■104期入団歓迎式 1
「あの…。」
「あ゛?」
「(怖い…)俺、ここで大人しくしてるんで、兵長も休んでください(じゃないと日増しに、)」
「あぁそうだな。俺もいい加減この臭ぇ地下牢との往復生活を切り上げ自分の部屋に戻って休みてぇが誰のせいで毎日毎日ここに来る羽目になってると思ってる?」
「すみません(兵長の機嫌が斜めに折れ曲がっていくのがわかる…)」
「俺に休めだと?お前が今ここで息の根を止めれば休めるんだがな。」
「それはちょっと…(この人がこんなに気が短いなんて思いもしなかった…)」
「出来ねぇなら黙ってろ!」
「はい、すみません(お姉さん、助けて…)」
審議所での裁判から数日、リヴァイさんが部屋に戻ってくることはなかった。
「エレン・イェーガーはリヴァイ兵士長の監視下と言う条件の元調査兵団入団を許可する」と言うことだったから…、エレンが地下牢に幽閉されている間は、リヴァイさんもずっと王都にいる、って、ことなんだろう。
−アイツはなんでもかんでも1人でやろうと抱え込む。お前にまで責められたらさすがに気の毒だ−
それは兵士として、上官(しかもザックレー総統からの勅命ならば特に)命令であるのなら、仕方のないこと。
だけど、このままでいるのも、な…。
そう思った頃、
「え?あ、お、おかえり、な、さい?」
「…………」
リヴァイさんが突然帰ってきた。
1ヶ月後に遠征が決まり、少しずつそれに向けての訓練が始まった調査兵団。
でもその前に今日は私は休暇日で、自室でゆっくりしていたら、昼間の変な時間に部屋のドアが開いて。
驚いて扉の方を見たら、久しぶりに見るリヴァイさんが立っていた。
リヴァイさんは何も言わず、ドアの前に立ち尽くしていた。
「…どう、したんです、て、え?え?ち、ちょっ、きゃっ!?」
ドアの前で動かないリヴァイさんが心配になって近づいてみたら、突然腕を引っ張られてベッドに投げ飛ばされた。
「………リ、リヴァイ、さん?」
リヴァイさんは私をベッドに投げ飛ばした、と思ったら、私の体の上に倒れこむように沈んできた。
「…」
「え?」
「…疲れた…。」
私を抱きしめ呟くようにそう言ったリヴァイさん。
………珍しい、リヴァイさんがこういうこと言うなんて…。
「だ、大丈夫、です、か?」
「…………」
リヴァイさんは答えない。
その代わり、ギュッ、と、1度抱きしめていた腕に力を籠めた。
…………この人、本当に、疲れてるんだろうな…。
この時間に部屋にいるなんて(エレンがいない点から考えても)たぶん必要なものを取りに来たというくらいで、長時間、いれないんだ、と、思う。
この姿を見たら、審議所でエレンに怪我をさせたとか(後日エルヴィンさんに調査兵団がエレンを獲得するために必要な行為だったと言われたけど…)暴言を吐いたとか、どうでもよくなった。
ただ純粋に、目の前のこの人が心配になって、
「…♪〜」
まるで泣いている子をあやすかのように、小さく口ずさみながら背中をぽんぽん、と、叩いてあげた。
「………」
その行為にリヴァイさんがゆっくりと体を起こし、
「お前の歌を聞きながらここで酒飲んでた日に戻りてぇな。」
どこか自嘲気味にリヴァイさんは言った。
「いつでも戻れますよ。…生きてさえいれば。」
「………そうか。」
「はい、そうです。」
「じゃあまぁ、次の遠征も生きて帰って来るか。」
「そうですよ。美味しいお酒が飲みたいなら頑張ってください。」
「…お前も死ぬなよ?」
「頑張ります。」
そう言った私にリヴァイさんは、ふわりと触れるだけのキスをした。
「やっぱりもう行くんですか?」
「あぁ。これから遠征までは旧調査兵団本部に移る。」
「…旧調査兵団本部、って、」
「何年か前に本部として設け結局不便で使わなかった古城だ。」
リヴァイさんが荷造りをしながら淡々と喋る。
「民家からも離れているから巨人化実験をしやすいんだそうだ。」
「…実験…。」
「確かに暴走した時、周りに人がいるよりいない方が心置きなくアイツを殺れるしな。」
いつもと変わらない抑揚のない声で、リヴァイさんはそう言い放った。
「…でも、」
「あ?」
「そんなこと、絶対に、なりません。」
「…」
「エレン、は、強い子です。暴走なんて、しません。」
「…………」
自分は化物だから、と、言えるくらい、…泣きそうな顔で笑えるくらい、強い子だから…。
「フィーナ。」
「はい?」
「…お前がエレンとどう関わろうが構わねぇが、アイツに深入りするな。」
「え?」
「アイツは本物の『化物』だ。巨人の力とは無関係にな。どんなに力で押さえようともどんな檻に閉じ込めようともアイツの意識を服従させることは誰にもできない。…にも関わらずアイツは自分自身を掌握出来てすらいない。いつどうなるか、俺たちは元よりアイツ自身、わかってすらいないような奴だ。」
「エレンは、」
「お前とどうであれ、俺はアイツが妙な行動を起こした直後、躊躇わず殺す。」
「…」
「それが命令であり、俺自身が必要だと思うからだ。」
リヴァイさんは無表情に私を見据えながら言い放った。
「リヴァイさん、は、」
「なんだ?」
「エレンが、嫌いなん、です、か?」
「…好きか嫌いかと言うほどのつきあいがない。」
私とエレンは5年前、シガンシナで会い、そして3年前、再会した。
でもリヴァイさんはきっと、先日のトロストでのことがあってからのつきあいなわけで…。
「…だがまぁ…、」
好き嫌いを判断出来るほどの材料がないだろうから、仕方のないことなのかもしれない。
「アイツの家畜の如く従順とも取れる姿勢は評価出来る。」
「………褒めてない、です、よ、ね?それ…。」
「馬鹿言え、俺なりの褒め言葉だ。」
家畜が褒め言葉な人、初めて見ましたよ…。
「エルヴィンの話だと、」
「はい?」
「お前も後から来ることになるだろう。」
「…旧調査兵団本部に、です、か?」
「あぁ。」
「…………その場合、」
「なんだ?」
「私はどこの班所属になるんでしょう…?」
「あぁ…、そうだな、恐らくハンジの班だろう。」
「ハンジさん…。」
「エルヴィンはエレンの生体実験の時にお前を立ち会わせるつもりのようだ。」
そこにどんな意図があるかは知らんがな、とリヴァイさんは言った。
…と、言う、か…。
安易な考えの私としては、そう回りくどいことせず、リヴァイさんの班員になればエレンの傍にいれるんだけど、と思うけど、この状況でも、私にはリヴァイ班に入る資格というものが、ないんだろう、な…。
「なんだ?どうかしたか?」
「…いえ、なんでもありません…。」
「…………」
調査兵団に入団して5年。
こういう非常時ですら「団長」から、…もしかしたら「兵長」からも、頼りにされない兵士、なんだろうなぁ…。
「!」
「…フィーナ…。」
悶々と考え始めようとしたとき、まるでそれに気づいたかのようにリヴァイさんは私を抱きしめてきた。
「余計なことを考えるな。次の遠征、生き残ることだけ考えろ。」
「…」
「恐らくエルヴィンは…、」
「え?」
「………いや、もう時間だな。」
リヴァイさんは何かを言いかけてやめた。
「あぁ、そうだ。」
「はい?」
「ハンジが暴走したらモブリットに一任しろ。」
「…でもそれは、」
「それが最善策だ。巻き込まれたくなかったらそうしろ。」
じゃあな、と、リヴァイさんは私のコメカミにキスして出ていった。
…次の遠征…。
リヴァイさんの今の口ぶり、エルヴィンさんは「何か」をするつもりなんだ…。
きっとその「何か」を知ることの出来る兵士は、ごく一部…。
キリキリと、どこか胸を締め上げるような、そんな感覚に襲われた。
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bkm