■敗者たち 1
「あ!…あれは…、」
それからしばらく、馬を走らせていると、ハンジさんが声をあげた。
それに反応して、ハンジさんの背にしがみついていた状態から顔をあげると…、
「グンタさんっ!?」
だらり、と、宙にぶら下がった状態で事切れているグンタさんを発見した。
「…遺体の回収作業はどうなってる?」
「は!現在森の中で回収できるものは回収するよう取り掛かっている最中です。」
「そうか。ここから二手に、本部に向かう者と、遺体回収をする者に別れる。回収できる者は全て回収すように。ただし、無理をする必要はない。」
「「「はっ!!」」」
その言葉に、エルヴィンさんと他2人の本部に向かう班と、ハンジさん率いる残りの兵士で遺体回収をする班に別れることになった。
途中、森の奥で咆哮が…ハンジさんの話によると恐らくエレンではないかと思われる叫び声が聞こえた。
……それはもしかしたら……。
「ワイヤー、切りますよ?」
「OK。」
モブリットさんの言葉に、ハンジさんが頷いて、吊り下がったグンタさんを地上に降ろすことになった。
−誤解しないでもらいたいのは、兵長は決してマズイだなどとは言ってはいないと言うことだ。…だが、こう…、飲む時に眉間のシワが深くなるものだから、もしかしたら、と…−
グンタさんは、真面目な努力家で、いつもメモ用紙を持ち歩いては、気になったことを走り書きして調べるような人だった。
「…ひでぇ、首をパックリ切られてる…。」
「うん…。まるで躊躇いがない。」
降ろされたグンタさんはまるで、うなじを削り取られたかのように、首の半分の肉が削ぎ落とされていた…。
「同じ、人間なのに…、」
「………」
思わず漏らした私の言葉に、答える人はいなかった…。
それはきっと、誰もが思ったこと。
誰もが思い、誰もが感じる憤り、憎しみ。
それを女型が…、もしかしたらアニが……。
「他の、」
「うん?」
「…他の、リヴァイ班の人たち、は、どう、したんでしょう、か…?」
さっき聞こえた、エレンと思われる咆哮…。
あれは…、もしかしたら…、もしかしたら…。
「ハンジ分隊長っ!!」
「何?」
「っ、リヴァイ班ですっ!!兵長とエレン以外、ここでっ…!!」
グンタさんの遺体を回収している最中、付近を見ていた兵士が、一際大きな、痛みを伴うような、声を上げた。
その声に慌てて駆け出すと、
「エルドさんっ…!!!」
体を真っ二つに噛みちぎられたエルドさん。
「ぺトラッ!!」
木にもたれかかり、まるで踏み潰されたかのように、体の骨を、有り得ない角度に曲げられたぺトラ。
そして…、
「オルオ…、」
強く、叩き潰されたかのように、臓器をあたりに飛び出させ、動かなくなったオルオがいた…。
「…っ、みんな、殺されっ、」
それ以上は、言葉にならなかった。
−キミがフィーナ?−
穏やかに、微笑む人だった。
−…駐屯兵団から、来た?−
−そう。エルド・ジン。リコ・プレツェンスカから聞いている。『入団前から調査兵団に目をつけられた哀れな友人』の話を−
あのリコちゃんから「信用できる良い奴だ」と、豪語されるほど優しい人だった。
−ぺトラ・ラルです。よろしくお願いします!−
その年の調査兵団には、天使がやってきてくれたんだと思った。
−私!大ッ嫌いなんですよね、人の容姿とやかく言う奴っ!!−
その天使は、可愛いだけじゃない。
強くて、凛としていて、
−絶対にあの人の傍で戦える兵士になろう、ってその時決めたの!−
誰よりも輝いている、女兵士だった。
−フィーナ!同じ班だな−
−オルオ!よろしくね−
−いよいよ壁外か…!俺の華麗な立体機動をミケ分隊長にお見せしぐはっ!−
−…大丈夫?−
いつもみんなを笑わせてくれる、弟のような存在だった。
−だからっ!わざとじゃねぇってっ!!俺にだって好みってものがあるって言ってるじゃないっすかっ!!あんなまな板に干しブドウなんかで勃つような男いないでしょっ!!?わざと見るなら俺はもっとデカイ方がいいんですっ!!!−
お調子者で、でもどこか憎めない…。
大切な、大切な、仲間だった。
−…フィーナ……兵士が、泣くことは、許され、ねぇ…−
ディータさん、これでもまだ、…涙を流すことは、許されないんでしょうか?
涙を堪え、強く噛み締めた唇から、錆びた鉄の味がした…。
その少し後、
「ハンジ!」
「リヴァイ!と、エレンかい!?」
立体機動を使ってリヴァイさんがこちらにやってきた。
リヴァイさんはエレンを抱えその少し後ろにはミカサがいた。
「フィーナ…、無事だったか…。」
私の顔を見たリヴァイさんがポツリと、呟いたのが聞こえた。
………無事だった?
はい、見た目は無事です。
私「だけ」女型に殺されることなく、生き残ってしまったんですから…。
「女型は仕留めたわけじゃない。復活して追って来られたら厄介だ。遺体を回収次第急いでずらかるぞ。」
そう言い放ったリヴァイさんに驚いて、思わず顔を見遣った。
あなたが今「遺体」と言ったのは、ついさっきまで、あなたの班員として、生きて、行動していた人たちです。
それを、今まで壁外で亡くなったその他大勢の兵士同様、「遺体の回収」と、あなたまで、言い捨てるんですか?
彼らはきっと、「あなた」の命に従い、命懸けで戦ったというのに?
「リヴァイ、馬は?」
「あぁ、そこらへんにいるんじゃねぇか?…最も『コレ』をどうにかしねぇと今は乗れそうもないがな。」
「え?…なに、怪我でもしたの?」
「…足を少し、な…。」
遺体回収の間、近くの木にもたれかけるようにエレンを寝かせたリヴァイさん。
そのエレンに付き添うように傍にいるミカサ。
リヴァイさんはその2人をただ黙って見遣り、……回収されている遺体に目を向けることなく、ただ、時間が過ぎるのを、待っているかのようだった…。
「兵長、分隊長。回収終わりました。」
「…よし、行くぞ。」
リヴァイさんの指笛で、ミカサの馬と、リヴァイさんの馬が近づいてきた。
本来ならリヴァイさんがエレンを連れて行くんだろうと思う。
だけど…。
「エレンは私が連れて行くから、リヴァイはフィーナが乗せてあげてよ。」
「…私、です、か?」
「怪我してるんだって、足。」
ハンジさんが困ったような顔をしながら言ってきた。
それを踏まえてリヴァイさんを見遣ると、確かに少し、足を引きずっているように感じた。
「怪我、」
「あ?」
「したん、です、か?」
「…大したことない。お前は?」
「私、は、大丈夫、です。」
「班長はどうした?森に入る許可を出したのか?」
「…班長のディータさんは、女型に、殺されました…。」
「…そうか…。」
リヴァイさんはそう短く返事をすると、押し黙り、私たちはただただ、蹄の音を聞きながら、森の出口を目指した。
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