■絶望への前奏曲 3
「…はぁ…」
「…ぺトラ、疲れてる?」
リヴァイ班結成後の初の遠征も無事終わった日のこと。
共同風呂でたまたま会ったぺトラはなんと言うか……、輝きを失くした天使になっていた。
「ん?んー…、覚悟はしてたんだけど、」
「うん?」
「…兵長の班は、想像以上に大変で…。」
「あぁ…。」
リヴァイさんの班は、調査兵団のきっての精鋭中の精鋭と呼ばれるほど、実力がなけれれば入ることの出来ない班だ。
一兵士の私とは違って、苦労が絶えないんだとは、思う。
「でも、」
「うん?」
「…入りたかったんだよ、ね?リヴァイさんの班に。」
−絶対にあの人の傍で戦える兵士になろう、ってその時決めたの!−
あの日、まるでエレンのようなキラキラした瞳でそう言ったぺトラ。
…私は、リヴァイさんの傍で戦える兵士になんて、なれるわけないとわかっているから、本当に、眩しく映った…。
「それは変わってないよ!…兵長の傍で戦える兵士になるってことは、訓練兵になる前からの夢だったし。」
「…うん。」
「でも、」
「うん?」
「…………兵長って本当に細かいところまで目が行くっていうか、」
ぺトラは、フィーナは兵長と仲良いみたいだけど言わないでね、と釘を刺してから話し始めた。
「調査兵団が遠征に出る前に偶然見かけた時や、訓練兵の時に噂を聞いていた兵長は、なんて言うか…『完全無欠』の人だったんだけど…、」
「…あぁ…。」
「でも実際はなんて言うか、」
「意外と小さいし、神経質?」
私の言葉にぺトラはハッとした顔をした。
「わ、私は別にっ、」
「『リヴァイさん』は、そういう人だよ?」
「え、」
「粗野で無愛想。おまけにデリカシーないし、口調も辛辣!…でも、」
「…でも?」
ぺトラが少し、私の方に身を乗り出してきた。
「すごく優しい仲間思いな人だよ。」
それはきっと、この兵団の、誰よりも…。
「私にとっての兵長は、強くて、カッコいい、なんと言うか…、本当に『完全無血』な『人類最強』って、人で…、」
うーん、と唸りながらぺトラは言う。
「失望、」
「え?」
「した、の?珍しい反応じゃ、ない、けど。」
「ち、違う、違う!…そりゃあ、びっくりしたけど、なんと言うか…、兵長も血の通ってる人間だった、って言うか、兵長にだって個人の性格があったって言うか、」
「うん?」
「そういう…、当たり前なことに今更ながら気づいて、民衆が抱く『理想の人類最強像』とは違うけど、そういうことをぶち壊して、兵長は尊敬すべき上官、って言うのかなぁ…。」
そういうぺトラを、どこか不思議な気持ちで見ていた。
私は「人類最強」と言う肩書きは、知り合ってずっと後で知った事実で、そういう…虚像への憧れはなく、本当に生身の人間として、一人の兵士としての、尊敬が先だったから…。
失望、と、言うか、そういうのは無かった、と、言うより、そもそも、出逢いが最悪だった、っていうか、あんな怖い人は他にいないって思ったからなのか、どう頑張っても憧れる要素がなかった気が…。
…あぁ、そう考えると、そもそものスタート地点がぺトラとは違うんだ…。
……………いや、別にぺトラはリヴァイさんに憧れている、ってだけだし、そんなこと比べるようなこと、じゃ、ない、ん、だ、けど…。
比べるようなことじゃ、ないんだけど、ね………。
熱くなったからあがるね、と言ってぺトラは先にお風呂から出ていった。
…民衆が抱く理想像、かぁ………。
「今日は随分と長風呂だったな。」
ぺトラから遅れること少し、部屋に戻るとリヴァイさんが何かを読みながらお酒を飲んでいた。
「そう、です、か?」
「あぁ。オルオのように鼻血でも噴いてんじゃねぇかと思ったが。」
この部屋(と言うかこの階)には本当に簡易のシャワーだけで浴槽がない。
だから各部屋にはあっても、リヴァイさんであれ、ハンジさん、もちろんナナバさんたちも、浴槽のある共同風呂で寛ぐことが多い。
先日も、リヴァイさんが共同風呂に行ったら、リヴァイさんより先に入っていたオルオが緊張のあまり出そびれてそのままのぼせてしまい、お風呂場で鼻血を出すと言う騒動があったらしい。
…ちなみに目の前で鼻血を噴いた部下を汚いものでも見るような目で遠巻きに見ていた、と、たまたま居合わせたらしいゲルガーさんが私に言ってきた。
オルオは後から入ってきたエルドさんに介抱されたらしい……。
「そんなことしませんよ…。」
それを聞いた時、すごっくリヴァイさんだ、と思った。
「ただ少し、…昔を思い出していた、と、言うか、」
「あ?」
お前も飲むか、と言われて、少しだけお酒を含みながら言った私の言葉に何言ってんだ?って感じで見てきたリヴァイさん。
「リヴァイ、さん、は、」
「なんだ?」
「…初めて逢った時のこと、覚えて、ます?」
「はぁ?」
今度こそ本当に、お前何言ってんだ?と言う声をあげたリヴァイさん。
「だから、私と、初めて逢った時の、こと、です。」
「…あぁ、壁外から疲れて帰って来て早く休みてぇってのに、俺たちなら避けられたはずの石をわざわざ頭で受けた馬鹿ガキのせいで帰るに帰れなくなったどころかそのままシガンシナまで行かされた日のことか?」
……………要点だけ言えばそうなのかもしれないですけど、もっとこう、同じ意味でもオブラートに包める言葉ってありますよね?
しかもその話し方だと私がシガンシナに連れて行けって言ったように聞こますが、肩に担ぎ上げて私を連れてったのあなたですよね?
「そうですね…。弟とお祭りを楽しんでたところ、石を投げられている人を見つけて身を呈して庇ったのにその行為が迷惑だと言わんばかりに睨みつけてくる人から怖い思いをさせられたあげく肩に担がれシガンシナに連行された日のことです。」
「………お前、もう酔ったのか?」
「別に酔ってません。」
「……で?その日がなんだ?」
リヴァイさんは大きく1つため息を吐きながら言った。
「そんな出逢いで、憧れを抱き用がなかったなぁ、って。」
「…………あ゛?」
「だってそうじゃないですか。私あの日、リヴァイさんから痛い思いと怖い思いさせられて、みんなが言うような…『強くてカッコいい人類最強』だなんて、思いもしなかった、っていうか…。」
だから余計、ぺトラのあの感情が、不思議になった、と言うか…。
「何が『人類最強』だ。」
「え?」
「実情を知らん連中が勝手に好き放題言ってるだけだろ。くだらねぇ。」
リヴァイさんはあからさまにおもしろくなさそうな顔をした。
「…やっぱり嫌なんですか?『人類最強』って言われるの…。」
「嫌だなんだの問題じぇねぇだろ。そんな他人の評価に振り回されてどうする。俺は俺だ。俺を評価をするのは俺を知らねぇ平和ボケしてる連中じゃねぇ、俺自身だ。」
「…」
「第一、お前が俺を『人類最強』などと言う目で見てたら今こうして俺の隣でお前が酒を飲むことなどなかっただろうしな。」
そう言ってグィ、っとグラスを傾けるリヴァイさん。
「リヴァイさんは、」
「あ?」
「カッコいいですね。」
「………お前、やっぱり酔ってるだろ?」
もう止めろ、と、手の中のグラスを取り上げられた。
…ぺトラの言う、民衆が抱く理想と、実際のリヴァイさんは全く違う。
私にはそもそも『民衆が抱く理想』が存在していなかったわけで。
だけど大体にして、理想と言うもの自体が、他人の勝手な押しつけであり、本当のリヴァイさんは、違って当然だ。
本当のリヴァイさんは、粗野で無愛想。
おまけにデリカシーがなくて口調も辛辣!
でも……。
「!」
「…リヴァイさんの髪は、いつ触っても気持ちいいですね。」
きっと誰より優しくて、誰より…愛しい人だ。
指の間を通り抜けるサラサラのリヴァイさんの髪が気持ちよくて、何度も髪を梳いていた。
「(…確かに度数強いが、この量で酔うのか…)」
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bkm