■ただ一言 3
「まぁ、私から言えることとして、」
ぺトラの話を聞いていたナナバさんがフッ、と口を開いた。
「アイツも良い部下持ったよね。」
そう言って、ナナバさんは柔らかく笑った。
「それハンジ分隊長にも言われましたが、ハンジ分隊長ほどじゃないと思いません?」
「あー、モブリット?」
「はい。私どう頑張っても、モブリットさん以上の優秀な部下になれる気しないですから。」
確かに確かに、とナナバさんが声に出して笑っていた。
…それをどこか、まるで別次元から見てるような気分で眺めていた。
ぺトラが言わんとしたことはわかる。
確かに今回の遠征は、今までとは全く違う。
諜報員の捕獲計画を聞かされたのは100人に充たいない。
その100人で巨人化するかもしれない諜報員を捕まえるだなんて…。
「さすがに逆上せちゃうし、あがろうか?」
「ですね。オルオみたいにお風呂で鼻血とか噴きたくないし。」
「…ぺトラってオルオに対して『だけ』辛辣だよね。」
「そ、そんなこと、ないですよ…。」
「そーお?」
押し黙った私に気づいたのか、ナナバさんはその後ずっと、ぺトラに話しかけていた。
じゃあおやすみなさい、と、ぺトラが自室に向かった。
「………」
「………」
ナナバさんと2人になって、無言のまま部屋に戻った。
−兵長は確かに人類最強、って言われるくらい強いけど…、でも兵長だって、普通の人間で…、絶対なんて保証、ないでしょう?−
「……ナナバさん、」
「うん。いっといで。」
何をどう話そうか、って、決めてたわけじゃないけど、ぐるぐると回る頭でナナバさんの名前を呼んだら、そう言われた。
驚いてナナバさんの顔を見上げると、困ったように笑っていた。
「いっといで。そうしたいんだろう?」
「…わ、たし、」
「て、言うか、」
「は、い?」
「…私が、そうしてほしいのかも。」
ナナバさんは苦笑いしながら言う。
「ぺトラの言うことは、一理ある。」
「…」
「今回の遠征は、今までのソレとは違う。…だからしこりを残したまま挑まないでほしい。」
「……」
ぺトラ同様ただのお節介だけどね、と、ナナバさんは言った。
「でも、」
「うん?」
「何、を、言えば、いい、のか、」
「思ってること、言えばいいんじゃない?」
「……けど、」
「うん。」
「酷い、こと、言いそう、で、」
「…だから何も言わないまま遠征に出て、仮にリヴァイが死んでも後悔しない?」
見据えたナナバさんの瞳は、真剣そのものだった。
「後悔しないなら、そのままで良い。」
「…」
「でも、少しでも後悔すると思うなら、いってきな。」
…それはあまり、現実的な話じゃ、ないと思う。
リヴァイさんが遠征中に命を落とす、とか…。
人類最強、って、言われている人が、壁外で命を落とす、なんて…。
「…監視、しなきゃじゃ、ないんですか?」
「あー、そんなこと言われてたよねぇ?でも私はフィーナを信用してる。だから今日のぺトラとの会話もエルヴィンには言わないし、このままここで見送る。」
「……」
「いっといで。」
「………」
そう言ったナナバさんに1度頭を下げて、部屋を後にした。
「………」
何を言おう、とか。
どういう話をしよう、とか…。
そういうこと、一切考えていなかった。
ううん、私の頭では、ナナバさんの部屋からリヴァイさんの部屋までの間で、会話らしい会話をするための脳内整理なんて、出来るはずもなかった。
だけど…。
−何も言わないまま遠征に出て、仮にリヴァイが死んでも後悔しない?−
すー、っと息を吸い込んで、暗く沈んだ空気の向こうのドアを叩いた。
「入れ。」
リヴァイさんのその言葉に、もう1度大きく息を吸い込んで、ドアを開けた。
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bkm