■平穏の終わり 2
「団長も言った通り、今日からしばらくは巨人の生態調査、この拠点周囲の調査になる。」
「はい。」
私の班の班長であるエルヴィンさんの下に行き、今後のうちの班の行動予定を話された。
「フィーナ。」
一通り話しが終わった後で、エルヴィンさんが私を呼び止めた。
「はい?何か?」
「………」
振り返り返事をした私を、エルヴィンさんはただ黙って見つめていた。
「…エルヴィン、さん?」
「あぁ、すまない。…ここは巨人出現が少ないとされている場所だが気を抜かないように。」
「はい。」
「どんなに些細なことでもいい。少しでも異変を感じたら都度報告してくれ。」
エルヴィンさんはポン、と1度私の肩に手を置くとその場を離れていった。
「エルヴィン。…どうだ?フィーナ・スプリンガーの様子は?」
「団長。…どうやら『越えた』ようです。」
「…ほぅ…。」
「これで彼女は我々、引いては人類のためになくてはならない兵士として、その活躍を期待できます。」
「…上手くいったから良かったものの、あのまま潰れていたらどうするつもりだった?」
「結果が全てです。仮定の話はしません。」
「…お前らしいな…。」
団長、そしてエルヴィンさんが言っていたように、この日からしばらく、この拠点を軸としての調査が行われた。
今回の遠征は45日間の予定。
帰還日数を1週間と見ても、つまりは最低でも後20日はこの活動をすると言うことだ。
「…あそこにいる5メートル級を捕獲対象にする。フィーナ、キミは、」
「私で出来るサポートはさせてください。」
今回の任務の最優先事項は、私を「無傷」で壁内へと帰還させること。
だからなのか、巨人と接触しても私は「安全な位置」へと先輩兵士に誘導される。
「…では、キミは私のサポートに入るように。」
「はい。」
それが酷く、己の無力さに拍車をかけていた。
「スプリンガー!そっちに行っ…っ!?」
以前、ハンジさんに言われたことがある。
恐らく私の体格では、そう簡単に巨人の討伐は出来ないであろう、と。
巨人の弱点であるうなじに回りこめても、ブレードを突き立てるだけの筋力が足りないのではないか、と。
「だから」初めからリヴァイさんは、私に討伐用訓練ではなく、討伐補佐用訓練をさせていたんじゃないかと思う。
「…話に聞いてはいたが…、スプリンガーは本当に立体機動を手足のように扱うんだな…。」
巨人を討伐する人間がより討伐しやすいように巨人の目を撹乱させるための行動。
それはつまり、立体機動装置をより自由に扱えるようにするということ。
「フィーナの立体機動の扱いはリヴァイ仕込みだからな。」
エルヴィンさんが、珍しく穏やかに笑っていた。
いつも穏やかに笑っている人だったけど、それは「壁内」でのことで。
なんと言うか…、オンオフのスイッチが物凄くはっきりとしているのか、壁外遠征に出てから10日以上経過している今、こんなにも穏やかに笑うエルヴィンさんは久しぶりに見た気がする。
それも「壁の外」でなんて、初めて見た気がする…。
「アレは新兵はもちろん生半可な兵士じゃついて行けないですよ。」
「だろうな、リヴァイもそう言ってる。リヴァイ自慢の弟子のようだ。」
「…正直なところ、」
「うん?」
「…なんで30過ぎてから、わざわざ10代の小娘のお守りをしなきゃなんねぇんだ、って思ってましたが、立体機動の扱いにあの『耳』…あれは、」
「あぁ。これからの調査兵団の、ひいては人類のため彼女を生かすことに我々が死ぬ価値は十分ある。」
「…」
「後は如何に彼女に経験地を積ませるか、だな。」
「…ですね。この拠点での本当の目的もそれなんでしょう?エルヴィンさん。」
「…」
「新兵が必ず通らなければいけない『死の洗礼』を抜けたフィーナ・スプリンガーに1体でも多くの巨人討伐経験を積ませることじゃないですか?」
「さぁ?どうだろうな。」
「…俺があんたに見込まれなくてほんと良かったと思いますよ。」
「見込みのない奴を自分の班に入れるほど酔狂ではないよ。」
「…」
「お前の言う『10代の小娘』に心臓を捧げろ。それが今回の任務だ。」
「…了解。」
「壁外」と言うから、もっと巨人はわーっとやってくるんじゃないかと、と思っていたけど。
そこは他の班の人たちが上手くやってくれているのか、1体ずつ、時に2体同時に、くらいでしか、巨人と遭遇しなかった。
「最近巨人の出現が減ったね。」
だから私は「こんなものなんだ」と思っていたのかもしれない。
その小さな異変を1番最初に口にしたのはハンジさんだった。
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bkm