うことの本当の意味を知ったと言うこと。
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bkm